↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラブリーキスキス・デスアンドチョコレート  作者: 岩崎シネマ
1章「これを絶望と言わずに何と言うんだ!」
17/20

#4「私の中にあるこの感情はなんなんだ」

【6月13日(金) 午前1時00分 / 学食】


「じゃあみんなー始めるよー♪」


『第1回・深夜の学園から脱出大作戦!打倒Mr.パンダ!!

   〜出入り口を見つけられるのは一体どこのどいつだ!?〜』


毒味のアイドルトーンの掛け声が学食に響く。

流石と言うべきか、唐突に発せられたコメディ番組の企画名のようなその声は、憂鬱で憂虞な僕たちの心を良くも悪くも少しだけ紛らわしてくれる。


ミカンの監禁作業はものの数分で終えられた。

まぁ都合の良さそうな部屋を見つけて、外から鍵を締めるだけだから、そこまで時間は必要としなかった。


「いつもの出入り口は閉まってたけど、毒味はきっとこの学園から脱出できる場所は他にもあると思うんだー」


「だから今からみんなでそれを探そーよ!えいえいおー♪」


そして再び学食に戻った僕たちは毒味の提案で、この学園から脱出する方法を手分けして探すことになった。


いつMr.パンダが新しい罠を仕掛けてくるかは分からない。

だから全員で手分けして、この学園から出ることができる他の出入り口を探す。なんなら窓や扉を叩き割ってでも…。


「クククッ…もし脱出ポイントを見つけたとして、何か褒美はあるのか?」


黒幕が意味有りげに笑う。

でも心配はないだろう。これは単純な彼の疑問。


「学園内を歩き回る…それ相応の危険が伴う作業だからな…クククッ」


黒幕の言う通り確かに脱出ポイント探しは危険を伴う作業だった。

でも今の僕たちには、何か行動を取る必要があるのもまた事実。

目の前の障害を一つずつ解決している、あるいは解決するために行動をしているという実感が今の僕たちには必要だった。


何もせずじっと待ち続ける…それは想像以上にストレスのかかること。

あと3時間30分もこの学食の中に籠もり、お互いを監視し合い、身を屈め、夜が明けるのを待つ…考えただけでも気が可笑しくなりそうだった。


それにゾンビ化している磯烏は1年HELL組の教室に、冥土は保健室に閉じ込めている。

ゾンビ化の恐れがあるミカンも今は資材室にいるため、現状は学園内の安全は確保できているはずだ。


「勿論だよ!脱出ポイントを見つけた人は、毒味から嬉しい嬉しいプレゼントがあるから楽しみにしててね♪」


「毒味殿からの贈物…いや、拙者は遠慮しておこうか…ゴホッ…ゴホッ…」


僕も萌杉と同意見だ。


そして各自散らばっての学園探索はこうして始まりを告げる。

30分後の1時30分に、再びこの学食に集合して成果を報告するという算段で…。



-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-

【同日 午前1時10分 / 資材室A前廊下】


資材室の鉄の扉。僕はその前で立ち尽くしていた。


今頃みんなは脱出できる方法がないか手分けして探索していることだろう。

でも僕は薄闇と静寂に包まれた廊下、分厚い扉の前、そこで一人何度も何度も頭の中でシュミレーションを重ねていた。

どんな顔をして、どんな言葉を伝えて、どんな動作をするのか。


でも何度頭の中でシュミレーションした所でどれも上手くいかない。

この扉の先で、ミカンは今一人ぼっちで監禁されている。

他でもない僕の提案によって。


そんな僕が彼女に何を言ってあげられるというのだろうか…。


「・・・」


僕の両手には学食から見つけてきた二つの菓子パン。

一つは僕と、そしてもう一つはミカンの分。


