9.5話:手がかりを探せ
魔王パート。
話長いなーと思ったけどそうでもなかった。
今のところ一番長いのはセマ編です。
「報告します!王国南西外れに、女神の反応あり!」
「王国城下から離れた平原にて、女神のものと思われる魔力を検知!」
「王国東の村を消し飛ばす大型の魔力反応が!」
状況分析と我らが国を守る力を固めるので精一杯だ!我々は、あれから休みなく観察し、分析し続けている。
後手に回っているのだ。女神は、おそらく人の似姿を取り、この世界に干渉している。女神が何をしているのか、何を考えているのか、まるで検討もつかないのだ。我々が知るのは、女神としての役割しか持たぬ存在だ。人の似姿で、人の真似をする女神など、知る由もない。
それに、女神とは別に、王国そのものも何やらおかしな動きをしている様子。国の希望であった姫と勇者を失ったのだ、疑念や欲、正義心などに駆られた人間が何らかの騒動を起こしても仕方がない。
そして、…あぁ、また勇者と接敵した!次は生きたまま、どこか、おそらく分断された空間の中に転送された従魔がいるようだ。
「勇者と接敵した!今、付近にいた従魔から得た情報を共有する!」
我輩は、魔導兵隊の観測室にて、兵と共に情報を集め、分析している。
観測室のドアが開く。
「失礼します、魔王様!国賓の方が到着いたしました!現在大広間にて、お待ちいただいております!」
「わかった、すぐに行こう!観測室よ、何かあれば逐次知らせるように!」
そう言って、我輩は急いで大広間に向かった。
半ば拉致してきた、王国からの国賓…祭祀場の掟にて、女神が乱心した時はとある魔物の一族に声をかけよ、と記されているため、律儀に、そして外部に伝わらぬよう慎重にこちらへ連絡をしてくれた、人間における歴史の紡ぎ人。
広間に到着すると、広間の中心にいた老女に声をかけた。
「待たせたな、神官ライヤよ!」
我輩の声に振り返った奴は、こちらを振り返って深くお辞儀をした。
「あなた様が、歴史を紡ぐ一族の末裔の方でございましょうか?」
「あぁ、我が名はスゥール。王としての名はガンダルク=ヴァグナロク。貴殿には来てもらいたい場所がある」
そう言って、我輩はライヤを抱え、自室前の廊下にある隠し通路へと向かう。隠し通路の階段を降り、我輩の宝部屋、歴史資料室までやってきたのだ。
魔王と呼ばれている我輩、そしてかつて魔王であった兄上は、魔物の歴史を紡ぐ一族の末裔であった。
厄災より前から続く度重なる戦いの末、歴史が記された書物は少しずつ失われていった。
しかし、全て失ったわけではない。
「勇者の一件から、女神が何か良からぬ事をしようとしている。女神の動向を探り、我が国を守り、女神の糧である人間を絶滅させぬようにと我々は動いているのだが…。恥ずかしながら、女神に対しことごとく後手に回っているのだ。そこで、貴殿の力を借りたい」
「女神の侍女である、何の役にも立たぬ私めが、一体何をしたら良いのでしょう…?」
この様子は、おそらくライヤは何をするのか察しがついているのだろう。しかし、我輩に言わせたいのだ。…女神の加護を受けているが故に、ここでは自発的に動くことを控えているようだ。
「女神に関して、貴殿の知る全てを教えてくれ。我輩は歴史の中から女神の情報を探す。今までの様々な事実を元に、女神がこれからどのような行動を取るか推測しようと思う」
我々は今までの歴史や女神の性質などを書物やライヤによる口伝から探り、解る範囲で共有した。
そうして得た、我輩とライヤの共通認識はこうだ。
姫君は厄災の魂を蘇らせるための生贄とされ、儀式は失敗。その罪は全て勇者になすりつけられたのだということ。
女神は姫君を殺し、勇者を陥れた者達に対して、他の人間をも巻き込んだ復讐をするつもりだろうということ。
女神のやろうとしていることは依然として判別つかないが、人の似姿を取って活動することに苦戦をしている可能性があること。そして、それによって女神が一人一人への復讐を辞めてしまえば、復讐の手段は女神の怒りを体現した天変地異に変わってしまうだろうということ。
「女神が随分と、勇者に執心しているようだが」
「えぇ、姫様と勇者様を特に愛しておられたのですが、勇者様にはもう少し、私共や姫様とは違う思いを抱いていたようですので」
「それは、我々魔物とのメッセンジャー、女神の代行として優遇されていたということか?」
「いいえ…もっと単純なお話でございます。勇者様には絶対の信頼を寄せていたのは事実でございますが、勇者様の事をお話になる時のあの方はとても楽しそうで…。きっとあの方なりに、恋を、していたのかもしれません」
…。
んんん??
「いやいやいや!!!それはおかしいぞ、神官ライヤよ!!女神がそのような感情など抱くものか!心なき乙女、星々より見守る存在こそが女神の本質だ。そのような、人間や我々に近しい感情を得るなどありえない!!ましてや、恋などと…!」
「女神様のお考えを、人間の感情という原理に当てはめているだけ、というだけの話かもしれません。しかし、実際にあの方は勇者様に対して、極めて好意的な感情を抱いていることは確かであるはずですよ」
なんと、なんと奇怪なことが、現実に…。勇者の死体を連れ歩くのも、女神なりのそういった執着故に、と考えると辻褄は合う、か…?しかし、いやはや…。
しかしそれではまるで、これからの女神の行動は、人間や我々に近い、そして女神故の歪さを持った感情によって動く、ということにはならないだろうか?
