芽生える気持ち
なんて間が悪いのだろう。
ネオンは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
ロゼとエルディを探すバッツを止める為、後ろから彼を追っていたのだが彼は二人をすぐに見つけてしまった。
声をかけようとするバッツの口を手で押さえて無理やり林の中に突っ込んで自分も身を伏せる。
バッツが身を起こそうとしたのでネオンは慌ててバッツの身体を跨いで上に乗っかり彼の口を手で押さえて自分の口に指を立てた。とにかく黙って欲しい。
二人はその態勢のまま恐る恐る二人の方に目を向けた。するとなんと二人は今まさにキスしている。しかもちょっと熱烈なやつだ。
(ひえ!?)
いつも無表情なエルディがまるで別人のように色っぽい顔でロゼを見ている。これは絶対見てはいけない場面である。
(どどど、どうしよう。今動いたら絶対バレちゃう)
「んぁ・・・ちょ・・・エル、まっ・・て」
ロゼの途切れ途切れの声が聞こえネオンは居た堪れない気持ちになり身体を縮こませた。
(耳。耳を塞がないと)
ネオンはドキドキしながら自分の手がある位置を確認しふと我に返った。手先にバッツの顔がある。しかもあろうことかバッツの上に乗っかって押し倒している状態である。
バッツの視線がロゼ達からネオンへ戻って来る。
ネオンは恐る恐るバッツから手を外した。バッツが呆然とした顔でネオンを見ている。ネオンは身体を伏せているので顔の位置がとても近い。ネオンは真っ赤な顔でどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
「ご、ごめんバッツ。重いよね」
ネオンは小声で謝った。少しでもこの恥ずかしい状況から気をそらしたい。今だに横からは艶っぽい声が聞こえてきているのだ。現実逃避したい。
「大丈夫・・・・」
バッツはネオンの謝罪に小声で素っ気なく答えた。その様子にネオンはびっくりした。いつものバッツらしくない。
(バッツ?)
彼は笑っても困ってもいなかった。ただその顔に表情はなく、ジッとネオンを見つめていた。ネオンは途端に不安になった。
(何?どうしたんだろう。全く感情が読めない)
しばらくして隣から人が動く気配がした。見るとロゼとエルディは宿屋に戻るらしい。ネオンはホッとしてバッツから降りようと身体を動かした。するとバッツはいきなり離れようとしたネオンの腰を掴んで動けないよう固定した。
「え?」
事態が把握できずバッツを見下ろすとネオンを固定したまま自分の身体を起こしネオンの頭部を右手で包み込んだ。
「ネオンは俺以外にもこういう事するの?」
「え?何の事?」
こういう事?こういう事とはどの事を指すのだろう。
ネオンの様子にバッツは若干手の力を強めた。表情はいまだに変化していない。
「夜ベッドに入って来たり。気軽にこうやって触ってきたり。そういう事」
口にされてネオンは顔を真っ赤にする。しかし羞恥と同時に怒りも湧き上がってきた。
「だ、だってそれはしょうがなく!別に悪気がある訳じゃ・・・」
「悪気がなきゃ、他の人にもこういう事するんだ?」
ネオンは絶句した。これはあれだ。間違いなくバッツに責められている。
「しないわよ!一体何なの!誰にでもこんな恥ずかしい事する訳ないでしょ!!バッツだから頑張ってるのに!!」
何故自分は助けたいと思っている彼に責められなければならないのか。ネオンは途端に泣きたくなった。
「ごめんね、ネオン。怒ってる訳じゃないよ?ただ、俺も男だから」
彼女はそう言われてやっとバッツの顔をまじまじと見た。
表情が無いのにその瞳の奥には炎が揺らめくようにゆらゆらと揺れている。
「男として見られないのはキツイよ」
ネオンはそのセリフに眼を見開いた。
****
バッツはネオンに口を塞がれ押し倒された時、一瞬何が起きたか分からなかった。だがネオンの慌てた様子から自分はまた何やら失敗したらしいという事は分かった。
乗っかっているネオンの視線の先に視線をうつすと、そこにはキスをするエルディとロゼがいた。二人は恋人同士だと言っていたから別に不思議ではない、無いのだがバッツはその二人の行為よりも二人の交わす視線の方が気になった。
エルディのあんな顔は見た事がない。それはバッツには理解し難いものだった。
何故あんな顔でロゼを見ているのだろう。
そう思いきっとエルディにとってロゼが特別だからだという結論に行き着いた。
そう考えると今までよく分からなかった事にも納得がいった。そしてふとネオンに視線を戻す。
ネオンは出会ってからずっとバッツに優しく接してくれている。
彼女は自分があの森で助けた時からバッツにはかなり心を開いてくれているとバッツも思う。
しかし時折その距離感に戸惑う事がある。
バッツはステラなら平気な事がネオン相手だと平静でいられない。