両手が塞がっているからこの扉を開けられないんだ…。

きっとそう、そうに決まっている。


「乙木ん、乙木ん、そんなところでどうしたの?」


後ろから不意に声をかけられ、驚いて振り向いてみると、そこには辺芸子がいた。

馬鹿みたいに菓子パンを両手に持って、扉の前に立ち尽くしている哀れで、惨めで、意気地なしの僕を見て、彼女は不思議に思ったのだろう。


「あっ!もしかしてもしかして…ローディング中!?」


「はぁ!?」


「部屋移動で入るの多いからねー、ローディング」


ローディングって、ゲームじゃあるまいし…。


「ローディングじゃ無いけど…いや、でもまぁ僕の心のローディング中という意味では当たっているというか…なんというか…」


「じゃあそんなローディング中の乙木んに、辺芸子がTIPS表示をしてあげよー!」


辺芸子は得意顔で僕の顔の前に人差し指を一本立てた。


「てぃ…てぃっぷす?」


「そう、ローディング中にはTIPSが表示されるというのがモットーだからね!」


「いや、その…TIPSってなに?」


「うーんとまぁ役に立つヒントみたいなものだよ!」


僕も全くゲームに触れないというわけではなかったが、彼女の専門用語には時々ついていけないことがある。


「そしてズバリ!今回のTIPSはね…」


ーーー乙木んは大丈夫。ミカンちゃんは乙木んに、いっぱいいっぱい感謝してるよーーー


辺芸子はそう言って優しく僕に微笑んだ。


普段はどこか宙に浮いたようにふわふわした不思議な女の子。

でも、たまに彼女は誰よりも核心を突いたことを言うことがある。


僕の姿を見て、一瞬で僕の胸の内を理解したのか、それともたまたまなのか。

辺芸子がどこまで気づいているかは分からない。

でも僕は少しだけ彼女に勇気を貰ったことだけは事実だった。


「そろそろローディング終わったんじゃない?」


「・・・」


100%ではない。でも、無理矢理にでも終わらせなくちゃいけないのかもしれない。


「では辺芸子は、出口を発見しレベルアップするため、再びダンジョン探索に赴いてまいります!!」


そう言って僕向かってビシッと敬礼ポーズを決める。

僕もそれが彼女なりの挨拶かと思い敬礼をし返すと、辺芸子は嬉しそうに子供みたいな無邪気な笑みを浮かべていた。


「乙木ん、ゲームだって最後に必要なのはステータスじゃないぞ」


「え…?」


「誰かを救いたいという強い気持ちなんだぞ!」


彼女はそんな言葉を言い残して、廊下の奥へと走り去っていく。

姫を救いに行かんとする勇者の如くその足取りは軽快で、廊下に残されたのはやっぱり僕一人。


「ステータスじゃない…」


僕のステータスをもし数値からしたら恐らく…いや確実に軒並み低いだろう。

自己嫌悪。

神様は平等なんかじゃない。


生まれた時、人は自分のステータスにポイントを好き自由に割り振ってるのかもしれない。でもその割り振れるポイントは人によって違う。

運動にも外見にも知能にも割り振れるほどの多くのポイントを持って生まれた人もいれば、運動にしか振れない人もいる。

人間は平等なんかじゃない。


でも、辺芸子の言う通りだ。

こうして扉の前で菓子パンを握りながら突っ立っていても、何も始まらない。

ローディング時間はもう終わっている…終わっているんだ。

だから僕は覚悟を決めるしかない。

扉を二回ノックする。


「だれ?」


資材室の中から声が聞こえた。

扉を通したその声は籠もったように聞こえ、感情はまだ読み取れない。


「僕だ…乙木だ」


「うん、入って大丈夫だよ」


少し間を開けて僕は鉄の扉の鍵をゆっくりと開ける。

資材室の扉は、廊下側のドアノブにサムターンと呼ばれるツマミが付いており、それを捻ることで施錠と解錠を行うことが出来た。

