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第6話 二人の門番の会話



 メッツボーウ王国。

 その王都を守護する巨大な正門の前に、たった二人の兵士がポツンと立っていた。


 いつもなら活気に満ち、少なくとも十人以上の衛兵が厳しい目を光らせている場所だ。

 あまりにも静かすぎる異様な状況に、情報に疎い若い兵士は強い『不安』を感じていた。

 彼は落ち着かない様子で周囲を見回すと、隣に立つ同僚に声をかけた。


「なあ、なんで俺たちが二人だけで門番してるんだ? いつもは少なくても十人以上はいるのに……」


 同僚の兵士は、呆れたように肩をすくめた。

 

「スタンピードが発生したんだよ。騎士や兵士は、その対策で王都の外に向かったからな。街道もモンスターで塞がってしまって大問題になってるんだから、人が足りないのも仕方ないだろ」

「それってよお、冒険者がやる仕事だろ? なんで俺たち兵士が矢面に立ってやってんだよ。冒険者ギルドに任せりゃいいじゃないか」

「え? お前まさか知らないのかよ」


 そう言われた若い兵士は、キョトンと目を丸くした。

 状況がまったく飲み込めていないという『当惑』が、その顔にありありと浮かんでいる。

 

「そういえば……最近、冒険者たちの姿をあんまり見ないな。冒険者たちに何があったんだ?」

「何やら、冒険者たちが酒場で飲んでた酒に毒が入ってたって噂だぜ。そのせいで、王都にいる冒険者の六割以上が死んだって噂だ。生き残った冒険者も、動けないほど重傷だとか」

「えっ!?」


 若い兵士の顔から、サァッと血の気が引いた。

 想像を絶する大惨事に驚愕し、声が裏返る。


「だ、だから酒禁止の命令が出てたのか……! でも、教会は何をやってたんだよ!? 治療をするのがあいつらの仕事だろ!?」

「お前、それも知らないのか!?」


 再び、キョトンとする若い兵士。

 同僚は重苦しい絶望を滲ませて、首を横に振った。


「教会の神官たちが、治療の力を完全に失ってるんだとよ。あいつらが奇跡を起こすための聖水を作ってる泉に、邪神像が投げ込まれたらしい。そのせいで、一切の奇跡が起きなくなったんだと」

「……マジかよ。じゃあ俺たちが怪我したり病気になったりしたら、どうすんだよ!?」

「だからヤバイって言ってんだよ! 冒険者も全滅状態。スタンピードも発生中。頼みの綱の治療もできない。しかも王都中で謎の大火災が発生して、怪我人が続出してる。もう目も当てられん地獄絵図だ」


 次々と明かされる悲惨な状況を把握し、若い兵士の顔はどんよりと曇っていった。

 どう考えてもおかしい。嫌な汗が額を伝う。


「……でもよ、なんか変じゃないか? こんなにたくさんの悪い事が、一度に起きるなんて普通じゃないだろ? まさか、この国は呪われてるのか?」

「いやいや、呪いなんてものじゃない。……もっとヤバイ、変な噂があるんだよ」

「噂? なんだよ、もったいぶらずに教えてくれよ!」


 若い兵士が急かすと、同僚は周囲をキョロキョロと見回した。

 誰かに聞かれるのを恐れるように、ひっそりと声を潜める。


「何やらよ……S級賞金首が、この事態を裏で引き起こしたって話だぜ」

「S級賞金首?! いったい、誰の事だよ」

「それはな……一人や二人じゃない。なぜか名だたるS級賞金首がたくさん集まって、徒党を組んでるって話なんだ」


 それを聞いて、若い兵士は「うーん」と深く唸った。顔には疑念が浮かんでいる。


「S級賞金首って、そもそも徒党を組むのか? ああいう連中は、プライドが高くて一人や少数で活動しているイメージだが」

「ああ、本来はそうらしい。だけど、今回はこの国を狙って悪党どもが組織を作ったんだとよ」

「ええ~……そんな噂、にわかには信じがたいが……で、いったいその賞金首って誰なんだよ?」

「それなんだけどなぁ。まあ、あくまで噂だから明確には分かっていないんだが……」

「噂でもいいから教えてくれよ! これじゃ気になって夜も眠れねえよ!」


 そう尋ねる若い兵士に、同僚はコホンと咳払いをして口を開いた。


「まず、S級賞金首を集めたのは『生ける天災』虐殺公アスタロトだ。こいつは一人でも強い上に、即席のヤバイ組織を作るのに長けているらしい。しかも情報通で、各地のS級冒険者やS級賞金首の情報、国家で所持している財宝さえも知っているみたいだぜ」

「アスタロトって、あのアスタロトか……? 相当ヤバイ奴じゃないのか!?」

「それだけじゃない。冒険者たちに毒入りの酒を仕込んだのは『血の売人』死の商人ドロフって話だし、教会を駄目にしたのは『救国を騙る毒蛇』闇導師マルクスって話だ」


 その恐ろしい名前の羅列を聞いて、若い兵士は口をあんぐりと開けて呆然とした。しかし、同僚の言葉はまだ終わらない。


「ダンジョンのスタンピードを起こさせたのは『盗賊団ブラックシャドウ』首領イレルド。そして街中の火災は『街焼き』火狂いイグニスが犯人って話なんだ。信じられるか? S級賞金首が軒並み、この国を狙ってる。……って噂だ」

