表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4話

「ベレニケ」


 優しい声。ああ、やっぱり兄様の声は素敵だわ。低くて、よく通る、少しだけ艶やかな声……。

「ベレニケ、起きて!」

「目を覚まさないのなら、キスしましょうか」

「ちょっと先生、ずるい!」

「ベレニケに……触るな……」


 テーセウス兄様の声に続いて聞こえた4つの声に、わたしはぱっと飛び起きた。一瞬クリスト先生がち、と舌打ちしたの、ばっちり見たわよ。それにさりげなくライサンダーがわたしの太ももを触ってる。ワンコ系のくせに、さりげなくセクハラよ。


「ベレニケ、大丈夫か」

 傍らにいた兄様に優しく問われて、わたしは微笑んだ。うん、と返すと兄様も安心したように笑ってくれた。その光景に、レノやライサンダーが抗議の声をあげた。クリスト先生やソロンも不満げな表情をしている。む、やはりおかしいわ。さっきの台詞もおかしいと思ったけど、やっぱりこれって。


「ちょっと。全然自由になってないじゃない!」

『やだなあ、ちゃんと直したよ?』

 神様が不満そうに声を発した。見せてあげて、とその声に促されて、攻略対象たちは右手を動かす。ピロリン、とSEが鳴って、見覚えのある映像が出現した。

 だけど、それはこれまでの映像とは違っていた。そこに彼らの名前があるのは一緒。しかし、先ほどまでそこにあった5つのハートマークは跡形もなく消え去っていた。


「や、やった!!ありがとう神様!!」

『どういたしまして』


 神様へのお礼もそこそこに、わたしはすぐ横にいた兄様の手をぎゅっと握って、兄様の目を見つめた。


「兄様。テーセウス兄様。これで自由よ」

「ベレニケ……」

 待ちに待った瞬間だった。わたしはついにやってきたその瞬間、世界で一番大好きな人に自分の思いを告げた。

「テーセウス兄様。わたし、ずっとあなたが好きだったの。わたしと、付き合ってください」


 ぎゅ、とその大きな手を握り締めて。目をつぶって兄様の言葉を待つわたしに、次の瞬間、とんでもない台詞が襲ってきた。


「俺、攻略対象じゃないんだよ……本当に、ごめんな」



「……………………………………は?」


 ようやく絞り出すことができた言葉は、それだった。

 今兄様が言った言葉の意味が、本気で理解できない。え、なに?わたし今異世界にいるの?なんなの?は?

 混乱を通り越して頭痛を覚え始めたわたしに理解させるように、兄様はわたしの手をほどくと、自分の右手をゆっくり動かした。現れる映像。テーセウス兄様の名前と、灰色に染まった5つのハートマーク……え?


「え、なんで!?」

 攻略対象どものハートマークはなくなったのに!

「どういうことよ神様!!!」

 わたしが上に向かって怒鳴ると、飄々とした声が空中に響く。


『だから、どうなるかわかんないけどやってみる、って言ったでしょ。そもそも攻略対象じゃないテーセウスに、修正は効かなかったみたいなんだよね」

「なにそれ!?」

『攻略対象の4人は自由にしてあげたんだから、いいじゃない。ちゃんとお願いは聞いてあげたでしょ?』

「兄様が変わってなかったらなんの意味もないわよ!!!」

『だったら最初からテーセウスを攻略対象にしてって言えばいいのに~』

「じゃあ今から言うわよ!」

『残念。お願いはもう無効。それにそろそろ時間だから帰らないと。終電なくなっちゃう。じゃあね』

「ちょっと!終電ってなによ!神様!!!出てきなさいよ!!!」


 それからいくら叫んでも神様は帰ってこなかった。残されたのはわたしと、灰色ハートマーク5つのテーセウス兄様。それに4人の(元)攻略対象たち。

 なにやら嫌な予感がして、わたしはいつのまにやらすぐそばに寄ってきていた4人におそるおそる尋ねた。


「……ねえ、確認だけど、あなたたち、(元)攻略対象でいいのよね……?」

「まあ、肩書で言えばそうでしょうね」

「自由に……なったから……」

 先生とソロンが肯定する。でもそのわりに二人の手がわたしの手を握り締めてるんですけど?

「でも、自由になってもやっぱり、俺はベレニケが好きだよ」

「うん、ボク、先輩のこと前よりもっと好きになっちゃった!」

 レノとライサンダーがにっこり笑う。


 わたしは、どうやら最悪の状況に陥ったらしいということに、ようやく今気づいた。


「いいいいやよ!わたしはテーセウス兄様のことが好きなんだもの!」

「でも恋愛は自由にするものでしょ?」

「そういう意味じゃないわよ!っていうかなんで兄様だけ自由にならないのよ!」

「ごめんな」

「謝らないで兄様!」

「もう潔く観念して、私のものになったらどうです?」

「あきらめないわよ!みんなこそあきらめなさいよ!」

「いや……」

「きっぱり言わないで!」

「先輩、自由な恋愛って、いいね!」

「よくない!!!」


***


「ベレニケ」


 なんとか地獄から抜け出して家に帰ってきて。自室まで送ってくれた兄様が、ふと立ち止まって言う。

「なに?わたしと付き合う気になった?」

 ヤケになってそう聞くと、テーセウス兄様は「いや」ときっぱり拒否。ああもう泣きたい。

「もういいわよ。なに、兄様?明日の朝ごはん当番なら変わらないわよ」

 わたしの言葉に、兄様は小さく笑って。身を少しかがめると、わたしの耳元で、低く、小さく、囁いた。


「乙女ゲームには、続編っていうものがあるのを忘れるなよ?」



 テーセウス兄様の攻略対象昇格をお願いする感想メールをメーカーに送り続ける日々が、どうやら始まりそうだった。了


お付き合いいただきありがとうございました。

お待たせした挙句、勢いで書きすぎました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