入学前の一騒ぎ その3
「いや、さっきも言ったけど、助けてくれたことに感謝してるんだよ。それから、リリア嬢の助けで命拾いしたのに、当の君をこんな目に合わせることになっていることを謝罪したい」
王族が簡単に謝罪とか口にしないで欲しい、と思った私はおかしくないはずだ。どんな間違いを犯しても詭弁で自己正当化するよりはマシだけど。
「いえ、傍から見れば殿下を襲ったと勘違いされても仕方のないことです」
「では、なぜあんなことを?君はかなり優秀な治癒魔法の使い手のようだ。治すならあんなことをする必要はないだろう?」
プブリオ君が厳しい声で問いかけてくる。ここはきちんと弁明させてもらうことにしよう。
「実際に触ってみて肩が外れているのがわかりました。確かに治癒魔法だけでも治せますが、先に外れた関節をはめてから魔法をかけた方が治りが早く後遺症も少ないのです」
素人が脱臼したところを無理にはめようとすると返って痛める可能性が高いのだが、それをここで言う必要もないだろう。私はこれまでに体術・剣術その他の訓練の中で魔法を使わない応急処置も身につけてたからやったわけだし。
私の説明にプブリオ君も一応納得してくれたようで、特に反論はしてこなかった。まだ、睨んできてるけど。
それより気になるのはレオンツィオ王子が説明前から私の行動を高く評価していることだ。好感度が妙に高いような気がするのだか、気のせいだろうか。
『王子にはまだ婚約者はいないのよね』
学園の寮の食堂で知り合った子爵家令嬢の言葉をなぜか思い出した。
いやいやいや。何を考えている、私。男爵家の娘が王子と……など馬鹿馬鹿しい。
そもそも王子が男爵家の娘に何を感じるというのだ。
しかし、仮に学園への入学取り消しがなかった場合を考えると。
レオンツィオ王子は学園でもこういう態度で接してきそうな気がする。学園は一応「平等」をうたい文句にしているし。王子はそういう文言というか建前を素直に信じそうなタイプに見える。
恋愛的な感情が無いとしても、学園で”王子のお気に入り”などと評判になったら。
うん。針の筵に座らさせるようなものだね。
ところで、莚ってなんだろう?「ざまぁ」とか「悪役令嬢」という単語も思い浮かんだが、はて?
それはともかく。となれば、はっきりと距離を取った方がいいだろう。主に自分の精神上の健康のために。
ここは慇懃無礼すれすれのバカ丁寧な対応をするのが良いのではないだろうか。王子は貴族貴族した令嬢の媚びるような態度が嫌いな気がする。
私も人に媚びるような態度を取るのは好きじゃない。というかやろうとしても上手くできない。
逆に普通に敬意を示そうとすると慇懃無礼な感じになることが多いのだが。
そんなことを考えながら、今まで以上に遜った態度を取ろうとした時だった。
「大事はないかね、リリアちゃん!」
そう大声をかけながら衛兵の服を着た壮年の男性が飛び込んできた。あの鉄扉はかなり重いはずなのだが、バーンという擬音が付きそうな勢いで開けられた。しかし、私が驚いたのはそちらではなく、
「オットーネおじさん!?」
「「!??」」
私の叫びに王子とプブリオ君が驚いているのが目の端に映った。
しかし、この時私にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
オットーネおじさんは父の古い友人だと聞いている。年に2、3回はアリウス男爵領まで遊びに来て、父や母、家宰のアルバーノ・アルボーニと一晩飲み明かしては帰っていくような人だ。
「いやいや、怪我もないようでよかったよかった。それはそれとして、『パパ』とは呼んでくれんのかね?」
「それは前に断ったはずです」
私にとってオットーネおじさんは知り合いの小父さんであって、パパではない。実の父でもない人を『パパ』と呼ぶのは……、う、頭が痛い。
まあ、小父さんが「パパと呼んでくれ」と言っているのはそういう意味では無く、 自分の息子と結婚してくれという意味で言っているのだが。
私は学園卒業後は弟のレナートに男爵家を継いでもらってアリウス家騎士団の団長になって彼を支えるのが目標だったし、恋愛は興味がないわけじゃないし、いずれは誰かと結婚することになるかもしれないが、会ったこともない相手との結婚なんてお断りだ。
そもそも、今はそんな話をしている状況じゃないというか、なんで小父さんがここにいるのだ?
「父上!どうしてここに!?というか、パパってもしかして、リリア嬢は僕の異母きょうだい!?」
私が疑問を口にする前に、そう叫んだのはレオンツィオ王子だった。
あれ?王子の父親ってことは……。
「おお、レオンとプブリオもいたか!」
「いたか、じゃありません!父上こそどうして?」
あー、オットーネおじさんってこういう人だよねー。なんか話が通じないというか。
現実逃避を始めた私と、予想もしてなかった展開に呆然としているプブリオくんの前で、親子漫才?をしている王子とおじさん。
「どうしてって、リリアちゃんが心配だからに決まっているだろう」
「そういうことではなくて、リリア嬢とどういう……、やはり隠し子!?」
「いや、そういう意味では無くてだな」
「ちょっと待った!」
ここでポロッと「息子のヨメに」とか暴露されるとまずい。私は思わず口を挟んでしまった。
「おじ……じゃなかったジルベルト・デラ・ヴェセンティーニ陛下」
いつの間にか立ち上がっていた私は再び膝をついて頭を下げた。
「リリアちゃん、そんな態度を取られると傷つくんだが」
「今はおふざけはやめてください」
私がそう言って頭をさらに下げると、おじさん、じゃなかった陛下はため息をついた。もともと垂れぎみの眉と目がさらに垂れ下がって、情けなさそうな表情を作った。
「王宮にレオンが襲われたという急報が入ってな。しかも、襲ったのがリリアちゃんで牢に入れられたという。宰相やらの目を盗んで慌てて駆け付けたというわけだ」
「フットワーク軽すぎでしょう」
感謝するべきなのだろうけど、その前に国王にあるまじき軽率さに思わず呆れてしまったのだった。
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