#2「感染は少女から」
【6月13日(金) 午前0時15分 / 学食】
僕たちは学食内にいた。
時刻は日付が変わり13日の金曜日。
王輝明学園1階にある学食は100人以上の生徒を同時に収容できるほどの大きさで、長机や椅子がずらりと並べられている。
飲食スペースの奥にはカウンターを挟み、調理場を覗くことができ、カウンターにはこの学食が誇るメニューの札が横一列に堂々たる面構えで並んでいる。
人気おかずが一口サイズで詰め込まれた定番『王輝明定食 ¥444』
ご飯を卵で包み、その上に地獄のような真っ赤な激辛ソースをかけた、通好み『ヘルライス ¥564』
驚異の0カロリーという数字を叩き出したランチ界の風雲児、ダイエット中の女子生徒に嬉しい『カロリーキラー ¥459』
給食が無い日のお昼時は、いつも満席になるほど活気が溢れている学食。
だが、今は薄暗い闇と、張り裂けそうなほどの静けさに包まれている。
「出入り口は全て封鎖されておりました」
僕たちは突然暴れだした磯烏を教室に残したまま、この学食へと避難してきた。
もちろん、こんな学園に残っている理由はもう無い。
逃げてくる途中で、学園の出入り口を確認したが、その扉は二晩の言っていたとおり固く施錠されていた。
分厚い防壁が降ろされ、恐らく4時30分まで開くことはないだろう。
「つまりわたくしたちは、この学園にあと4時間と15分はいなければならないようですね」
クビキリ−ナが導き出した簡単な計算が改めて僕たちに重くのしかかる。
あと4時間もこんな場所で何をしてればいいんだ…。
そして、ここまでやってくるときにもう一つ気がついたことがあった。
いつのまにか、この校舎内の至る所に大量のボンベが設置されていた。
縦120cmほどの大きさのボンベ。
それは例えば廊下に、それは例えばトイレに、それは例えば空き教室に。
一定の間隔を開けるように置かれたそれは、今日の夕方ぐらいまで置かれてはいなかったはずだ。
つまり、誰かが放課後から、この特別深夜授業が始まるまでの間に設置していたということになる。
それに毒味が言っていた”ゾンビ”という言葉。
僕も聞いたことがある。昔何かの映画で見た。
でもそんなこと現実で起こるはずがーーー。
「ねぇ、乙木ちゃん、乙木ちゃん」
僕が学食の椅子に座り、そんなことを考えていると、血夜来が小声で話しかけてきた。
彼女(?)は僕の耳に息を吹きかけるようにそっと囁いてくる。
「ワタシ感じだわよ。あなたからビンビン感じたわよー」
「え…か、感じた?感じたって何を…」
「何をって決まってるじゃなーい!それは、”愛"よ!」
「あ、あい!?」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
1年HELL組 女子(?) 出席番号18番 16歳
『血夜来 恋依恋』
彼女は女なのか、男なのか、このクラスではしばし議論になることがある。
茶髪のロングヘアー、化粧の濃い顔、そして、その化粧の下にうっすらと見える青い髭。
結論を言えば、血夜来は肉体的には男である。
それはトイレで目撃したことがあるから、間違いはない。
でも、そんなことは彼女にとって些細なことでしかないのかもしれない。
何故なら、彼女は女なのだから。心はこのクラスの誰よりも乙女なのだから…。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「ピュアで、輝いていて、でも荒々しい…そんな思春期の男の愛!ビンビン感じちゃったわよー」
血夜来は僕に顔を急接近させる。
ラベンダーの香りが鼻をつき、化粧の下に隠れきれていない青い髭が目についた。
「えっと…それは…?」
「もーう、しらばっくれちゃってー!ワタシ聞いたわよ」
『ミカンから離れろっ!!』
「乙木ちゃんにしては…カッコよかったわよ」
