#10「三匹は悪魔」
【同日 午後12時4分(※時間修正) / 1年HELL組教室】
教室内の黒板の横に設置されたモニター。
突如そこに表示される豪華絢爛な生徒会室。
そして、鳳凰院美綺瓊。襟元の生徒会バッジがキラリと光る。
『生き残ったみなさん、おめでとうございます』
モニターの中から美綺瓊先輩は、不敵な笑みを浮かべながら称賛の手を叩く。
『459人中、生き残った生徒の数は99人』
『想像よりも多く、わたくし本当に感心しております』
『ですが、この国を収める王たる存在、爆弾の位置に気付く優れた洞察力のみならず』
『ときには非情な判断を下す決断力も必要だと、皆様もお思いにはなりませんか?』
そうだ…僕の考えは甘かったんだ。
非道さ、冷酷さ、狡猾さ、そのどれもが学園内でもトップクラス。
あんな畳の下の爆弾だけで終わるはずなんて無かったんだ。
『教室に仕掛けた爆弾は"もう一つ”』
その言葉に全員の視線がミカンの首に向けられる。
『その首輪型の爆弾は今から4分44秒後に爆発いたします』
『小型とは言え、教室一つを吹き飛ばすには十分の力があるので、決して見縊らないようお願い致します』
「じゃあこんな場所とっとと出ていけば」そう言ってデス子が、教室の扉近くの液晶ディスプレイを操作し始める。
だが、彼女がいくら操作しようとも、教室のシェルター化は解除できなかった。
「チッ…あの女、外部からロックかけてやがる」
つまり、僕らがこの教室から逃げ出すことは不可能。
『さらに今回の爆弾にはトラップを沢山仕掛けております』
『さきほどの爆弾のようには、簡単に解除は出来ないので、その点は悪しからず』
「こいつ…いつか必ずデスってやる…絶対デスってやるからなぁあッ!!」
モニターに向かい勢いよく一本指を立てるデス子。
だが、画面の奥の美綺瓊先輩にはその声は届いていないらしく、彼女は話を続ける。
『ですが、爆弾を止める方法は一つだけ存在します』
嫌な予感がする。
美綺瓊先輩が爆弾を止める術を用意しておくメリットなんて何も無かった。
つまり、これは王としての技量を計る彼女のお戯れ…。
『爆弾を止める方法、それは…』
ーーー首輪が巻かれた生徒が死ねばいいんですーーー
つまり、それは…ミカンが死ねば、爆弾は止まるということ…。
『首輪には高性能なセンサーが仕込まれています』
『4分44秒以内に、首輪が巻かれた人間の生命状態が、LIVEからDEADへと変わったとき、爆弾は止まります』
『ですが、止められなければ、教室内の人間は全員死ぬことになるのです!』
『さぁ、皆様選んでください!殺してください!自らの命を守るために、一人の命を犠牲にしてください!』
『それが王に必要不可欠な決断力なのですから!』
そしてモニターが消える。
そこに映り残るのは、呆然としている1年HELL組の僕たち姿だけであった。
一人、また一人とゆっくりとミカンに視線を向けていく。
彼女の首の爆弾はカウントを既に始めている。
『00:04:41』『00:04:40』『00:04:39』…。
「あの生徒会長も最後の最後で生ぬるいことをしますわね」
そう言って、今まで窓際の机で一人詩集を読み続けていたクビキリーナが立ち上がる。
彼女の手には、彼女の背丈ほどの大きさはある巨大なハサミが抱えられている。
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1年HELL組 女子 出席番号7番 16歳
『クビキリーナ 裂奇』
王輝明学園の生徒であり、現役学生地下デスアイドルグループ「ラブリーキラーズ」のリーダー。
ちなみに他のメンバーはデス山デス子と、同じくこのクラスの生徒である女苺 毒味の3人。
『歌って殺す』という新しい形の殺人ライブショーは、今までのアイドル像の型を破り、ファーストアルバム『死刑♡宣告』は、新人アイドルながらもCDランキング初登場4位を獲得。異例のヒットを飛ばしている。
『死刑♡宣告』
4月4日発売 ¥4,444(+税)
アーティスト:ラブリーキラーズ
レーベル:KILLER MUSIC
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「このクラス全員の命と、一人の命、比べるまでもありませんわ」
クビキリーナは巨大なハサミをミカンへと向ける。
「ミカンさん、残念ですが、あなたのお首、チョキンとしますわよ」
クビキリーナは躊躇うことなく、ミカンの首をハサミで切断しようとする。
「おい!やめろーーー」
しかし僕が止めるまでも無かった。ミカンはクビキリーナのハサミをを身軽に交わし、戦闘態勢をとって、彼女を睨みつけた。
「そうですか、避けるのですか…。でもミカンさん、あなたはそれでよろしいのですか?」
「…どうして?」
「あと4分以内にあなたが死なないと、この教室にいる全員が死ぬのですよ」
そして、クビキリ―ナは僕を見る。