「本当だったらヤバイなんて次元じゃないな……! しかもスタンピードのせいで応援も呼べなければ、逃げ道すらないじゃないか!」


 若い兵士はパニックに陥り、頭を抱えた。逃げ場のない絶望感が二人を包み込む。

 

「ああ、本当だったら絶望的だ」

「でもよ、なんでそんな大物たちがこの国を狙ってんだ? やっぱ、金目的か?」


 ふたりで「うーん」と唸り、腕を組んで頭を悩ませる。


「まあ、犯罪の考える事は分からんよな。例えば『微笑む解体業者』肉削ぎのリッパーなんて人体を解体する事そのものが目的の狂人らしいし、『笑顔の拷問狂』首斬りジャックもただ拷問したいだけのド変態だろ? それに『骸を飾る修道士』墓守のバルザガも、気に入った相手の骨をコレクションして飾るのが目的って話だ。俺には到底理解できん」

「ひええ……なんだよそれ、変態だらけじゃないか……」


 若い兵士は両腕を擦り、嫌悪と恐怖でブルッと身震いした。

 

「そんなのに捕まって骨にされたり解体されたりすると思ったら、ゾッとするよ……」

「他にも『影に潜む死』魔女アザレアなんてのが居るが、こいつは魔法の研究のために人間を捕まえて生きたまま実験体にするらしい。あと『国喰い』革命家アルバトリオも国が崩壊する様子を葉巻を吸いながら見物するのが趣味の変態って話だ。いったい、どんな人生を歩んだらそんなイカれた思考になっちまうんだろうな?」


 同僚の兵士は、心底理解できないというように呆れて肩をすくめた。

 ふと、若い兵士の頭にひとつの疑問が浮かんだ。

 

「しかしお前さん、ただの一兵卒のくせに随分と情報に詳しいな?」

「ああ、ここだけの秘密だけどな。騎士団の連中が、その情報を入手したらしいんだよ。それで、街はずれにあるゴロツキが集まる酒場を急襲して検挙したらしい。そこでS級賞金首たちが密会していたって事でな。だが、突入した時にはすでにS級賞金首の姿はなくて、下っ端の山賊やら泥棒どもだけだったみたいだが」

「へえ~。王都の近くにそんな危ない場所があったのか。だけどよ……」


 若い兵士はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「今、門番をしているのは俺たち二人だけだろ? もし今、この瞬間にそのS級賞金首たちが攻めてきたら……俺たち、一瞬で殺されるんじゃないか……?」


 想像して血の気を引かせる若い兵士を見て、同僚は目をぱちくりとさせた。

 そして、次の瞬間——

 

「あっはっは! ばーか! まあ全部、噂だからな! そんな悪党のドリームチームが攻めてくるなんて事は、天地がひっくり返ってもありえないだろ! しかも、外はスタンピードで街道が完全に塞がってて通れないんだぜ? 攻めてこようにも、道がないんだよ!」

「あ……そうか、そうだったな!」


 若い兵士の顔にパッと明るい安堵が広がった。


「今、誰もこの街に来れない状況なら、門番が俺たち二人だけで少ないってのも納得だぜ!」

「な、そうだろ? 物理的に誰も来れないんだから、心配する事なんてこれっぽっちも無いんだよ」


 重いプレッシャーから解放され、二人は「あはは!」と大声で笑い合った。

 心からの安心感が、先ほどまでの恐怖を吹き飛ばしていく。


「いやぁ、なんか勝手に想像してビビっちまってたよ。ま、S級賞金首の顔なんて知らないから、万が一見つけたところで分からないんだけどな!」

「違いない! あのS級賞金首の手配書の似顔絵、あれはひどいよな。子供の落書きみたいだ。特徴的なのは、あの犬っぽい顔のやつくらいだぜ」

「ああ! あの犬顔のやつか! たしか……『骸を飾る修道士』墓守のバルザガだっけか! でも、あんな犬みたいな顔をした人間なんて現実に居るはずがないよなあ!」

「本当だよ! あれを真面目に描いたやつの顔が見てみたいもんだぜ。あっはっは! ……ん? 誰か来たみたいだぞ」


 ふと笑い声を止めた同僚が、怪訝な顔をして正面を見据えた。

 二人の兵士は街へと繋がる街道の先へと視線を向ける。

 

 スタンピードで誰も通れないはずの、その街道。

 そこには、何十人という者たちがゾロゾロと足並みを揃えて歩いてきていた。

 

 全員が、異様な雰囲気を纏っている。

 冒険者たちだろうか……いや、違う。

 彼らの多くは、不気味な黒い頭巾を深くかぶっていた。

 

 そして、その集団の先頭。

 そこには手配書の似顔絵と寸分違わぬ、犬のような顔をした者が歩いている。


 兵士たちの顔に張り付いていた笑みが、完全に凍りついていた。

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