第5話 『街焼き』火狂いイグニス
私は皆さんの活躍をさらに後押しできるような、素晴らしいアイデアを思いついてしまいました。
年長者として若い皆さんの役に立てると思うと、自然と笑みがこぼれてしまいます。
それは……
「アスタロトさん。私、火をつけたいと思います」
「ん? 火を? どういうことだ?」
きょとんとするアスタロトさんを見て、私は「おっと」と口元を押さえました。
いけないいけない、少し興奮しすぎて説明を端折ってしまいましたね。
私が言いたいのは、ずばり『やる気に火をつける』ということ。
皆さんにさらなる大活躍をしていただくために、情熱の火種をプレゼントしたいのです。
しっかりと伝わるよう、私は一つ一つ丁寧な身振りを交えながら説明を続けました。
「ええとですね。先ほどダンジョンに向かったイレルドさんはやる気充分だとは思います。ですが、王都の騎士団はどうでしょうか? 彼らも国を背負う強い方々です。ですが、さらにここで火を付けることで、イレルドさんは更にやりやすくなるんじゃないでしょうか?」
ライバル同士、お互いのやる気に火をつけて高め合う。
これこそが若き冒険者たちの美しい青春というものです!
そう思って提案した私の言葉に、アスタロトさんは顎に手を当てて深く頷きました。
「なるほど。騎士団が王都に居る間に、王都に火をつけるか。それは良い作戦だな」
おお! アスタロトさんは騎士団の方々だけじゃなく、王都に住む人たちのやる気に火をつけるとおっしゃるのですね! なんとも頼もしいお言葉!
さすが、一流の冒険者はスケールが違いますね。騎士団のやる気だけを引き出そうとしていた自分の視野の狭さが、少し恥ずかしくなるほどです。
「街に火をつければ、騎士団たちは街に拘束されることだろう。ならばここはイグニス。お前に頼めるか?」
「ヒヒ! いいぜいいぜ! 俺の出番だろうココは! 準備をして明日にでも王都に潜入してくるぜ! ヒヒヒ!」
おお、イグニスさんが街の皆さんのやる気に火をつけて回ってくださるのですか。
私は彼の熱い心意気が嬉しくて、思わず目を細めて優しく拍手をしてしまいました。
イグニスさんには、私が台所で料理をする時にいつもお世話になっているのです。
不器用な私はかまどに火をつけるのにも一苦労なのですが、イグニスさんにお願いするとパッと一瞬で素晴らしい火種を用意してくださるんですよ。
呪文を唱えるような魔法ではないみたいなのですが、すぐに着火できる特別な技を心得ているようです。
あんなに火の扱いがお上手だなんて、もしかしたら元々は腕のいい料理人だったのかもしれませんね。
「ヒヒ! なぁ団長さんよ。王都に火をつけるなら、どこがいいか知ってるか?」
「火をつける場所ですか。そうですね……」
せっかく街の皆さんのやる気に火をつけるという大役です。
より多くの方々に情熱をお届けするには、やはり人がたくさん集まる場所が良いでしょう。
私はポンと手を叩き、最高のアイデアを提案しました。
「王都の中央広場ですね。それから東西南北にも大きな広場があり、日中は多くの市民の皆さんがいらっしゃいます。火をつけるなら、人の多いその5点がもっとも効果的じゃないでしょうか」
「ヒヒ! なるほどな。人の多い場所であれば、大騒ぎして騎士団も来るだろうからな。それに分散させる事で、奴らを混乱させるってことか。わかった、参考にさせてもらうぜ。ヒヒ!」
うんうん。一度にたくさんの人が集まる場所なら、イグニスさんがわざわざ一軒一軒回るお手間も少なくて済みますからね。
王都の皆さんを大騒ぎさせるほど喜ばせようという、イグニスさんの熱いサービス精神。本当に頼りになる若者です。
それにしても、先ほどのイグニスさんの言葉……「大騒ぎして騎士団も来る」「奴らを混乱させる」だなんて。
ハッとして、私は彼の深い優しさに気づき、ジーンと胸が熱くなりました。
イグニスさんは皆さんのやる気に火をつけすぎて大騒ぎになってしまった場合、治安維持の騎士団の方々を混乱させ、ご迷惑をお掛けしてしまうのではないかと心配されていたのですね!