むしろ室内側にはサムターンは付いていないという不思議な構造の部屋だった。


「お邪魔します…」


僕は資材室の中へと足を踏みいれる。

か細い蛍光灯が照らす三畳分程度の狭く薄暗い部屋。

両壁側に設置された、天井まである高さの棚がこの部屋をより狭く圧迫する。

長年使われていなかったのか、いたるところが汚れていて、部屋全体も埃っぽい。


そんな部屋で…ミカンは壁を背にして静かに座っていた。

ガラクタに囲まれながら、埃が引かれたままの床の上に座っていた。

静かに、孤独に、監禁されていた…。


「・・・」


何も言えやしない。

これが友達に、親友にすることなのか…。

何も考えずに、一時の勇気に身を任せ、のこのこやってきた自分自身に絶望した。


「乙木…」


座っていた彼女は僕のことをゆっくりと見上げる。

目が合う。


ーーーありがとーーー


ミカンは小さな声でそう言った。

その目は嘘はついていなかった。

長い付き合いだから目を見れば嫌でも分かる。

目を見れば、考えていることなど嫌でも分かる。

ミカンは、僕のことを怒ってはいなかった。

むしろ、彼女は僕に…僕なんかに本当に感謝をしてくれていた。


「ミカン…ごめん、本当にごめん」


僕は床の上に崩れ落ちるように座り込む。


「僕には思いつけなかった…こんな方法しか…」


ミカンはそんな僕を受け入れてくれるように、「うんうん」と首を小さく横に振った。

そして菓子パンを握る僕の両腕を優しく握りしめてくれた。

その手は小さく、そして温かかくて…。


彼女の右腕に巻かれた包帯が目に入る。


「その腕…大丈夫か?」


僕の質問にミカンは何も言わずに首を縦に振る。


「そうか…良かった、ほんとに良かったよ」


「あ!腹減ったよな…そうだ、ご飯持ってきたんだ」


「学食漁ってみたんだけど、こんなもんしかなくて…」


持っていた菓子パンの一つをミカンに渡そうとする。

それは彼女が好きな”粒あんマーガリン味のコッペパン”。


でも、彼女はコッペンに目を向けることなく、僕のことをじっと見つめていた。

その目には彼女が今まで見せたことのないほどの不安が広がっていた。

彼女の心が目を通して僕に伝わってくる。染み込んでくる。


「ねぇ乙木…」


「私もやっぱりああなっちゃうのかな…?」


普段絶対に涙を流さないミカンが、その代わりに言葉を零していく。


「磯烏や冥土みたいに…」


感情を表に出さないミカン、でも僕には分かる。

その目を見れば彼女が不安に怯えていることなんて僕には痛いほど伝わってくる。


そうだ。ミカンはずっとこの部屋の中で、誰にも相談できず、一人っきりでそんな恐怖と戦っていたのだ。

自分の自我が無くなっていくんじゃないかという逃れられない恐怖と…。


彼女は強かった。このクラスで一番強い。間違いなく最強だ。

でも、目に見えない不安に怯えるのは誰でも同じだった…。


「ならないよ…」


僕は呟いた。どうして気づいてあげられなかったのかという後悔。

悔しくて悔しくて堪らなかった。


「いや、本当言えば分からない…。もしかしたら、なっちゃうもしれない…」


「でももしミカンが…ミカンが仮にああなっても何とかする…」


「僕が何とかする。だから、大丈夫」


僕はミカンの目をしっかりと見つめる。

彼女の目からは少しだけ不安の色が消えていように見えた。

僕とミカンは静かに見つめ合っていた。

どうしてか分からないけど、その目を離すことができなかった。


「・・・」


まるで時間が止まっているかのような感覚。

狭い部屋中、僕たちは二人だけの時間の中。

この世界に、僕と彼女以外の人間が誰もいなくなってしまったような奇妙な感覚。