「あなたのお友達である、乙木さんも一緒に」
「…!!」
「まともにやりあっても、わたくしではミカンさん…あなたには敵いません。”暗殺一家"の生まれであるあなたには」
クビキリ―ナの言葉に、ミカンは戦闘体制を崩す、そして迷いを見せる。
「あなたが死ねば全員が助かるのです。あなた一人の命でここにいる全員が助かるのです」
「ならば迷う必要なんてないじゃありませんか?」
「そうじゃありませんか?ねぇ食瑠実甘さん?」
他に方法はないのか、僕は必死に考える。
なんで、なんでこんなことになるんだ。
なんたる絶望だろうか…。
どうして僕の親友ばかりが、こんな目に合わなくちゃいけないのだろうか…。
ー 爆発まで、残り「3分37秒」 ー
きっと何か方法はあるはずだった。
“全員"で生き残る方法が…。
誰一人も死なないで済む方法が…。
でも、何も思い浮かばない。
時間だけが着実に、確実に過ぎていく。
「なぁ、図我」
そんな中、声を上げたのは、意外にも櫂だった。
「その首輪、解除できなくとも、ミカンの首から外すことは可能か?」
「貴様、何を考えておる?」
萌杉が警戒した様子で櫂に愛刀を構え直すが、櫂は萌杉にゆっくりと語りかける。
「お前が俺のことを心の底から憎んでいるのは分かっている」
「でも時間が無いんだ、だからどうか俺を信じて…いや、信じられはしないだろうけど、俺にチャンスをくれないか」
櫂の今までに無い異様な雰囲気に、萌杉は押し黙る。
刀は構えたままだが、その目は彼の行動に目を瞑るということを静かに物語っていた。
「なかなか厳重なトラップだが、外すだけなら…2分といったところだ」
ミカンの首に巻かれた爆弾を慎重に確認し、図我が答える。
あの図我が2分も要するということは本当に相当なものらしい。
「じゃあ頼む」
図我は早速作業を始める。
少しの振動も危険らしく、ミカンを机の上に突っ伏させ、作業が開始される。
こうなってしまえば、他の生徒たちは作業の邪魔をすることは出来なかった。
少しの振動で、この教室が吹き飛ぶことになるのだから。
僕は櫂を見る。
僕には分かっていた。これから櫂がやろうとしていることを。
「なぁ乙木、さっきのお前の質問にまだ答えていなかったな」
「櫂、お前…」
「なぜ桜薔薇を殺して、お前のせいにしたか」
櫂は気づいている。彼が今から何をしようとしているのか、そのことを僕が分かっているということに櫂は気がついている。
「残された時間はあと3分、全てを話す」
「殺すつもりはなかった…そんなありきたりなところから話させてくれ」
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【告白・又御万江櫂と二匹の悪魔】
乙木、お前も知っているように、俺は幼い頃に両親を殺された。
生活は貧乏なものだったよ。笑えないぐらいきついものだったよ。
だから、何としてでも王になりたい、そう思って生きてきた。
裕福な暮らし…そんな在り来たりでちっぽけなものが俺のずっと夢だった。
体育館から抜け出して、お前たちの様子を見に行ったのは、本当に興味からだ。
空き教室からお前と桜薔薇の声が聞こえた。
暫くして開けてみると、中には桜薔薇がいた。そして、気絶したお前が。
桜薔薇は”10年前"に俺と同じように両親を亡くしている。
でも彼女の父は、元々巨大会社の社長だったということもあって裕福のままだった。
それに、8歳のときには、彼女は父の会社を引き継ぎ社長として会社の経営に携わっている。
8歳で巨大会社の社長だぜ…。
俺なんかじゃ比べ物にはならないようなカリスマ性を彼女は持っている。
その時だったんだよ。
俺の中の"一匹目の悪魔"が囁いたのは。
『このままだと桜薔薇が王になるぞ』
『まだ、殺し合いは始まっていない』
『今ならまだ油断している』
『お前がこいつを殺せるのは、油断している今しかないぞ』
俺は悪魔の囁きを振りほどき、彼女に同盟関係を持ちかけたんだ。
あくまでも国王選挙期間中、お互いが殺されないように協力するだけ、一緒に生き残るための同盟関係を。
「なんで私があなたなんかと?」
彼女は断ったよ。
俺なんかと組むメリットは何一つ無いと冷たく言い放って…。
ーーー気がつくと俺はナイフで彼女のことを刺し殺していたーーー
ナイフが、手が薔薇のように真っ赤な血で染まっていた。
現実を受け入れるまでに暫く時間がかかった。
俺は悪魔に唆されてしまった。
これからどうしようかと思った時、お前が目に入った。
床の上で倒れているお前が。
“ニ匹目の悪魔"が囁いたのはその時だ。
『全部こいつのせいにしちゃえと』
俺はお世辞にも頭は良くない。
でもどうしてか思いついてしまったんだ。
あの密室トリックを思いついてしまった…。
全てをお前のせいにする方法を思いついてしまったんだ。
あんなもの思いつかなかったら、親友に罪を着せようなんて思わない。
でも俺は…思いついてしまった!