血夜来は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
ようやく彼女の言おうとしていることが理解できた。
でも、僕はすぐにそれを否定する。
「いや、あいつはただの友達っていうか…親友だから助けただけで…」
「乙木ちゃん、一つだけ言っておくわ。"この世は愛かそれ以外か"よ」
そして、血夜来は僕にウィンクをする。
いやいや…だから…。
「ミカンちゃんの所行かなくていいの?」
「行くも何も、冥土もいるし、あいつにはあんな怪我、どうってことないと思うし」
冥土を庇い磯烏に腕を噛まれたミカンは、その怪我の手当てをするため、冥土の付添で学食に向かわずに保健室に寄っていた。
それとエドガーと萌杉も一緒に保健室に寄っている。
教室から逃げ出すときに、エドガーが足を捻ってしまい、萌杉が肩を貸したという流れだ。
つまり今この学食には、その4人と磯烏を除く、残り13人のクラスメイトたちが集まっている。
「確かにミカンちゃんは強い。このクラスの中で一番丈夫な体をを持っているかもしれないわ」
「でもね」と血夜来は言葉を続ける。
「心はまだ、か弱き乙女なのよーーー」
その時だった。
静かな学食に大声が突然響く。
ーーーた、助けてくれてッ!!ーーー
あまりの突然の声に全員の視線が一斉にそこへと向かう。
学食の出入り口、そこにエドガーが立っていた。
彼は捻った足を引きずりながらなんとか走ってきたのか、息を荒げ、そして、その顔は恐怖に支配されていた。
「あ、あいつも…あいつも保健室で急に暴れだしんだッ!!」
「今、萌杉たちが何とか抑えてるッ!!誰か手を貸してくれッ!!」
エドガーの言葉。疑問。
でもすぐに行動を起こさなければならないことは、彼の様子から一目瞭然であった。
何が起きたのかエドガーに問いただしている暇は無い。
学食にいた全員が急いで保健室へと向かい始める。
僕と血夜来も迷わずその後に続いた。
ゾンビ…パンデミック…感染…噛まれたミカンの腕。
僕の脳裏に最悪の展開が過る中、僕は無我夢中で保健室へと走り続けた。
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【同日 午前0時24分 / 保健室前廊下】
「大丈夫かッ!?」
僕たちは保健室前へと到着する。
そして、保健室の扉の前にいる二人の姿を見て、僕は罪深くも少しだけ安心してしまう。
保健室の扉を抑えていた二人は、萌杉と…"ミカン"だった。
保健室の扉は教室の扉とは違い木製の横開きの物。
萌杉とミカンはその扉が内側から開かれないように…というよりも力づくで押し倒されないように、なんとか体全体を使い抑え込んでいた。
『ガンッ!!ガンッガンッガンッガンッ!!』
内側から異常な力で扉は何度も叩きつけられており、時折、中から獣にも似た唸り声が聞こえてくる。
『あ”あ”ぁ”ぁ”あ"あああああ!!』
まるで保健室という檻に巨大な熊でも閉じ込めているんじゃないかと勘違いするような光景。
「な、なにがあったんだ!?」
僕が聞くと息を荒げながら萌杉が答えた。
「冥土殿がいきなり暴れだしんだッ!!」
「早くッ!何か扉を抑えるものを持ってきてはくれないかッ!!」
ミカンと萌杉の力を持ってしても、扉は今にも押し倒されそうであった。
あれをあの冥土がやっている…到底信じられる話ではなかった。
でも、今そんなことを余裕なんて無い。
「分かった!!」
僕たちは急いで、近くの空き教室からつっかえに成り得そうな金属棒と、扉を押さえられそうな机を用意する。
「金・城・鉄・壁!!皆の物、扉を封鎖するのだぁあああ!!」
僕に続いて動いたのは鬼瓦。
「こいつはかなりクレイジーだな!!デスられる前にやっちまおうぜぇええ!!きゃははははは!!」
デス子もこの状況を楽しんでいるように声を上げる。
「30秒だ。それで完全に封鎖できる」
そして図我。