Mr.パンダだとか、ゾンビだとか、国王選挙だとか、今はもうそんなことどうだっていい、そんな気さえしてきてしまう。

何故なら、彼女の目の中に映っていたのはーーー。


「コ、コッペパン…」


ミカンがふと我に返ったように僕の腕から手を離し、そしてコッペパンを受け取った。


「粒あんマーガリン味…ありがと」


そして、直ぐにそれに齧り付く。

僕もそれに習って自分の分を開封した。


気の所為だったのだろうか。

彼女の目に見えたもの…そして、僕の中にあったものは…。


僕たちは部屋の中で肩を寄せ合って、無言で食べ続ける。

コッペパンはすっかり乾燥していたけど、いつもより少しだけ甘い気がした。


「これ…貸すよ」


僕たちが丁度コッペパンを食べ終えた頃。

僕はポケットからあるものを取り出して、それをミカンへと差し出した。


それは僕がいつも通学中に音楽を聴くために使用しているイヤホン。

『LIAR製 ワイヤレスイヤホン KILLER-444-NC』。

"外部の音を殺す”をコンセプトに、同社独自のノイズキャンセリング機能を搭載。

コードの無いワイヤレスイヤホンとしては他社の製品とは比べられないほどの『クリアな高音質』と『音の広がり』、そしてノイズキャンセリング機能による『外部の音の完璧な遮断』を実現している。


「お前イヤホン持ってなかったよな?」


「うん」


「こんな場所に一人は。流石に退屈だろうし、よかったら貸すよ」


いくらミカンと言えど、スマホに音楽は何曲かは入っているだろう。

ミカンは僕の手からワイヤレスイヤホンを静かに受け取った。

そして、そのイヤホンを大事そうに両手で握りしめる。


「ねぇ、乙木…」


暫くして、彼女が小さな声で呟いた。


「ん?」


僕は今さっき気がついた左手についたジャムマーガリンの拭き場所に困りながら返事をする。

ミカンの制服で拭いたら流石に殴られるだろうか…。


「私ね…今までずっと乙木に隠してたことがあるの…」


「え…隠してたこと?」


なんのことだろうか。

ミカンの様子を確かめる。

彼女は僕が渡したイヤホンを握りしめる手をじっと見つめていた。


「うーんもしかしてあれか、お前が本当はMr.パンダだとか?」


何となくだけど、重たい空気が漂っていた。

少しだけでも和ませられないかと、試しに冗談を言ってみる。


いつものミカンなら真顔で「違う」なんて一言で、僕の冗談にも真面目に答えるはずだった。

そんなやり取りが妙に心地が良くて僕は昔から好きだった。

でもミカンは何も答えない。


彼女が気休めの冗談なんて求めていないことは明白だった。

ジャムマーガリンは…もういいや。

僕は自分の制服でそれを拭き取った

制服の裾に赤いジャムの汚れがこびり付く。


「本当はもっと早くに…出会った時に言えばよかった」


零れていく音。


「でもずっと言えなかった…」


それは決して泣くことのない彼女の涙。

ミカンが隠し事なんて初めてのことだった。

彼女が今まで僕や櫂に嘘をついたり、隠し事をしたりすることは一度たりとも無かったと記憶している。


「僕らの仲だ、今更そんな隠しごとなんて必要ないだろ?」


「でも、これを言ったら…二人とも…乙木も櫂も…私のことを軽蔑するから」


「軽蔑?何言ってーーー」


ミカンの顔を見て、僕は言葉を止める。

ミカンは今まで見せたことが無いほど真剣で、そして苦しそうな表情を浮かべていた。

顔色ですら感情を滅多に表せない彼女からすれば、これは今までに無いこと。

その隠し事というのは、もしかしたら彼女にとって相当なものなのかもしれない。


「騙すつもりなんて無かった。だけど二人だけには嫌われたくなかった」


「でもさっき分かった。ちゃんと言わないとって…」


さっき…?