だから、もう俺は、俺を止めることはできなかった!
そして、あとは、全部お前の推理通りだ…。
汚れた制服は隣の空き教室に隠してある。
ナイフは俺のポケットの中だ。
本当はナイフもお前の手にでも握らせておけばよかったんだけどな。
あのナイフ、俺がいつも自衛のために持ってたもんだから、お前が見たら一発で俺の物だと分かるしさ…。
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櫂はそう言って、自嘲気味に笑う。
その顔には、後悔なんて無かった。
まるで僕に真相を暴かれて良かったとでもいうように。
《 爆発まで、残り1分10秒 》
「櫂、取れたぞ」
図我がミカンの首から爆弾を取り外したのは、作業を始めてから丁度2分後のことだった。
図我の額には汗が吹き出し、体力はかなり消耗している様子だった。
「だが、取るので精一杯だ」
首輪の液晶のカウトダウンは進み続けている。
やはりこの爆弾は、巻かれている人間が、死ぬところを感知しないと止まることはないらしい。
「その爆弾を貸してくれ」
「あぁ、だが、お前…いや、分かった」
図我はそう言って、櫂に首輪型の爆弾を手渡す。
ここまでくればここにいる全員が、これから櫂がしようとしていることは理解できていた。
櫂は爆弾を自分の首に巻く。
「櫂ッ!!」
ミカンが声を上げる。
ミカンは続いて僕のことを見る。
でも僕には櫂を止めること出来なかった。
「乙木…このままじゃ櫂が…」
「あぁ、分かってる」
「分かってるって…なんとか…なんとかしないとッ!」
今にも櫂に飛びかかり、これからの彼の行動を阻止しようとするミカンの腕を僕は強く握りしめた。
「乙木…?」
彼女の腕は震えてはいない。暗殺一家の生まれだけあって、そういう表面的な感情は出ないように教育されているのかもしれない。
でも、彼女の肌は異常なまでに熱を帯びていて、彼女の心が肌を通して伝わってくる。
でも僕には櫂を止めることは出来ない。
「僕には思いつけない。みんなが生き残る道を…だから、僕に櫂を止めることは出来ない」
「でも…!」
「それに、ミカン…お前も僕の大切な親友なんだ。このクラスのみんなだって僕の大切な友達なんだ」
だから、僕にはこれからのことを見守ることしか出来なかった。
僕に出来るのは、最後の1秒のその時まで、櫂の生きた痕跡を僕のこの記憶に止めておくことだけだった。
「・・・」
ミカンの腕から力が抜ける。そして、彼女の手は僕の手を握り返す。
僕はミカンの小さな手をぎゅっと握りしめた。
「なぁ乙木、ミカン、これで最後だ。だからそんな暗い顔しないでくれよ」
櫂はそう言って、爆弾を自分の首に巻き付ける。
《 爆発まで、残り32秒 》
「まぁそんなときは俺でも見て元気を出したまえ」
櫂はポケットからナイフを取り出す。
「親友に罪を着せようとして、暴かれ、惨めで、情けなくて…」
「それでも…お前達のことを親友だと思い続けてる身勝手なこの俺をッ!」
櫂は笑う。今までに無い清々しく爽やかな笑顔だった。
「櫂、やっぱりお前…恰好よくないよ」
悔しくて、悲しくて…僕は無理やり笑みを浮かべて呟いた。
僕たちは二人で笑う。
僕の感情が、櫂の感情が、目の前で形になって掴み取れそうなほどはっきりと通じ合っていた。
だからこそ僕たちは笑う。
これで最後なんだから…最後ぐらいは親友と笑い合って終わらせたかった。
ーーー裏切り者がいる、イニシャルは"K"だ、気をつけろーーー
櫂は小さな声でそう呟いた。
僕とミカンにだけ聞こえるようにそう言って、なんのことかと聞き返す間もなく、爆弾のタイマーが残り17秒を指し示した瞬間、自らの喉にナイフを勢いよく突き刺した。