「わ…わたしも…わたしも…手伝います…」
キヨスクも手を上げてくれる。
結局、僕、鬼瓦、血夜来、辺芸子、デス子、マーガリート、図我、キヨスクの8人で扉を封鎖の作業は始まった。
金属棒を扉につっかえさせ、キヨスクはいつも背負っているリュックから鎖とボルトを取り出した。
なんでそんな物まで。まるで異次元だ…。
そして、その鎖とボルトを受け取った図我が、他のメンバーが扉の前に積み重ねた机に20秒足らずで扉と一緒に頑丈に固定する。
保健室の中からは、未だに扉を叩きつける音と、唸り声が聞こえてくるが、この様子なら突破されることはないだろう。
「てか、めっちゃ机盛れてんじゃーん!超ウケるんですけどー!」
一方で隠不流は保健室の前に山のように盛られた机を背景に、自撮りをしながら早速『キルスタグラム』に投稿していた。
『#深夜の学園サバイバル生活、#クラスメイト突然変異、#マジピンチ、#学生運動かよ笑』
こんな時でもハッシュタグの設定は忘れない。流石は44万フォロワーの拡散者…。
「やった!秒速で1万『イイネ』ゲットなんですけどー!」
隠不流は嬉しそうにガッツポーズを決めていた。
でも、僕たちはそれどころでは無くて、安堵の溜息が一気に廊下に響く。
「はぁー…」
一度はインターネットの世界で有名になることを夢見たことはあった。
拡散者、動画配信者…子供のなりたい職業ランキングでは「国王」に次いで常に2位。
そこらへんのミーハー感は僕だって待ち合わせている。
でも隠不流のことを見ると、僕には到底無理だと改めて思い知らされる。
こんな状況でも拡散を優先して動くことなんて僕には…。
「目指せ最高記録『400万イイネ』イケイケー!」
隠不流は保健室のことなんて気に止めることもなく自分のスマホに向かって声援を送っている。これはこれで彼女の才能であった。
僕はミカンと萌杉の様子を確認した。
相当な怪力だったらしく、彼女たちはかなり疲弊していたが、二人の様子は特に問題なく見える。
ミカンの腕には、冥土が手当てしてくれたのか、包帯が丁寧に巻かれていた。
「ミカン、大丈夫か?」
「うん、問題ない」
ミカンは少し乱れた息を整えながらそう答えた。
腕の具合もそこまで大事では無かったらしい。
「萌杉、お前も大丈夫か?」
「あぁ、助太刀感謝する。あと少しで危いところだった…」
萌杉も問題ないらしい。僕はとりあえずは一安心する。
でも、気のせいだろうか。
彼がそう言いながらも、一瞬不安そうな目で自分の左腕を見た気がしたのはーーー。
「しかしだ。この部屋にいるのが本当に冥土だとは俄には信じ難い話だな…」
未だ内側から叩き続けられている保健室の扉を不思議そうに眺めながら鬼瓦が呟く。
「ミカン殿の治療中にいきなり凶暴化し、拙者達に襲いかかってきたのだ」
それは、磯烏の時と同じだった。
「でも、あのひ弱な冥土とは思えぬ怪力だったぞ…」
すると血夜来が思い出したように、声を上げる。
「そういえば毒味ちゃん、さっきあなた言ってたわよね。あれは”ゾンビ”だって」
「ゾンビって一体なんなの?」
「ま、まさか…愛に狂った乙女の成れの果て!?」
いや…。
「乙女の成れの果てでは無いんじゃないかな。磯烏もああなっちゃてるわけだし」
僕は冷静に否定する。
「何も分かっていないわね乙木ちゃん。恋するものは男も女も、みんな乙女のようなもなのよ」
「いや、あの…えーと」
僕が返答に困っていると、助け船を出すように毒味がようやく答えてくれた。
「毒味ねー知っているんだー」
「あれはゾンビだよー」
でも、それは助け舟どころではなく、僕を深い絶望へと突き落とす沈没船だった。
彼女は優しい笑顔で言い放つ。僕が一番聞きたくない言葉を。
「ゾンビに噛まれると…」
ーーーゾンビになっちゃうんだ"♪ーーー
その言葉に、ここにいるみんなの視線がゆっくりとミカンへと向かっていく。
磯烏に噛まれたミカンの腕へと…。