「さっきって、どういうことだ?」


「私の中に感情がーーー」


そこまで言いかけてミカンは口を閉じた。

そしてゆっくりと僕を見る。


「乙木、実はねーーー」


その時だった。


『ダンッ!ダンッ!』


部屋の扉が二回鈍い音を立て、狭い空間の中に響かせる。

直後、返事もしていないのに扉は開けられる。

そこには萌杉が扉にもたれ掛かるように立っていた。


「萌杉、急にどうしたんーーー」


「…!!」


だが、彼の様子は可笑しかった。

額には大量の汗が滲み、その顔は蒼白だった。

まるであの時の磯烏のように…。



-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-

【同日 午前1時24分 / 資材室A】


「萌杉!一体どうしたんだッ!?」


僕が駆け寄ると、萌杉は僕の方へと蹌踉《よろ》めき、そのまま僕たちは床の上に倒れこんだ。


「おい!大丈夫かッ!!」


扉は開いたままだったけどそれどころではない。

少し肌に触れただけで分かるぐらいに、萌杉の体は異常なまでの熱を帯びている。


「ゴホッ…ゴホッ…二人とも突然にかたじけない…」


「何があったの?」


ミカンがそう聞くと萌杉は無言で自分の羽織のような制服の左側の袖をゆっくりと捲り上げた。


「…!!」


「お前それって…」


萌杉の左腕には大きな歯型が残されていた。

血が滲み、そこを中心とするように浮かび上がった青い血管が、まるで蛇のように彼の腕一面を覆っている。


「これは…冥土に噛まれたものだ…ゴホッ…ゴホッ」


そういえば保健室のあの騒動のとき、萌杉の様子に少しの違和感を感じていた。自分の左腕を心配そうに眺める彼の目…恐らくこのことだったのだろう。


「情けない話だ…ゴホッ…ゴホッ。拙者は隠していたのだ…」


「物の怪と疑われるのが嫌でな…だが、自分でも分かる…拙者にはもう時間が無い」


時間が無いって…。


「ゴホッ…ゴホッ…拙者も冥土殿たちと同じように、もう間もなく自我を失い、暴れ出すだろう」


「でも、なんで僕たちにそれを…」


「このクラスで信じられるのは…乙木殿、そしてミカン殿、お主たち二人だけだ…ゴホッ…ゴホッ」


萌杉はそう言って、僕へと視線を向ける。


「二日前の出来事を通して…拙者はそう確信した…ゴホッ…ゴホッ」


僕を見る彼の瞳は、瞳孔が異常なまでに大きく見開かれていた。


「だから、ああなってしまう前に…ゴホッ…ゴホッ。拙者が知っていることを誰かに伝えないといけないと思ってな…ゴホッ…ゴホッ」


「知っていること?」


「ゴホッ…ゴホッ…あぁ、拙者も何のことか分からなかったからすっかり忘れていたんだが…」


萌杉はそう言って、荒くなった息を時折整えながら、その情報について苦しそうに話し始めた。


=================================

【独白・桜薔薇親衛隊長”萌杉謙信”冒険奇譚】


そう、あれは小石照ルカ殿が自害した前の日のことだから、10日前のことだ。

拙者は桜薔薇親衛隊長として、その日の放課後も桜薔薇嬢の護衛を努めていた。


(いや、護衛って…一体何をしてるんだ…)


護衛は護衛だ。桜薔薇嬢に怪しい輩が近づかないように影から見守る、それが護衛というものだろ。


(いやいや、待って、それってストーカーじゃなーーー)


否、護衛だ!

そのストーカーと呼ばれる怪しい輩を成敗するのが、拙者の役目。


(えーと…うーん…ちなみに、桜薔薇は影から萌杉に見張られていること知ってるの?)


いや知らぬ。


(やっぱストーーー)


護衛だ!


