第1話 悪の組織のトップに就任
気がつけば、私はすっかり年を取っていました。
冒険者として、私の階級は最底辺の『ウッド級』。
せめてシルバー。いや、せめてブロンズ級にはなりたかったものです。
私は今でも、ささやかな夢を諦めきれずにいます。
ですが、私一人ではモンスターの討伐も満足に出来ません。
何せ、私は弱いので……
そんな私ですから、もはや誰も私とパーティを組んでくれません。
それに、そろそろ貯金も尽きそうなのです。
これは非常にピンチです。
冒険者としてお金を稼ぐのも、もう限界のようですし……
ふと、冒険者ギルド内にある依頼表を見上げてみました。
依頼表が張ってあるボードの上側には、古びた高額賞金のついた依頼表がたくさん貼られています。
達成金額としては超高額ですが、難易度も飛び抜けて高いものばかりです。
例えば、伝説級のモンスターの討伐や超希少アイテムの入手。
『エンシェントドラゴン』や『ウィッチロード』の討伐。『オリハルコン』に『賢者の石』の入手ですね。
本当にそんなモンスターやアイテムが実在するんでしょうか?
お伽話でしか聞いた事がありませんが。
その下に、一番現実的な高額報酬の依頼がたくさん貼ってあります。
それは『S級賞金首の捕縛・討伐』依頼。
『通り名』と名前、それと簡単な似顔絵。
『生ける天災』虐殺公アスタロト。
『ネズミの王』ドブ泥のガジック。
『微笑む解体業者』肉削ぎのリッパー。
『骸を飾る修道士』墓守のバルザガ。
『街焼き』火狂いイグニス。
『魂を貪る大蛇』無慈悲なるゴルゴニア。
『笑顔の拷問狂』首斬りジャック。
『盗賊団ブラックシャドウ』首領イレルド。
『国喰い』革命家アルバトリオ。
『救国を騙る毒蛇』闇導師マルクス。
『影に潜む死』魔女アザレア。
『血の売人』死の商人ドロフ。
などなど……たくさんの『S級賞金首の捕縛・討伐』手配書。
私は、この手配書を見るのが好きなのです。
まず、この『通り名』。なんだか凄みがありますね。
一体、誰が考えているんでしょうか。ギルドの職員さんでしょうか?
そして何より、手配書に描かれている『似顔絵』を見るのが好きです。
この似顔絵……まるで子供が落書きしたような、酷い絵ばかりなのです。
例えば『骸を飾る修道士』墓守のバルザガさんなんて、どう見ても『犬』みたいな顔で描かれています。
線もガタガタで、もうちょっと人間に寄せて描く事は出来なかったんでしょうか。
これじゃ本人を見つけても、絶対に賞金首だと分かるはずがありません。
まさか賞金首の本人が、「私が賞金首のバルザガです!」なんて自己申告するわけもありませんし。
そんな事を思いながら眺めていると、思わずふふっと笑ってしまいます。
だから、見るのが好きなんです。面白くて。
ですが、この依頼ボードを見るのも今日で最後でしょう。
私はドブ攫いや土木作業の依頼しか受けられず、モンスター討伐の昇格試験も一生受けられそうにありません。
今日で、私の冒険者人生は終わりなのですから。
「……はぁ~、明日から就職先を探すしかありませんね」
今日はせめて、冒険者として『お疲れさまでした会』を一人で催しましょうかね。
行きつけの、格安の酒場で。
——————
行きつけの酒場は、街はずれにポツンとある穴場です。
ワイワイガヤガヤと活気があり、街の一般の人たちは殆どおらず、顔に大きな傷のある方や「ゲヒヒ!」と個性的な笑い方をする賑やかな人たちが集まっています。
ですが、私程のおじさんはあまり居ませんね。私から見たら、みんな元気な若者ばかりです。
カウンターのいつもの席に座ります。
いつもは飲まないお酒ですが、今日ばかりはいいでしょう。
「私に、乾杯」
ちびり、と安酒を飲みます。喉がカッと熱くなり、次第に身体も火照ってきます。頭の中も、良い感じに酔いが回ってきました。
ふと気がつけば、私は隣のお客さんと話し込んでいました。ちょうど、隣の席の方と妙にウマがあったのです。
「あっはっは! あんたも大変なんだな!」
「ええ、あなたこそ、本当に大変そうですねぇ」
そんなどこにでもある世間話でした。どこの世界も、皆さん苦労なさっているようです。
「ところで、あんた冒険者か?」
「ええ、そうです。ですが、今日限りでスパッと辞めましたけどね」
「へえ、そうなのか。よければ、俺の仕事を手伝ってくれねえか? ちょうど冒険者ギルドの知識がある奴が欲しかったんだ」
なんてことでしょう。ちょうど仕事探しをしようとしていた矢先です。
「仕事ですか? いったい、どんな内容でしょうか?」
「パーティというか、パーティ以上に新しいもっと大きい組織を作りたいんだよ。ギルド未満、パーティ以上の所帯っていうのかな」
「へえ!? それは面白そうですね、ですが私になんかに務まりますかね?」
「いやいや、あんたみたいな年長者こそ欲しいんだよ! ギルドの情報を持ってるし、管理や指南役としてな! 色々と長年経験してきたんだろ? 俺には専用の拠点もあるし、寮も完備だ! どうだい?」
私にはお金がありません。それこそ、もうすこしで安宿すら追い出されそうでした。
仕事も貰えて住む場所まであるなんて、なんて渡りに船でしょうか!
