最終話 『生ける天災』虐殺公アスタロト
「……くそッ! 俺としたことが、どうしてこんなことに……!」
奥歯を強くギリっと噛み鳴らす。
口の中に鉄錆のような血の味が広がるが、今はそんなものを気にする余裕などない。
激しい焦燥感と後悔が、俺の胸の中をぐちゃぐちゃに掻き回していた。
『生ける天災』虐殺公アスタロト——そう呼ばれ恐れられていた俺は、自分の計画が完璧だと天狗になっていたのだ。
なぜだ。
なぜ、ここまで全てが上手く進んでいたのに、急にこんな最悪の事態になっちまったんだ。
湧き上がるのは、理解できない現状に対する混乱と激しい怒り。
王国の主力である騎士団は、遠く北のダンジョンにいたはずだ。
イレルドの野郎の報告だけじゃ不安だった俺は、わざわざ自分の目でも確かめに行ったんだぞ。
あの時、騎士団は間違いなくダンジョンのスタンピードを抑えるために出兵していたはずじゃないか。
じゃあ、なんで王都の中に、こんなに大勢の騎士どもが残っていたんだ!?
しかも奴らは、まるで俺たちが今日この時に強襲してくることを完全に分かっていたかのように待ち伏せしていやがった。
ありえねえ。民を見殺しにしてまで罠を張る騎士団なんて、聞いたことがねえんだよ!
俺たちは予定通り王都を強襲し、目につく奴らを次々と皆殺しにしていった。逃げ惑う民を守ろうとする少数の騎士どもだって、俺がこの手でさんざんいたぶって殺してやったのに。
決して油断していたわけじゃない。
思えば、『ネズミの王』ドブ泥のガジックが街のど真ん中で冷たい死体になって転がっていたのを見つけた時点で、気がつくべきだったんだ。
このメッツボーウ王国そのものに、最初から謀られていたということに。
それにドロフの毒酒で死んだはずの冒険者どもが、一人、また一人と武器を手に出現しやがったこともおかしい。
気がつけば、俺たちの退路が完全に断たれるほど、大勢の冒険者が生き残っていやがった。
まさか他所から応援が来たのかと疑ったが、ダンジョンでスタンピードが起きている以上、街道は塞がれて応援なんて来れるはずがない。
だとしたら……俺は、最初から偽物の情報に踊らされていたというのか!? ふざけやがって!
向かってきた冒険者どもは、皆殺しにしてやった。
だが、リッパーやバルザガ、イレルドといった名うてのS級賞金首たちや、その手下の盗賊どもまでもが冒険者たちに殺され戦力がガタ落ちする事態になるとはな。
クソッ、あの時にプライドを捨てて逃げておけば良かったのかもしれない。
まさか城の内部にまで、大勢の騎士が隠れているとは思いもしなかった。
俺がダンジョンの前で見た騎士団長の鎧を着た奴は、どうやら偽物だったらしい。
なぜなら今、本物の騎士団長が俺の目の前に現れて、立ちはだかっているのだからな。
だがこいつらも満身創痍で、立っているのがやっとの状態だ。それだけは痛いほど分かっていた。
王国の民を殺し、冒険者を殺し、街中に火をつけて、王族も既に殺した。
代償としてジャックも、マルクスも、ゴルゴニアも、イグニスも死んじまったが……結局、最後に残ったのは俺一人になっちまった。
こんな事になるなら、森の拠点に置いてきた商人のドロフと、あの呑気な冒険者のおっさんも連れてくればよかったぜ。
あいつらじゃ戦力にはならねえが、逃げるための囮くらいには使えただろうに。
いや、待てよ……この残りの数人の騎士を殺しちまえば、この国の財宝は全て俺のもんじゃねえか。
ダンジョンに行った騎士団の残りが帰って来る前に、さっさとこの目障りな奴らを殺しちまおう。
「おい、立派な騎士団長さんよ! 守るべき主を失った貴様が、わざわざ命を掛けて俺と対峙する必要なんてあるのかよ!」
「当たり前だ! 王を、民を、そして散っていった仲間たちの無念を晴らさずに、どうするというのだ!」
……ちっ。めんどくせえ正義感だ。
だがこいつらさえ殺してしまえば、目的は果たせる。
「じゃあ、あの世で主にアホづら下げて泣いて謝るこったな! 何も出来ずにすみませんでしたってなああ!!!」
「ぬかせ! 死ぬのは貴様だ!!!」
騎士団長も剣を振り上げ、こちらへと突進してくる。
こうして、俺と騎士団の生き残りによる最後の戦いが始まった。
——————
「ぐっ……がはっ……」
口から血が出てくるのが止まらねえ。
俺は冷たい石畳の上に倒れ込み、激しく咳き込んでいた。
まさか最後の戦いの途中で、急に身体が痺れてくるとは……
だが、騎士どもは皆殺しにしてやった。俺を止める奴はもう居ない。
しかし身体が動かん。ピクリとも動かすことができんのだ。
俺が無様に地べたを這いずる事になるとはな。
この異常な痺れは、騎士に刺された腹からの出血によるものだけじゃない。
身体を蝕む痺れは、いったい何なんだ……?
