#0「始まりは死者の歩みから」
【6月12日(木) 午後23時33分 王輝明学園 / 1年HELL組教室】
「えー、本日は"特別深夜授業"ということで、1年HELL組の生徒諸君の皆々様におきましては、こうして深夜の学園にお集まりいただいたということで」
「あー、本来、国王選挙期間中は授業等一切の中止ではあるのですがーーー」
あの事件から二日後。
深夜23時半の教頭「二晩 煎寺」の喋りほど強烈なものは無かった。
呪文のような彼の言葉は、睡魔という悪魔を呼び出し、そいつは手を休めることなく僕たちに執拗に襲いかかる。
「えー、今からこの国の歴史と、この学園の歴史、そして国王になることが如何に素晴らしいことかのビデオを観ていただきます」
「あー、本学園は夜の22時から、朝の4時30分までは全ての出入り口が施錠されていますので」
「えー、皆々様はこの学園から朝まで出ることも出来ず、大人しくビデオを観ていただければ幸いです」
教室の窓から覗く空は、夜色に染まり漆黒。
半分に欠けた月が不気味に校庭を青白く濡らす。
1年HELL組で突如行われることになった特別深夜授業。
そんな馬鹿げた企画の提案者は未だ不明。
どうやらこのクラスの誰からしいが、見つけ出したらただではおかない…それがこのクラスの総意だった。
「あー、ではビデオを始めます。くれぐれも眠らないようお願いいたします」
他の1年HELL組の生徒たちも全員、今は大人しく席についてはいるが、隠す気もないあくびを漏らし、そして爆睡への臨戦態勢を取り始めている。
それは僕は然りで、二晩の話なんて僕の耳を通り過ぎ、残るは「あー」と「えー」の唸り声だけであった。
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『この国と共に歴史を歩んだ王輝明学園
そしてその栄光 ー 第1章・国王選挙 ー』
監修:国王
脚本:国王
制作:王輝明学園
制作協力:この国
終生
「なんたる幸福だろうか…」
「国王なんて、僕にはずっと関係ない」
「そう思っていた」
「だけどーーー」
危命
「どうしたんだ終生ちゃーん」
「朝からそんな希望めいた顔しちゃってー」
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チープなBGM、チープな演技、チープな映像が教室のディスプレイに映し出される。
物語としては、王輝明学園1年の主人公「終生」が、親友の「危命」と一緒に国王を目指していった何の捻りもないシンプルなストーリー。
だけど、偶然だけは思うけど、二人はどことなく似ている気がした。
終生は僕に、そして、危命は櫂に…。
二人の通うクラス1年NULL組の生徒数は全21人。
終生と危命は、国王を目指し、同じクラスの生徒たちを一人ずつ残虐無道な方法で次々に殺していく。
そして物語の最後、終生は親友の危命を殺すことになる。
親友を殺しても終生に後悔はなかった。むしろ、彼は希望に満ちあふれていた。
これから国王になれるという希望に…完。
なんてことない話だった。
第1章の長さはおよそ25分程度。
というか…結局最後まで観てしまった。
これが、こういうチープな映像に潜む恐ろしい魔力というものなのか…。
「ふぁーあ」
時刻は丁度午前0時。自然と退屈な欠伸が溢れ出す。
モニターでは第2章「王輝明学園の歴史」がそろそろ始まろうとしていたが、僕の瞼は重力に逆らうことができず、次第に落ちていく。
ーーーあ”あ”ぁあーーー
眠すぎて聞こえた幻聴か、はたまた現実か、微かに唸り声に似た音が何処かから聞こえた気がする。
聞き覚えのないその声に、妙な違和感を覚え、寝ぼけた頭で辺りを見回してみる。
教室の中に特に異変は無いように見えた。
どうせ二晩の寝息じゃないかと思い、彼の方を見るが、二晩は教室の後ろで椅子に座り、真面目にビデオを鑑賞している。
僕の聞き間違えだったのだろうか…。
『あ”あ”ぁ”ぁ”あ"あッ!!』
まただ。しかも、今度は聞き間違いでは無くすぐ横から。
それは人間の声。でもそれにしてはあまりにも低く、歪んだ不気味気な音。
音の出処はすぐに分かった。
さっきまで静かにビデオを鑑賞していた磯烏 亜音が立ち上がり、唸り声を上げ続けている。
『あ”ぁ”ぁ”あ”あッ…』
磯烏は両手を前に突き出し、よろよろと教室の後ろの方へと歩いていく。
その腕は力が抜けているのか、だらっと両手は床へと垂れ下がり、足を引きずるように歩く様はまるで幽霊のようだった。
「えー、磯烏亜音君、まだビデオは終わっていないですよ。大人しく席に座っていなさい」
そんな磯烏に気がついたニ晩が彼に注意する。
だが、磯烏は唸り声を上げ、ニ晩の方へとゆっくり、ゆっくりと向かっていく。
「磯烏さん、どうしちゃったんだろ…ゴホッ、ゴホッ」
冥土が磯烏の背中を眺めながら心配そうにそう言った。
マスクを付け、苦しそうに咳をしているところから、あまり調子は良くないらしい。
「退屈すぎて頭いかれちゃったんじゃなーい」
デス子が大口を開け欠伸漏らしながら、どうでもよさそうに答える。
「えー、磯烏君」
「あー、君…おいッ!」
それでも磯烏は足を止めることは無かった。
そして、二晩の様子も少しずつ変わっていく。
「えー、それ以上近づくな!今すぐ席につきたまえッ!」
「あー、言うとおりにしなさい!今すぐ席に着くんんだッ!」