(分かったよ…もう話を続けてくれ…)


そして、拙者は盗み聞くつもりなど毛頭無かったのだが、”護衛”の任の故、仕方なく…仕方なくだ、桜薔薇嬢の電話内容を聴いてしまった。


(もうツッコんでいてもしょうがないから、スルーする)


結論から先に言えば、桜薔薇嬢の電話相手は不明だ。

ありとあらゆる情報機関を駆使したのだが、相手の特定は出来なかった。


(もうストーカーってホント恐ろしいよ…)


しかし、内容が今考えると奇妙奇天烈だったのだ。

聞き慣れない単語が多く、拙者には理解できずに、あまり覚えてはいないのだ、桜薔薇嬢は確かこんなことを口にしていた…。

拙者が覚えているのは3つだ。


1つ目は『"超人類化計画"を知っているとか、いないとか』


(超人類化計画?初めて聞く言葉だった)


そして、2つ目は『明日、ルカが自殺する』


(…えっ!?)


(ルカの自殺原因は不明。誰も知らないはずだった)


(でも、桜薔薇はルカが自殺することを知っていた…いや、考えたくもないけれど、桜薔薇がルカの自殺に何か関係していたとも考えられる…)


最後は話しの内容ではないのだが、桜薔薇嬢は電話の相手をこう呼んでいた。『K』と。


=================================

「乙木…」


ミカンが萌杉の最後の言葉を聞いて何かを思い出したかのように、僕の体を軽く突っついた。


僕も気づいている。

櫂の最後の言葉。

『裏切り者がいる、イニシャルはKだ、気をつけろ』

これはただの偶然なのか、それともーーー。


ふと扉と壁しか無いはずの後ろから鋭い殺気のようなものを感じた。

思わず振り返ってみると、そこには二つの黒い点が浮かんでいた。


「…!!」


謎の浮遊物。驚いて声を思わず声を上げそうになるが、それは、開けたままの僅かな扉の隙間からこちらを覗く二つの眼球だった。


人間の眼。正体が分かったところでどちらにしても恐ろしい。

薄暗い廊下にまるで白い顔が不気味に浮かび、刺すような色の無い二つの目が、じっとこちらを凝視している。


「…毒味?」


それが『女苺 毒見』のものであると気がつくのには、少し時間が必要だった。

廊下が暗く見えづらいのもがあったが、その顔は普段のにこやかな彼女ものとは思えないほど、こちらを敵意を持って監視するような冷たく表情の無いものだったからだ。


「なんだと…ゴホッ…ゴホッ」


萌杉とミカンも気がつく。

だが、毒味は僕たちの視線を察したのか、すぐに顔を引っ込めた。

そして、それと同時に扉の奥から走り逃げていくような足跡が僅かに響いてくる。


「ゴホッ…ゴホッ…毒味殿、何か知っているような様子であったな…」


恐らく今までの僕たちの会話を彼女は盗み聞きしていたのだろう。

そして、あの様子から考えるに萌杉が話していたことについて、毒味が何か知っている可能性は高かった。


「ちょっと僕、見てくるよ!」


僕は急いで資材室から出る。辺りに毒味がいないか廊下を見回してみる。

しかし、毒味の姿はもうそこには無かった。

その代わり近くには、キヨスクが不安そうに背負ったリュックのベルトを握りしめながら、周りをキョロキョロと見回していた。


「キヨスクッ!」


僕が声を掛けると、キヨスクは一瞬驚いたように肩をビクッとさせた。

でも直ぐに僕だと気がついて安堵の表情を見せると、キヨスクはおろおろと重たそうなリュックに振られながら僕の元へと駆け寄ってきた。


「お…乙木君…ど、どうしたの……」


「毒味を見なかったか?」


「あ、毒味ちゃんなら…さっき…あっち、あっちの方に走っていくの見たよ…」


キヨスクは廊下の奥を指差した。確かあっちは”理科室"がある方向だ。


「な…何があったの…?」


「いや、僕にもよく分からないんだけど…」