なんて素晴らしい心配りでしょうか。少し口調は個性的ですが、イグニスさんは本当に周囲に気を遣われる心優しい方なのです。年長者として、私も彼の気配りを見習わなければなりません。
感心してウンウンと頷く私を見て、アスタロトさんが宣言しました。
「よし。では明日に決行してもらうとしよう。イグニス、宜しく頼む」
「ああ、楽しんでくるぜ! ヒヒ!」
——————
それから更に数日が経ちました。
拠点である静かな森の屋敷で、私はいつものように家事に大忙しの毎日を送っていました。
エプロンを締め、ほうきを持って走り回る日々ですが、仲間のために働くというのは心から充実感があります。
イグニスさんが不在の間、台所の火起こしには少し手間取りましたが、毎日火起こしにチャレンジしているうちに私も少し火起こしが得意になった気がします。
そんなある日の夕方。王都へ向かっていたイグニスさんと、ダンジョンへ向かっていたイレルドさんたちが、揃って屋敷へ帰還されました。
久々の皆さんのお帰りが嬉しくてたまらない私は、腕によりをかけて、いつも以上に豪勢でたくさんの夕飯を作りました。
広間の大きなテーブルを囲み、皆さんと一緒に温かい夕飯をいただきながら、私はダンジョンや街でのご活躍についてお話を伺うことにしました。
すると、イレルドさんが私が焼いたチキンの香草焼きに豪快にかぶりつきながら、笑顔で報告をしてくれました。たくさん食べてくださって、作り手としては感無量です。
「ダンジョンはスタンピードが起きた事を確認した。危険だから街道には近づくなよ。騎士団の先兵がモンスター退治に向かったところまで確認したので戻ってきた次第だ」
……なるほど。
イレルドさんたちは一生懸命頑張ってくださったのですが、残念ながらスタンピードの阻止には失敗してしまったのですね。きっと、思っていた以上にモンスターが多かったのでしょう。
ですが、若いうちの失敗は次なる成功への足がかりです。落ち込んでいるのではないかと心配してイレルドさんのお顔を覗き込みましたが……彼はしょげるどころか、すでにお肉をモリモリと食べて前を向いていました。
なんと見事な切り替えの早さでしょう。失敗を引きずらず、しっかりと騎士団への引き継ぎまで確認して帰ってくるなんて。さすが、部下を率いる凄腕の冒険者さんは精神力が違います。
すると、続けてイグニスさんも報告をしてくれました。
「街中に同時に火をつけたぜ。まあ、火というよりかは爆発だけどな。ドッカーーンだぜ! 見せてやりたかったなあ!? ヒヒ!」
おお! イグニスさんは、見事に街の人たちのやる気に火をつける大役を成功させたのですね!
うんうん! 私もぜひ、情熱に満ち溢れた王都の皆さんの笑顔と、イグニスさんの素晴らしいご活躍をこの目で見たかったです!
それにしても、ただ火をつけるだけでなく、人々のやる気を『大爆発』させるほど熱狂させるとは。
ドッカーーンとなるほどの盛り上がり、一体どんな素晴らしいパフォーマンスをしたのでしょうか!?
これほど人々の心を動かせるなら、イグニスさんは冒険者だけでなく、学校の熱血教師なんかも似合いそうですね。
最近少し物覚えが悪くなってきた私も、ぜひイグニスさんにやる気スイッチを押してほしいものです。
イレルドさんとイグニスさんの報告を聞いて、食卓を囲む他の皆さんも大変上機嫌そうに笑い合っていました。
和気あいあいとした賑やかなこの空気。これこそが、私の憧れていた『仲間のいる食卓』です!
やがてアスタロトさんがグラスのお酒をグイッと飲み干し、力強く宣言しました。
「このまま奴らはジリ貧になっていくだろう。3日後だ、王都へ全軍で進もうではないか。正面から、堂々とな」
『ジリ貧』……つまり騎士団の方々も、ダンジョンの対応に追われて体力が底をつきかけているということですね。
ならば3日後、いよいよ私たち全員で王都へ向かい、疲れ切った騎士団の方々を助けてあげる合同のお祭りが始まるというわけです!
いよいよ私たちの大活躍の舞台が幕を開けるのですね。
私は燃え上がるような期待感で胸をいっぱいにしながら、深く、深く頷きました。