しかしこの時ふと思った。ネオンはどうなのだろうと。
自分の上に跨っている彼女の表情からはあの二人のような感情は感じとれなかった。つまり、彼女はバッツの事を何とも思っていないのだ。
そう思った途端。バッツの中で理解し難い感情が湧き上がってきた。バッツにとってその感情はあまり気分が良いものでは無かった。しかし無視も出来なかった。
だから彼女の気持ちを考える事をせずに思った事を口にした。それを聞いたネオンは・・・・。
「バッツなんて嫌い」
そう言うと呆然としたバッツにキスをした。
「で?何なのあれ」
バッツは宿屋の屋根の上で魂が抜けたまま呆けている。
一方ネオンはふくれっ面のままご飯を平らげ早々に部屋に引き上げて行った。
ホネットはウンザリした顔でロゼに呟いた。
「さあね?思春期なんじゃない?」
ホネットは考えるのも面倒らしい。エルディも黙秘を貫いている。やる気の無い男性陣を横目にロゼはとりあえずネオンの下へ向かった。
部屋に入って行くとふくれっ面のまま黙々と荷物を整理していた。
「あー。ネオン?大丈夫?」
「何が?私は大丈夫だけど」
いや。大丈夫じゃない。これは大丈夫な感じではない。
ぷりぷり怒っているネオンの頭をロゼはぽんぽんと撫でてやる。まぁ本人が言いたくない事を無理矢理聞き出すつもりはない。部屋を出ようと立ち上がったロゼにネオンは声をかけてきた。
「ロゼはどうやってエルディと恋人同士になったの?」
ロゼは数回瞬きしてから困った顔をした。
ネオンは聞かない方が良かったかと後悔したがロゼはどうやら話してくれるようだ。再びネオンの隣に腰掛け、少し長くなるわよ?と釘を刺した。
「エルディはね、もとは竜騎士だったのよ。私はイントレンスの予言がきっかけでその国の王にエルディの護衛を頼まれたの。彼には婚約者として紹介されたわ」
出だしから飛び出したとんでもない事情にネオンの口はパカリと開いた。
「私ね。そのもっと前から彼のこと知っていたの。その町に行った時ね、戦争が終わって彼は勝利を収めて皆から祝福されながら町へ帰って来る所だったわ」
今でもロゼはその時の事を思い出せる。あの時の自分の気持ちを。
「彼って普段あまり顔に感情をださないでしょう?だけど私には分かったの、この人は深く傷ついているって」
そして私ならそんな顔させないのに。そうロゼは思った。
「そんな彼を見て私は恋に落ちた。その時は認められなかったけれど。だから彼と婚約させられた時私は断らなかった。彼の側にいたいと思ったから」
ネオンは二人にそんな馴れ初めがあったなんて想像も出来なかった。二人は旅の途中で出会ったものだと思っていたのだ。
「彼は貴族だったから身分差もあるし、私は私で事情があるでしょう?だから本当に彼と一緒になれるとは思っていなかったわ。いずれ離れなければならないと自分に言い聞かせた。でも、彼が死ぬかもしれないと思った時、私は何もかも捨てでも彼を救う事を決めた」
ネオンは真剣に話してくれるロゼの会話にしっかりと耳を傾けた。ロゼは微笑んで、ネオンの手に自分の手を重ねた。
「後悔しなかったか、と言われれば否定は出来ない。彼は結局最終的に私を選んでくれた。でも、私達がそれを望んだ結果、彼は代わりに色々なものを失ったと思う。一番の損失は安らかな死よ」
そう言われてネオンは意味が分からなかった。ロゼは笑うと、とんでもない事を口にした。
「私、一度死んでいるの。私を生き返らせる代償に私達は普通に歳をとれなくなった。私達は殺されたりしない限り死ぬ事はないの永遠に。そしてどちらかが死ぬ事があれば片方も死ぬわ」
つまり寿命で死ぬ事が出来ないのだ。ネオンは思わず眉を寄せた。そんなネオンにロゼは何てことないように微笑んでいる。
「それが正しかったかなんて分からないし、これからどうなるかも想像出来ない。きっと時間が過ぎるほど色々な問題が出てくるのだと思う。でも確実に後悔していない事が一つある」
それは多分ネオンに今一番必要な言葉だった。
ロゼは間違う事なく彼女にそれを伝えた。
「自分の気持ちを偽る事なく、ちゃんと言葉で伝えたことよ。私はそれを成し遂げられた。ギリギリだったから一回死んじゃったけど、それでもそれだけは後悔してないわ」
彼女の言葉は素直にネオンの心に響いた。
そして自分は間違っていたと気が付いた。
「貴方はまだ間に合う。伝えたいことはちゃんと伝えておきなさい?」
バッツは屋根の上で空を見上げた。
実はこの話を屋根の上でバッツも聞いていた。
ロゼは気が付いていたが、あえて話し続けた。
きっと遠回しに伝えようとしてもバッツには分からないであろうから。
彼は自分の胸元を押さえると目を閉じた。
この気持ちが明日、目が覚めた時、跡形もなく消え去っていないようにと何度も刻みつけた。
どうか自分の気持ちやネオンの気持ちが上手く伝え合えますようにと。




