第2話 『血の売人』死の商人ドロフ
新しいパーティの拠点に引っ越してから、数日が経ちました。
驚いたことに、ここでの生活はとても快適なのです。お部屋は広々としていますし、何より毎日三食、お腹いっぱいご飯が食べられます。
万年ウッド級で、毎日ひもじい思いをしていた貧乏時代には考えられない贅沢ですね。
これほど素晴らしい環境を用意してくれるなんて、私をスカウトしてくれたアスタロトさんには感謝の気持ちしかありません。
私は引っ越してきてからというもの、屋敷の掃除に洗濯、料理や片付けなど家事全般に大忙しでした。
エプロンを締めて朝から晩までバタバタと動き回る私の奮闘を見て、若い皆さんも色々と認めてくれたような気がします。
リッパーさんも、感心したように言ってくれたのです。
「なるほど、アスタロトが言っていた『管理』ってこういうことか。身の回りの世話をしてくれる雑用長なら、おっさんが団長でも文句ねえわ」
そうです、その通りなんです! 私もいきなり『団長』だなんて言われ、最初は一体何をすればいいのか分からずオドオドとしていました。
しかし、ようやく合点がいきました。こういう意味だったのですね。
実力のある若い皆さんは現場でかっこよく頑張ってもらい、私は年長者として裏方で『管理』をするのが仕事。
つまり、皆さんが気持ちよく活動できるようにサポートするのが仕事のようです。
今日は、屋敷の大きな会議室にみんなが集まっていました。
どうやら、これからの『活動方針』を決める大切な会議のようです。
大きなテーブルを囲む皆さんは、相変わらず強そうな方ばかりです。
なんだかピリピリとした空気が漂っていますが、これが若い人たちの『やる気』というやつなのでしょう。頼もしい限りです。
アスタロトさんが、とても真剣な目つきで言いました。
「よし、全員揃ったな。では我々の目的だが、メッツボーウ王国の全てを根こそぎ頂く。そこで手に入れたものは各自で分配だ」
王国を根こそぎ? ふむふむ、なるほど。
皆さんはさぞ一流の冒険者ですから、メッツボーウ王国からの信頼や期待に褒章、それに何よりも街中の皆さんからの羨望の眼差しを根こそぎ貰いたいんですね。
いやはや、やはり名うての冒険者は目標が段違いです。
「そこで作戦を立てる。そのために、長年メッツボーウ王国にいた団長からの情報や提案を教授願いたいが平気か?」
ご教授だなんて、そんな大層なことは出来ません。
ですが年長者として、少しは若い皆さんの役に立たなければいけませんね。
王都には既に、人々から羨望の眼差しで見られているトップクラスの組織がいくつかあります。
その方たちよりも目立つ活躍をしなければ、皆さんの目標は達成できないはずです。
「そうですね……王都には幾つかの組織があります。色々な依頼をこなす冒険者ギルド、最高戦力の騎士団、毒や怪我などを治療する教会、国の食糧調達や資金源となる大商人と貴族。その4つですね。これらが私たちのライバルとなるでしょう」
「なるほど。その4つの組織を抑えればいいってことだな。分かりやすい」
うんうん。理解が早くて本当に助かります。
やはり冒険者の皆さんが目立つには、彼ら既存の組織より目覚ましい活躍をして、その存在感を追い抜かないといけませんからね。
続いて私は、ささやかなアイデアを提案してみることにしました。
「えー、偉そうなことは言えませんが……まずは挨拶代わりに、王都の冒険者ギルドの皆さんへ『贈り物』をするのはどうでしょうか?」
「ギルドへ贈り物……? まさか、正面からヤルってのか?」
リッパーさんが、目をぎらつかせて身を乗り出しました。
ですが真正面からプレゼントを直接手渡すというのは、いささか芸がなくて直接的過ぎます。
ここはひとつ、若い人たちが喜ぶような素敵なサプライズを演出してみましょう。
「いいえ。正面からだなんて、そんなことはしませんよ。実は私も冒険者だったので、王都の冒険者ギルドに『恩返し』をしてあげたいのです。ギルドの皆さんが、一生忘れない様なプレゼントをね」
せっかくの明るい話題なのですから会議が悲観的にならないよう、私は満面の笑顔で説明しました。
すると、どうしたことでしょう。会議室の空気が、急に凍りついたように静まり返ってしまったのです。
ガジックさんやイグニスさんたちが、ゴクリと息を呑む音が聞こえます。
「で、いったいおっさんは何をするってんだ?」
「そうですね……例えば『ちょっとした上質なお酒を振舞う』のが良いと思っています」
「上質な、酒……?」
アスタロトさんが、低く深い声でオウム返しに言いました。
「ええ。冒険者ギルドには酒場が併設されているのですが、お値段が高いのに質の悪そうな酒ばかりが置いてあるのです。そこで『上質』なお酒を差し上げたら、冒険者の皆さんは喜んでガブガブ飲んでくれるはずです。酒は百薬の長ですからね。ささやかなサプライズですよ」
「ひゃくやく……? ひゃくやくって何だ?」
リッパーさんが、不思議そうに首を傾げて聞いてきました。
「それはですね。『薬』という意味ですよ。ぜひ痺れるような、素晴らしい飲み心地を楽しんでもらいたいですね」
私が満面の笑顔でそう言うと、皆さんは一言も喋らなくなってしまいました。
あまりに素晴らしい提案だったので、感動して言葉を失ってしまったのでしょうか。
「……なるほど、『痺れる薬入り』の酒か。それなら簡単にできそうだ。団長、なかなかエグいことを考えるな」
アスタロトさんが、何やら感心したように深く頷いていました。
今、アスタロトさんの口から『エグい』と聞こえましたが、たぶん流行りの『エモい』と言いたかったのでしょう。
おじさんには最近の若い人の言葉の意味はよく分かりませんが、街中で「なにそれ、エモ~い!」と楽しそうに会話している若者たちを見た事があります。
きっと「エクセレント」とか「素晴らしい」といった意味の、若い人たちの間での最先端の褒め言葉に違いありません。
いや~、私のつたないアイデアが皆さんの役に立って本当に良かった!
これでお世話になった冒険者の皆さんに、素敵なお返しができそうです。