霞む視界の中、必死に首を動かすと、目の前に思いがけない救いがやってきた。
燃え盛る火炎と、無残に転がる死体の山。
その間を縫うようにして、こちらに歩いて来る二人の影が目についた。
あれは……商人のドロフと、冒険者のおっさんじゃないか!
「……おい! お前ら、早く俺を助けろ! 腹からの血が止まらねえんだ!」
俺の叫び声に気がつき、二人がゆっくりと近寄って来る。
「おやおや、どうしたんですか? アスタロトさん、随分と血が出ているようですが」
「見りゃ分かんだろ! さっさと止血の手当てをしろ! なぜか身体が痺れて動かねえんだよ!」
俺はなんとか声を振りしぼり、必死に命令した。
だが、ふと強烈な違和感に感じた。
なぜ、拠点で待機していた二人が来たんだ?
それに、なんでこいつらはこんなに余裕なんだ?と。
ここまで歩いて来たのならば、無惨な民や冒険者どもの死体を見たはずだ。
それに俺たちの仲間だったS級賞金首の死体だって転がっているのを見ているだろう。それなのに、顔色一つ変えずに歩いてくるなんて。
……まさか、こいつら!
「てめえら、裏切りやがったな!? 俺たちの情報を王国側に流したのもてめえらか!?」
「おやおや、人聞きの悪い。情報を渡したのは半分だけですよ。ですから騎士団も驚いたはずです。情報と違うとね」
おっさんは、相変わらずニコニコと穏やかに笑っている。
「そもそもアスタロトさん、あなたは最初から私たち全員を裏切る予定だったのでしょう? 私を組織のトップに置いて、最終的に仲間を殺して私に罪を被せる。敵も味方も全員殺すという……それこそが『生ける天災』虐殺公アスタロトさん、ですよね?」
ちっ! 俺の計画を、こいつは最初から知ってやがったのか。
くそっ、出血に加えて身体の痺れがキツくなってきやがった。
「この痺れさえなければ、貴様を細切れにして殺してやるのになあ!」
「うんうん。先日、お飲みになっていたワインが効いてきたようですね。……ドラゴンさえ動けなくなる痺れ薬で、ここまでお喋りできるのは凄い事ですよ。アスタロトさん」
悪びれもせず、ニコニコと笑う冒険者のおっさん。
……こいつは、いったいなんなんだ?
冒険者として冒険者ギルドや王国の重要な施設の事を熟知していると言ったから、利用するために酒場でスカウトしたのに。
そもそも、俺にこいつを紹介してきたのは商人のドロフだった。
今こいつらが当たり前のように二人でいるという事は、最初からグルだったのか。
俺の飲んだワインも、ドロフが持ってきた毒入りの酒だったということだろう。
「く……そ……」
身動きどころか、ついに舌まで痺れてしゃべることすらできなくなっちまった。
「おや、アスタロトさん。意識はまだあるようですが、薬のせいで喋れなくなってしまったようですね。まあいいです」
おっさんは、俺から興味を失ったようにふいっと視線を外した。
「……しかし、ここは良い景色ですね。街中の火災、死体の山、崩れていく城。ここに決定しました」
燃え盛る地獄絵図を前にして、悠然と佇むおっさんとドロフ。
「ドロフ、アレを」
「はっ。ここに」
おっさんに、ドロフが差し出したのは一本の葉巻だった。
葉巻を口に咥えたおっさんに、ドロフが手慣れた様子で火をつける。
やがて、「ふー!」と満足そうに煙を吐くおっさん。
揺れる煙を見た瞬間、薄れゆく意識の中で、俺はあるS級賞金首の事を思い出した。
奴は、国が崩壊する様子を葉巻を吸いながら見物するのが趣味だというイカれた悪党。
そいつの名、『国喰い』革命家アルバトリオ。
……だからか。
あの時、自ら望んで自分のことを俺たちに『オっさん』と呼ばせていたのは。