なんて説明すればいいのか分からずに僕は言葉を濁した。


「あ…でも…毒味ちゃんを探しているなら…」


「もう集合時間の…1時30分だから…学食に…戻ってくるんじゃないかな…たぶんだけど…」


もうそんなに時間が経っていたのか…。

スマホの時計を確認すると、時刻は1時28分。

集合時間まであと2分だった。


幸か不幸か、今の所この学園から出る術はない。

毒味に何か知っていることはないか尋ねるのは、学食に集まったときでも問題はなかった。


「そうだな」


そして僕は一度、ミカンと萌杉がいる資材室Aへと戻ることにする。

キヨスクも一人で夜の学園を歩くのは怖いということで、僕に付いてくる。


「も、萌杉君…ッ!?」


資材室Aへと戻りなり、萌杉の様子を見てキヨスクが驚いたように声を上げた。

僕は簡単にキヨスクに事情を説明する。


萌杉が、保健室で冥土に噛まれたのを隠していたことは誰にも責めることは出来なかった。

多数の為に簡単に少数を切り捨てようとしていた、あんな状況だ。

僕だってもし噛まれてしまったら彼と同じように隠してしまうかもしれない…。


「ゴホッ…ゴホッ…」


萌杉の様態は、彼が資材室Aに訪れた時よりも酷くなっていた。

汗は全身から滲み、目は充血し真っ赤になっていた。

見開かれた瞳孔も濃い黄色へと変色し始めている。


キヨスクは心配そうに萌杉の看病をしたいと申し出るが、それを断ったのは萌杉自身だった。

そして、自からミカンと同じように、自分を隣にある『資材室B』に監禁してくれてと頼んできた。


またクラスメイトを監禁することに…。

でも僕はそれを引き受けることしか出来なかった。

むしろその方が彼の為であり、みんなの為である…そう思わせるほど、彼の状態は限界に近かった。


「かたじけない…」


僕とキヨスクで協力し、萌杉を『資材室B』へと運ぶ。


「乙木殿…お主がみんなを救ってくれ…ゴホッ…ゴホッ」


意識は朦朧とし、視界も定まらない萌杉は最後に僕にそう言い残した。

僕に何が出来るかなんて分からない。

一体この学園で何が起きているのかすら分からない。

自信なんて無かった。希望なんて何処にも無かった。

でも、もしかしたら次に合う時、萌杉はーーー。


「あぁ、何とかするよ」


僕は例え気休めでもそうするべきだと確信して、頷き、外側から扉の鍵を締めた。

そして、資材室A。


「ミカン、ほんとにいいのか…?」


僕はもう一度ミカンに確認する。

ミカンは首を縦に振る。


強がってくれているのか、それとも僕の言葉を信じてくれているのか、その顔にはさっきまで不安は消えていた。


「萌杉を見て分かった。あれは本当にゾンビなんだって」


「噛まれたら、噛まれた人もああなるって」


ミカンは包帯が巻かれた自分の腕を見る。


「みんなのことも、乙木のことも襲いたくない」


「それに、もしゾンビになっても、乙木がなんとかしてくれるって信じてるから」


ミカンはいつも僕のことを本気で信じてくれていた。

クラス全員に桜薔薇を殺したと疑われていたときも、ミカンだけは何の根拠も無いのに僕の無実を信じてくれていた。


今だって何の根拠も無いのに、僕のことを信じてくれている。

力も取り柄も何も無い僕のことを…。


僕は何があってもミカンとの約束を守るーーー。


「あぁ」


ゆっくりと扉を締めて外から鍵を施錠した。

時間は1時33分。3分遅刻してしまっている。

僕とキヨスクは急いで学食へと向かった。


『…ゴホッ…ゴホッ』


でも僕は気づいていなかった。

扉を締めたとき、ミカンが小さく二回咳き込んでいたことに…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。