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IURA-異浦なんでも相談所  作者: 相川 ヒゲ
4. 川面に揺れる名前
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4-12. 川面に揺れる名前

 

 クラスメイトの三木(みき)さんは、翌々日の金曜日から学校に復帰した。

「ひどい風邪で熱が下がらなかった」というのが表向きの理由だが、本当のところを知っているのは、彼女本人と、その友達、そして俺だけだ。いや、彼女の親や先生も知ってるのかな。

 回復が早いなと思ったが、荒屋敷(あらやしき)さんに報告したところ、三木さんは運動部に所属していて体力があり、美希さん自体にもうたいした力がなかったから、特に問題はないとのことだった。

 彼女はこれまでと変わらず、俺のことを無視していた。こちらから挨拶をすることもないし、距離感は今まで通り。

 けれど、一つだけ変わったことがあった。


「……藤見(ふじみ)くん、おはよう」

「! ……おはよう」


 三木さんの友達から、たまに挨拶をされるようになった。予想外の出来事に反応が遅れてしまったが、彼女の中では、俺が三木さんを助けたことになっているようだ。

 俺は、何もしていない。荒屋敷さんについていっただけだ。

 元はと言えば、俺が名前を呼んだせいで三木さんが取り憑かれたようなものだし、俺が良いことをしたと思われているのは、複雑な気持ちにはなるけれど。

 でも説明したところで、信じてもらえるか分からない。

 ……それに、そもそも三木さんが呪いの写真を俺に送ろうとしなければ、彼女の名前を知ることもなかった。

 美希さんが、三木さんの体を使って俺についてこなかったら、俺はきっと美希さんの存在を知らないままだった。幽霊の影を見かけた青道館付近には近づかないようにしようと、極力関わらずにいたはずだ。そうしていたら、今も彼女はケヤキの下で、暗くぼんやりとした存在のままでいたんだろうか。

 もしかしたら彼女は、時を経るうちに周囲の異形や浮遊霊と混ざり合い、形を失いかけていたのかもしれない。俺が名前を呼ばず、荒屋敷さんに浄霊してもらわなくても、いつかは自然とこの世から離れていたのかもしれない。


「ふぅ……」


 窓の外を見ながら息を深く吐き出した。

 彼女は、泣いていた。

 顔が見えなかったし、俺の思い込みかもしれない。でも最後の瞬間、太陽の光が差し込んだ瞬間は、柔らかい光に包まれ、温かさに満ちていた気がした。

 見下ろした校庭の梅の木は、もうすっかり花が散っていた。枝に、若葉をつけ始めている。




 その週の土曜日、俺は旧北神川(きゅうきたかみがわ)の橋へと向かった。梨奈(りな)さんにバイトを休むことを電話で伝えると、「たまには外の空気もいいよね」と快く送り出してくれた。


「あ、藤見くん! 来てくれたんだな」


 佐々本(ささもと)さんは俺の姿を見つけると、本当に嬉しそうに駆け寄ってきた。


「こないだは変な話しちゃっただろ? もしかしたら、もう来ないかもって思ってたんだよ」


 照れ臭そうに笑う彼に、俺は川の向こうを見つめながら答えた。


「いえ、そんなことないです。毎週は無理ですけど、手伝いますよ」


 今日は真っ青な快晴だ。日差しが温かくて、冷たい川風が爽やかだった。

 遊歩道を渡りながら、ゴミを探す。人の少ない田舎町だからちらほら見かける程度だけど、小さな子供をつれて散歩している大人や、すれ違って挨拶し合う犬を連れた人々で、平日の放課後よりも歩いている人の数が少しだけ多かった。

 河川敷へ降りて、川岸の近くでゴミを拾う。近くで見てみれば、今まで深緑色のどろりとしたものだと思っていた旧北神川の水も、驚くほど澄んでいた。


「あの、佐々本さん」

「ん?」


 隣でゴミを拾う佐々本さんに声をかける。川のほうを向いていた俺へ、視線を向けてくれるのが分かった。


「……突然ですけど、俺、幽霊が見えるんです」

「えっ?」


 佐々本さんは一瞬、どう反応すべきか困ったような顔をして、「おお、そっか」と明るく笑った。

 信じてはいないだろう。でも、それで良かった。


「青道館横のケヤキの木の下に、女の子がいたんです」


 ……俺には、何が正しいのか分からない。関わらずに放っておいたほうが良かったのか、それとも浄霊して良かったのか。

 もし佐々本さんに事情を話して、あのケヤキの木の下に連れて行っていたら……彼に会えたら彼女は満足したのかな。それとも、『もっと生きていたかった』と苦しみは増したのかな。

 ……俺に、正解は分からない。

 佐々本さんはじっと、俺の言葉の続きを待っていた。


「約束があって、ずっと待ってるみたいでした。……でも、もういなくなりました。たぶん、天国へ行ったんだと思います」


 佐々本さんは虚を突かれたように目を見開いた。

 唐突すぎたかもしれない。天国なんて本当にあるかも分からないし、下手クソな慰めを言っていると思われたかな。それでもいいし、それに、詳細を語るつもりもなかった。

 けれど、どうしても彼にだけは伝えたかった。


「そっか。……そっかぁ」


 佐々本さんはそう言うと、俺には聞こえないほどの小さな声で、彼女の名前を呟いた気がした。

 川面が風に揺れ、キラキラと光を反射している。


 慰霊と、繁栄。そして、感謝のための祭り。


 例年よりちょっとだけ、今年の夏が楽しみだと思った。




第4章『川面に揺れる名前』 完

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