ふと、妙な頭痛が響く。自己を失うような痛みを受けている、と訴えているかのような。頭の中をグジャグジャとかき回すような、気味の悪い痛み。
これは、従魔の痛みだ。私の知らぬ、はるか昔に我々から独立した種であろう。それが、悲痛なシグナルを上げているのだ。
「どうされましたか?」
ライヤが私の顔を覗き込み、心配している。我輩は書を読んでいた途中であったが、痛みでうずくまっていたようだ。
「…我々から独立し、人間達の住む領域にいる従魔…貴殿らがはぐれ魔物などと呼んでいるものたちの内の一体が、何か、極めて非人道的な攻撃をされた。それを痛みを伴ったシグナルとして我輩が受け取ったようだ。人間によるものだと信じたいが、異常行動を起こした女神によるものかも知れぬ。女神ならどのような存在に手を出すか、貴殿に心当たりはあるか?」
そう伝えると、ライヤは少し考えて、はっとする。
「女神様がどのようなことをなされるか、私めが言い当てる、ということは出来ませんが、想定されるものの中で最悪のものをお話しましょう…」
ライヤは机に広げていた地図の上を片付けて、指を指しながら説明する。
「まず、大海に眠るドラゴン、シークイーン。人間に友好的という訳でもなく、海という自然の体現のような荒々しい存在です。その強さは、昔から変わらない…まさしく海そのもの。女神様がそれを手に入れるとしたら、シークイーンと戦い、勝利し、しもべにすることでしょう。海は、人間も、魔物も、最早観測することの難しい領域ですから、我々の目に映らぬところでしもべになされたなら、もう地上に生きるもの達に勝ち目はありません。…地上、というものがなくなるでしょう」
地図を用いて、シークイーンの力を用いればどこが沈むか、滅ぶかを示している。…我々の領域も、ただでは済まないようだった。現在我々の生きている世界、狭い大陸の内、7割程が滅ぶようだ。
「次に、この場所」
ライヤがそう指し示した場所は、先程女神らしき魔力を感知した場所。酪農地帯に近い平原であった。
「ここでは私共がミブルと呼ぶスライムの変種が住んでいます。医療魔術が発達してからというもの、ミブルを使い、患者や罪人を傷つけずに搬送することが出来るようになりました。ミブルを倒し、液体となったところを回収し、煮詰めて、薬とするのです。その薬は、飲ませ、魔力を流すことで患者の動きを制限することが出来ます。…外から魔法をかけただけでは動きを止められぬ、高位の魔術師などに使うものです」
「…それがどう危険なのだ。死体を動かすのであれば、すでに女神がやっていることだろう」
「…考えうる限り、これもまた最悪の未来なのです。ここには厄災の爪痕が残されています。つまり、厄災の魔力が、湧き水と共に滲み出る場所なのです。この魔力と、ミブルとが合わさると…、女神様のお力と酷く親和してしまうのです」
その原理を説明してもらうことにした。我輩はそれを紙に書き留める。
「地上に生きるもの全てには、魂というものがございますね。魂と肉体とが合わさって、初めて生命というものが成立する、というのはご存知のはず。魂だけでも、肉体だけでも、存在は脆い。両方あってこそ、存在としての強度が補強されるもの。女神様は物質、我々の肉体を司るため、肉体のみのもの、つまり死体などしか動かすことが出来ないのです」
「うむ、それはこちらの認識と同じだ」
「しかし、女神様は厄災より取り上げられた力、蘇生の魔法をお使いになられます。これは、厄災の魔力を通じ、限定的に魂に干渉することの出来る魔法だと聞いております。その上で、地上に残された、つまり生きた厄災の魔力を取り入れられるのなら、…魂を肉体に閉じ込めたまま、死体とすることも可能でしょう。魂が肉体に残るだけで、存在の強度は大きく上がりますから、女神様なら手駒としてお使いになる、ということもありえます」
本来、肉体と魂の繋がりに干渉出来ない女神が、その力を手に入れる…。確かに脅威だ。だが、飲まなければ意味のないもの。さほど脅威になるものではないはずだ。
「…魔王様。ミブル、湧き水、そして薬…。これらは全て無色透明、無味の液体です」
それがどうしたと…。
…いや、いや!大問題だ!!
そうだ、これは飲まなければ良いという話ではない!女神がどこまでのことをしでかすつもりかはわからぬが、これはまずい!
知らずのうちに、食事にでも混ぜられればどうなる?
川に流されれば、川の水を使う者達はどうなる?
従魔などは疑いもせずに飲むであろう、それは人間の子供だってそうだ。
警戒しようにも、必ずどこかに盲点が出来る!
女神を止める方法は、少ない。
我々が人間と手を組み、総力を挙げて女神を討伐すること。
我輩の持つ究極の魔法、太陽の光。あるいは国王が持つ究極の魔法、月の光。これらで女神の隙を突いて心臓部を狙い撃つこと。
…そして、死後の世界にいるとされる神、魂や魔力など曖昧なものを司るもの。この世界が生まれてから一度もこの世界に姿を見せることのなかった存在。女神と反する特性を持つ、その神に、助力を煽るしかない。
何にせよ全て根回しと手段の模索が必要だ!
その最悪の未来、どちらか一方でも手の施しようはないのだ。魔物だけでも守る、などということがまかり通るほど、女神は甘くない、ということか。
あぁ、女神よ!こればかりは恨ませてもらうぞ!




