8話:ティアードマテリアル②
女神のクッキング力はいかに。
拠点の資材にしたのと同じように、スライムを空間に保持しようとしましたが、びちびちしてうるさかったので、やむなく抱き上げて持って帰ります。
私は牧場と農場へ。勇者は従魔を生け捕りにするため国境付近へ向かいました。彼は相手を眠らせる魔法を使えるので、生け捕りにはぴったりなのです。
私と勇者が離れると、人の似姿を取ったこの私との接続が弱まります。離れた死体を動かすには、祭祀場にて今も眠っている女神たる私の力を使うことになります。人の似姿を取った私は本来の4割程の力を割いています。拠点の維持に1割、残りは5割。遠くから勇者を動かす際の様子を確認する意図もありましたが、ちゃんといつも通り動いてくれているようです。安心しました。
この調子なら、理論上は一国の人間全てが死体になっても動かすことは可能ですね。それでもまだ余力があるようです。
さて、転送魔法によって、牧場前にやってきました。沢山の牛がいます。ここは乳牛を育てる敷地なのですね。こっそり一匹頂いてしまいましょう。
盗難防止用の術式を掻い潜り、誰もこの場を見ていないことを確認し、スライムを傍に置いて近くの牛に両手を向ける。牛を浮かせ、捕獲。牛そのものの形で柵の外に出してしまうと術式が発動してしまうようなのので、牛の形を変えて持って帰ります。私は料理が出来ないので、せめて食べやすい形にしていきましょう。
牛に向けていた両手をひねり、優しく牛の形を変えていきます。一瞬で、痛みなく。死んでしまうけれど、命を食べるとはそういうことなのだというのは、女神である私もわかっています。
牛まるごとペーストの四角い塊の完成です。べちゃべちゃにならないよう、乾燥させて固めたような感じです。全ての要素が均等になるよう調整してあるので、栄養不足になることもないでしょう。一匹の牛は一人ではとても食べきれない量らしいので、しばらくはこれで大丈夫でしょう。
大きな牛キューブを柵から出し、浮かせたまま農場へと移動します。農場では人がまだ作業をしているので、違和感を与えない魔法をかけ、そうしてから同じように野菜と小麦を頂きました。途中の井戸から水を頂き、およそ食事としての体をなしたと思われるので、帰りましょう。
勇者も目的を達成したようですね。
勇者は従魔数体、私はスライムとそれぞれ同じ大きさの食材キューブを持って、拠点へと帰りました。
拠点へ帰り、まずは生け捕りにした従魔達を確保しておく場所を作っておきます。
先程の牧場のように、柵を立ててその中に従魔を入れていきます。柵を乗り越えようとしないよう、空間を歪ませて、中からは出られないようにしておきます。そして、暴れないよう、拠点に生えてた一部の植物からリラックス出来るお香を作り、中で炊いておきました。柵の中で自害でもされたら困りますからね。
さて、スライム改造の前に、王子ファロンに食事を与えなくては。
食堂の調理場にキューブを置き、一食分相当の大きさに切り出し、寝室へと運びます。食事を与えている間、勇者にはスライムと遊んでいてもらいます。懐かせる為です。
ファロンはこの食事を見て、目を丸くしました。
「女神様、それは…?」
「牛、野菜、小麦、水をそれぞれ四角くしたものです」
「どうやって、食べるのですか…?」
「そのままかじれるようになってますよ。好きな形にも出来ますし」
そうして、キューブ達を扁平にしたり丸くしたり小さくして見せました。
元の大きさに戻し、肉のキューブを彼の口元に持っていきます。彼は恐る恐る齧り、ゆっくり噛んでいます。
…突如、彼にかけた、嘘をつけない呪いが発動しました。強く痛む頭を抑え、冷や汗をかきながら、心に浮かんだ真実を口に出します。
「…ぐ、うう…!と、とても、人間の食べるものでは、ありません、ね…」
言葉を言い終わると、頭の痛みが引いたようです。不死化の痛みとこの呪いの痛み、随分と、苦しいでしょうね。
「本来は何を言うつもりだったのですか?」
「…おいしい、と言うつもりでした。女神様が用意してくださったものを、無下に扱うなど、とても…出来ませんので…」
…実にくだらない。ですが、私への敬意は認めましょう。
「このような事にいちいちお世辞を言う必要はありません。面倒です。次からは、例え不敬な言葉であろうとも、正直に言って結構です。別に怒りはしませんので」
「…お心遣い、感謝します…」
そう言うと、私の顔色を伺いながら、おずおずと言葉を発し始めます。
「では、恐縮ですが、言わせていただくと…。味が、おかしいです。口の中に、血と肉と骨と、脂…それと、毛でしょうか…、それらの味が口いっぱいに広がって…不気味です。それと、小麦のキューブの事ですが、…これは、おそらくただの小麦粉の塊ですね…。そのままでは食べられません…」
食事とは、妙に複雑なものですね。味ですか。私には味がわかりませんので、いまいち概要がつかめませんが、人間は牛丸ごと食べられないということはわかりました。
「しもべの身分ですので、贅沢な事は求めませんが、せめて、食材を素材そのままの形か、お店で売っているような形で持ってきていただけるなら、僕自身で食事の用意が出来ますので…。よろしければ、お慈悲を頂きたいのですが…」
「…わかりました。あなたの食事の改善を認めます。ですが、あまりあなたに構っていられないので、きちんと役目を果たせば、お金を渡します。自分で買ってきてください。もちろん、あなたが誰であるかを人間が認識出来ないようにさせてもらいます。平民のような生活を過ごしなさい」
わかりました、と言って彼は眼をつぶる。このひと時で随分と疲れたのでしょうね。
「すみません、最後に一つだけ…。なぜ僕をしもべにしていただけたのでしょう?真実を知るだけなら、記憶を取り戻すまで私をただ縛り付けておけば良かったのではないですか?」
「生きたしもべも欲しかったのです。私は死体を動かすことは出来ますが、視覚や聴覚などの感覚を共有するすることは出来ません。喋らせることもです。生きたしもべなら、私の作業の内、感覚を必要とするものを一部肩代わりさせれば、こうして会話することで共有が出来るでしょう」
この言葉を聞いて、彼の顔色がサーッと青ざめていく。震えている。目を見開き、こちらを見ている。不死の痛みによるものではないようです。
「…今、死体とおっしゃいましたか?死体を、動かすと…?」
「えぇ。ご覧になりますか?」
そう言って、私の見た景色を映像として映し出す。勇者の身体を手に入れ、初めて死体を動かした時。ここで従魔の死体を動かし、実験をしていた時。トカゲを使って、生きながら死なせる薬剤の実験をしていた時。
彼は特に、魔力を注入した後のトカゲの姿に目がいったようです。
「トカゲが、涙を流して…なんと酷い…!」
「涙ではなく注入した薬剤が漏れ出ているだけですね。特段、効果に影響はありません。薬剤が身体中に回ってきた証拠、というくらいですね」
苦々しい顔で、こちらを睨みつけてくる。そんな目をされても困ります。
「厄災の伝説にある、ティアード・マテリアル…それによく似ている…。あなたの涙が、死した兵士を蘇らせた、という…」
なんでしょうか、それは。人間の紡ぐ様々な伝説は、同じ出来事でも違った伝えられ方をする。事実を事実として受け継ぎ続けることが出来ない種族。魔物のように正確な継承文化を疎んだだけはあります。
ティアード・マテリアル…。何ともしっくりこない名前です。薬剤でいいでしょうに。
そうしている内に、彼は眠りにつきました。
さて、そろそろスライムの改造に取りかかりましょう。