普段は感情が抜け落ちたように淡々と言葉を発する二晩だったが、今の彼は感情に支配されたように声を荒げていた。
僕の方からでは磯烏のことは背中しか見えないが、まるで磯烏のことを見て恐怖で体を硬直させているかのようだった。
「えー、おい!それ以上来るな!こっちに来るんじゃないッ!!」
そして、ニ晩は胸ポケットから何か黒いものを取り出した。
それはよく見ると拳銃『M360J』。
昔この国にいた"ケイサツ"という組織が所持していたと言われている回転式拳銃。装弾数は5発。
ポケットにすっぽりと収まるほどの小型のサイズから察せられるように、一般的な拳銃と比べてもその威力は劣る。
とは言ったところで、いくらなんでも席に着かないぐらいでそこまでしなくても…。
だが、ニ晩は恐怖に支配されたような表情で、磯烏の額へとその銃口を向ける。
『あ”あ”ぁ”ぁ”あ"あッ!!』
しかし、二晩がその引き金を引くよりも先に、磯烏が彼の体へと組み付いた。
二晩はなんとかして磯烏のことを振り払おうと体全体を使って踠こうとするが、磯烏の力は相当なものなのかそれは出来なかった。
「…ッ!!」
そして、磯烏は二晩の首に躊躇することなく噛み付いた。
「あーぁああ”あ”あ”あ”あ”!!」
ニ晩の絶叫が教室の中に響き渡る。
磯烏は何度も何度も何度も何度も、ニ晩の体へと喰らいつく。
その度に、ニ晩の悲鳴が夜の校舎を切り裂いた。
「えーぇええ”え”え”え””え”!!」
絶叫。唸り声。畳の床に飛び散る鮮血。
僕たちはただその場でその光景を見ていることしか出来なかった。
ニ晩の手からM360Jが滑り落ちる。
二晩の足は力を失い、その場に崩れ落ちる。
二晩の口からはもう何も聞こえない。
教室に残った音は肉を食う音、骨を砕く音、ただそれだけだった。
「ゴホッ、ゴホッ…え、えっとー…磯烏さん…あのー…」
床に伏せ、体を丸くし、まるでご馳走を掻き込むようにニ晩を食らい続ける磯烏。
そんな彼を心配したのか、冥土が席から立ち上がり、磯烏の背中をそっと叩く。
「退屈だからって、いくらなんでもそこまでしなくてもー…」
磯烏は振り返る。
ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「ひっ…ひぃいいい!!」
その場にいた者たち全員が凍り付いた。
マーガリートが悲鳴を上げる。
さっきまで何の異変も無かった磯烏。
だが、その口からは真っ赤な鮮血が滴り落ち、その肌は死体のように青白く、青い血管が顔中に浮かび上がっている。
黒目が無くなった瞳は異常なまでに充血しており、赤い線が植物の根のように白目を覆い尽くしている。
そして、瞳の中心には、大きく見開かれた黄色の瞳孔。
その黄色の点が僕らの方をぎろりと睨みつけた。
「磯烏さんッ!?」
磯烏は、直ぐ側にいる冥土に視線を向ける。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
このままじゃ…!
冥土はその異様な光景に、立ち尽くしてしまっていた。
僕は席から立ち上がり、すぐに彼女の元へと駆け寄ろうとする。
「冥土ッ!!」
でも、僕よりも先に動いた人がいた。
ミカンが冥土の元へ影のようにさっと近づき、そして冥土のことを押し倒す。
間一髪のところで冥土は、磯烏に組み付かれずに済んだ。
でも、その代わり、ミカンが磯烏に組み付かれる。
そして磯烏はそのままの勢いで、ミカンの腕へと噛みつこうとする。
「…ッ!!」
ミカンの細い腕から血が溢れ出す。
磯烏の口がミカンの腕に喰らいつく。
「クソッ…!」
僕の身体能力でどうにかなるとは思えなかったけど、もう自棄糞だっま。
僕は全力で磯烏へと体当たりをする。
「ミカンから離れろッ!!」
僕の体は何とか磯烏の体を突き飛ばし、組み付かれていたミカンも解放される。
僕は叫んだ。
「みんな!今すぐここから逃げるんだッ!」
状況は全く理解できない。
だが、この教室に留まっていても良いことなど一つも無かった。
混乱と騒然。
我先に教室から逃げ出すもの。
冷静と淡々。
磯烏ごときと面倒臭そうに教室から出ていくもの。
全員が教室から出ていったのを確認し、僕とミカンも教室から脱出する。
そして、それと同時に鉄製の扉はすぐに閉じられた。
『ダンッ!!』
鈍い音。そして、その音は間髪を入れずに何回も廊下に響き渡る。
『ダンッ!!ダンッ!!ダンッ!!ダンッ!!』
恐らく教室の中に閉じ込めた磯烏が鉄の扉に何度も体を打ち付けている音だろう。
でも、磯烏が僕たちを追って扉を開けるようなことは一切無い。
「なぜ、磯烏殿は扉を開けずに、体当たりなど…」
「だいじょうぶだよー、恐らくあいつには扉は開けられないよー」
女苺 毒味がぼそりと呟いた。
「毒味殿、一体それは何故に…」
「毒味ねー、まえに映画で観て知ってるんだー、あれって、きっとあれだよー」
「あれ…?」
毒味は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
シロップのように甘く、ハチミツのように無邪気で、水飴のように意地悪い笑みを。
「そう、あれはねー…”ゾンビ"なんだー」
こうして僕たちの想像を絶する長い長い夜が突然に幕を開けた。
いや、今思い返せば12時間前、今日の給食の時間から、全ては始まっていたのかもしれない…。