それに「冒険者としての知識が欲しい」だなんて、万年ウッド級の私としては涙が出るほど嬉しい言葉でした。
今まで、そんな風に私を必要だと言って貰えたことなんて、一度もありませんから。
「ええ、分かりました。私で良ければ、ぜひ!」
「おお、よろしくな! 今、あちこちでスカウトしてたんだ! もっとたくさんの仲間たちが集まるぜ!」
——————
そして数日後、私は拠点へと引っ越しました。そこは街はずれの、深い森の中。
こんな静かな場所に、こんな立派な古いお屋敷があったんですね。全く知りませんでした。
その拠点はとても大きく、私以外にもゾロゾロと色んな人が集まっていました。
周りの人たちを見ると、何だかどこかで見た事があるような気がする人ばかりです。
きっと、名うての冒険者の方々なのでしょう。だけど、誰だったでしょうか……年のせいか、思い出せません。年を取ると、すぐに忘れてしまいますね。困ったものです。
やがて屋敷の広いホールで、みなさんが集合しました。
みなさん、非常に強そうな顔つきをしています。
すると、先日酒場で私をスカウトしてくれた方が前に立ちました。
「みな、よく集まってくれた。俺はアスタロトだ。以後よろしくたのむ」
アスタロトさんと言うんですね。そう言えば、酒場で楽しく話していた時は名前を聞いていなかった気がします。私としたことが、失礼しました。
それから、集まった皆さんの自己紹介が始まりました。本当にたくさんの人たちです。
ガジックさん、リッパーさん、バルザガさん、イグニスさん、ゴルゴニアさん、商人ドロフさん、部下をたくさん引き連れているイレルドさん。
他にも、たくさんの方々がいらっしゃいました。
年を取ったからでしょうか、一度にこれだけの名前と顔を覚えるのにも一苦労です。
でも、バルザガさんは覚えやすいですね。
なんだか犬みたいな顔をしていて特徴的ですし、とても親しみやすいです。
ふと、思いました。
これはもしかして、私の人生にとって初めての『パーティ』であり、『仲間』なのでは?
そう思うと、何だか年甲斐もなくワクワクしてきます!
ですが、気恥ずかしい事がひとつだけあります。
みなさん、私より若いのです。私はちょっとオジさん過ぎますね。もちろん、若い皆さんの輪の中に入る努力は惜しまないつもりです!
おっと、いよいよ私の自己紹介の番のようです。
「えー、私は長く冒険者をしておりました。アスタロトさんに紹介いただいて、本日はこの場に——」
と、自己紹介をしている最中でした。
「おいおい、おっさん。あんたなんかに、俺たちの仕事が務まるのかよ?」
途中で、リッパーさんにそんな事を言われました。
すると、すかさずアスタロトさんが私の代わりに前に出てくれました。
「おい、リッパー。言葉の使い方に気をつけろ。この人には『団長』を務めてもらうつもりだからな」
「団長を!? こんなおっさんがか!?」
「言葉に気をつけろと言ったんだ。もう二度と言わんぞ」
アスタロトさんとリッパーさんの間に、何やらピリピリとした険悪な空気が流れてしまいました。
それにしても、私が団長……?
そういえば、アスタロトさんには酒場で酔いながら色々説明してもらった気がします。
慣れないお酒で記憶も曖昧ですが、たしか「その経験と年長者として、管理をしてほしい」みたいな事を言っていた気がします。
なるほど。
管理業務は私が担当し、現場を引っ張る役はアスタロトさんがしてくれる、ということですね。
商会で言えば、商会長がアスタロトさんで、私は雇われ店長といったところでしょうか。
アスタロトさんは、年長者の私に気を遣って、わざとハクがつく『団長』という肩書きをくれたのでしょう。ありがたい気配りです。
ですが私はリッパーさんの仰る事もよく分かります。おじさんの私が上に立つなんて不満でしょう。
ここは私がちゃんと管理をして、皆さまに認めてもらえるように頑張らないといけませんね。
それとは別に、私にとって嬉しい言葉がありました。
リッパーさんが、私の事を『おっさん』と呼んでくれたことです。
これはもしや、仲間で呼び合う『あだ名』というやつなのでは?
ふふ、いいですね。私は今まで一度もパーティを組んだことがありませんから、こういうフランクなやり取りには強い憧れがあったのです。
「いいんですよ、アスタロトさん。よければ、みなさん私のことを気軽に『おっさん』と呼んでくださいね」
私が笑顔でそう言うと、ホールの空気が一瞬ポカンとした後、妙な静寂に包まれました。
皆さんに受け入れてもらえた証拠ですね!
その日の夜、私は皆さんのために腕によりをかけて食事を作りました。
何分、万年金欠のため節約で料理を作る事などは日常茶飯事だったので、料理を作るのは得意なのです。
皆さんが、私の作った料理を美味しそうにガツガツと食べて頂けて本当に良かった。
いやはや、まさか仕事も住むところも、そして『仲間』という尊い存在まで授かれるとは。
人生、諦めずに生きてみるものですね!




