9話:原種
スライムの頭に手を突っ込んで改造する女神。
スライム種。環境適応能力が高く、自己の分裂によって個体を増やす従魔。
改造は容易いのです。
食堂の椅子に座り、勇者にスライムを持って来させます。よほど楽しい体験をしたようで、すっかり勇者に懐いていました。スライムを私の膝に乗せる。勇者には改造の間、捕らえた従魔達や王子ファロンの面倒を見させます。
スライムを膝に乗せ、少し魔力を流す。やはり、スライムの組織が柔らかくなっている。環境に適応するということは、ストレスを的確に感知し、学習し、自己に反映させることが出来るということ。勇者と遊び、ストレスを感じなくなれば、ストレスを受けるような過酷な環境に耐えなくてもよくなり、組織の緊張が解ける、といった原理でしょうか。
私への警戒も薄れ、どうやら遊んでくれると思っているようです。可愛らしいですね。
スライム種には知能の差があり、核が無いもの、あるいは核が小さすぎるものは知能が低い。このスライムも核が無く、知能が低いです。
核があると知能が上がり、また分裂によって出来る個体に受け継がせることの出来る形質も増えます。核がどれだけ小さくとも、核があるならば形質を受け継がせることが出来ます。
この形質を受け継がせるという特性を持たせる為、核を作っていきます。
まず、スライムの内部に手を入れ、薬剤としての効果がある成分と、それ以外の成分とに分けます。そして、それ以外の成分に、凝縮した厄災の魔力を注入し、学習させる。もちろん、私の望む通りの学習をするよう、絶えず魔力をかけて調整していきます。私の魔力をかけ続けることで、私の魔力が流されることに抵抗が無くなる。薬剤として、私の言う事のみを聞くようになるでしょう。
学習が出来たようです。このスライムは、厄災の魔力を自ら生み出せるようになりました。環境適応としては、あの時の厄災がまた起きたとしても、厄災の魔力を生み出し、同類として認識されることで生き延びられるような適応手段を取ったという状況です。同類として認識されるということは、同じような機能を得るということ。このスライムは、人間達より先に厄災の力を手に入れました。
魂なき、厄災の力。私の思うままに動く、新たな力。
これだけでは終わりません。この形質を受け継がせる為、核を。薬剤としての成分、力を持たせた成分。これらの一部をぎゅうと握り固めて魔力を流す。核として機能するよう、作り変えていきます。
スライムは急に核が出来ていく感覚で狂い始めたのか、びくびくと痙攣をし始めています。
核が出来ました。あとはこれを、どのような大きさになっても運用出来るよう、核を細かくしていきます。核のみを分裂させ、大きくならないうちにまた分裂。分裂、分裂…。分裂させるたび、分裂のショックでスライムが小さく跳ねる。核が肉眼で見えないほどの大きさになっても、分裂。
そうして細かく、身体中を巡れるほど細かくした沢山の核を持ったスライムが出来上がりました。
スライムはあまりの核の多さに自我を失ったようで、ハリのある丸い形だったのが、溶けたようにどろどろになっています。
スライムから手を抜き、ひと段落。
そして、このスライムに、植物の性質を持たせます。バクちゃんから少し組織をもらい、スライムに組み込む。
一つの個体にいくら核があろうと、スライムの分裂では一つの個体が二つにしか分裂出来ず、まとまった量の薬剤が手に入れられるのに時間がかかる。複数に分裂させるような無理な分裂はスライムに死をもたらし、私がいちいち魔力を流せば可能でしょうが、それでは何のための自動化なのか。植物のようになれば、樹木が実を作るように、栄養さえあれば一度に沢山の薬剤を延々と作り続けることが出来るでしょう。
しかし、これは浅はかでした。スライムに植物の性質を持たせてしばらくすると、植物の種子のようになってしまいました。栄養がないことによる仮死状態です。これでは、栄養を与えなければ量産は不可能。もう出来てしまったものを元に戻すことは出来ません。
さて、どうしたものでしょう。捕らえた従魔を栄養として使う、というのは難しいでしょう。従魔には死んだ際魔王にシグナルを送る習性があります。周りの環境、敵の情報、そういったものを含んだシグナルです。この空間はいくら周りから分断しているとはいえ、シグナルが魔王に届いてしまえば、この空間を詳しく解析されてしまう。解析されれば、この空間にちょっかいをかけられるかもしれない。それは面倒です。
生きたまま死ぬような薬剤の実験であれば、シグナルは発されない。体の丈夫な、人間に警戒されない実験体。だから従魔を持ってきたというのに…。
外で殺す、というのも面倒。だからといって栄養になるものを持ってくるのも面倒。
あぁ…こんなに手をかけたのに…。どうしてこの世界は面倒なことばかりなのでしょう。
生きているものは複雑で、面倒なものばかり。単純な物質の集まりなのに、魂や、その代わりの魔力が宿るだけで、こんなに複雑になるなんて。
姫よ、勇者よ。あなた達はこのような世界に生きていたのですね…。私はあなた達を心から尊敬します。気まぐれに、言われたままの事をするだけでよかった今までが、少し懐かしいほどに。
ただ憎き者達の前に赴き、裁くことだけに集中するのなら簡単ですが、それでは国王を裁けない。彼が勇者であった時に与えた、月の魔力を使えるようになる祝福。あれを彼は勇者でなくなってからも高め続けている。厄災を解放し、手懐けようとしたのも、勝算あってのことだとは感じていました。
過ぎた力を与えてしまったのです。まさかあれほどの力が出せるようになるとは。厄災の魂には全く効果がありませんが、人の似姿である私は、彼の魔法を食らえばひとたまりもありません。
国王に対しては、先に心を折る必要があります。国を蹂躙する。守るべきものを失わせます。それも復讐になる、と思ってのことです。
そのためには、国を攻める軍勢、死体のしもべ達、軍勢を率いる将である勇者。これらが必要です。
なのですが…。
怒りを維持する、というのも難しいのですね。今でも彼らは許せませんし、殺す気でいます。しかし、様々な面倒さが私の歩みを止めてゆく。
人間ごときにこれだけのことをしなければならないなんて。もっと楽な方法はないものか。いっそ、全てを焼き尽くして灰にしてしまおうか。
…王子に与えるお金の材料もないのですよね。取りに行かなければなりません。あぁ、やることが多い、面倒くさい…。
心が折れそうです。
ですが、やらなければならないのです。
私の愛した者達は、何故殺されてしまったのか。
それを確かめたい。
そして殺した者達を、手酷く殺してやりたい。自らの過ちを、罪を、魂に刻みつけるように。
そのためなら、どのような試練も乗り越えなければ。
魔術師ミレーヌに、挨拶をしに行きましょう。
ですが、私より、適任者がいそうですね。
彼の目を、耳を借りて、彼女の罪を測りましょう。
ちなみに女神が面倒面倒言っているのは、本人にとって、復讐するにあたり大まかな計画を立てて、凶器の包丁を買おうとしたら包丁屋さんたらい回しにされた挙句、ちょっと計画甘くて考え直さなきゃいけなくなったくらいの面倒さだからです。
金田一の犯人達の事件簿みたいですねこの女神。
やることが…やることが多い…!