躊躇いなく突き刺されたナイフは、櫂の頸動脈を貫通し、そこから大量の血液が溢れ出す。ごぼごぼ、と口から血が溢れ出す。
もがきながら、声にならない苦痛を絞り出し、裂かれた喉から溢れ出す血と空気の音。
この音どこかで聞いたことあったな…。
あ、そうだ…水槽だ。
水槽のエアポンプの音、あの音だ…。
こんなときだというのに僕はそんなことを考えていた。
でもその音はやがて聞こえなくなる。
僕の視界の先では、力を失った櫂がその場に倒れ込んでいた。
その目はまるで、死んだ魚のようだった。
『ビー…』
櫂の首に巻かれた爆弾から一度だけ電子音が鳴り響く。
そして、それと同時に、液晶に表示されていたタイマーのカウントダウンがピタリと止まる。
『00:00:11』
そして表示が切り替わる。
『-D:EA:D-』
11秒後、デス子が小さく呟いた。
「ふぁいあいんざほぉる」
でもどの教室からも爆発音は響いてはこなかった。
「櫂…」
ミカンはゆっくりと櫂の死体へと近づいていく。
僕もそれに付いて行く。
教室の床、畳の上で丸くなるように倒れた櫂の死体。
血に汚れ、透き通るような色をした彼の白銀の髪は、真っ赤に染められていた。
僕たちの言葉はもう彼には届かない。
もう一緒に帰ることも、一緒にご飯を食べることも、もし国王になれたら何をするか…そんなくだらないことを語り合うこともーーー。
「お主はこれで良かったのか?」
いつの間にか隣にいた萌杉が、そっと僕に声をかける。
「あぁ…」
僕の言葉が本心だったのか、それは自分でも分からない。
でもこれ以外の選択肢は他に思いつかなかった。
どんな道を選んでも絶望する未来しか待っていなかった。
これが現実。
いくら悲観していたって状況は何も変わらない。絶望に身を沈めていたって希望なんて降りてはこない。
ときには絶望を受け入れるしかないときもある。
それがこの国の現実だ。
「そうだ乙木殿、一つ謝らさせてくれ。お主を疑って悪かったと」
「確かにな…というか、危うくお前に殺されるところだったからな」
殺されるところだったというか、本来なら僕は萌杉に殺されていた。
「いや、それは…誠にかたじけない」
でもあの状況なら仕方が無かったのかもしれない。
僕は萌杉の肩を軽く叩く。
繰り返した時間、桜薔薇の言葉の意味、櫂が最後に言い残したKというイニシャルの裏切り者。
考えなくちゃいけないことは色々あった。
恐らくそのどれも後回しにしてはいけないことかもしれない…。
でも、もう今日はこれ以上頭を使う気には到底なれなかった。
それに生きているというこの実感を、もう少し感じていたかった。
「なぁミカン、食堂で昼飯でも食べに行かないか?」
「…うん」
「じゃあ萌杉、もちろん奢ってくれるよな、俺とミカンの分」
「なっ!お主その手できたか…だが、何故故ミカン殿の分まで!?」
「僕はお前に殺されかけたんだぞ。そんぐらいはしてもらわないとなー、なぁミカン?」
「それぐらいは当然」
「くっ…分かった、それぐらいの罪滅ぼしは仕方無しか…」
櫂が言っていた。
"二匹の悪魔"に唆されたと。
でも悪魔は、僕の中にだっている。
生まれてから今まで毎日のように周りの人間が死んでいくのを見てきた。
僕たちはいつの間にか死んだ人間のことを悔いたり、嘆いたりすることが無駄だということに気づいてしまった。
人は死ぬ。死んだらそれでお終い。
だから精一杯生きて、足掻いて、だけどもし死んでしまったらそれで終わりだ。
あんなに桜薔薇に心酔していた萌杉だって、その仇を討てればもう満足であった。死んだ桜薔薇のことをいくら嘆いたとしても、彼女はもう戻ってこない。
僕たちは何度も親しき人を失い、そのことを痛いほど理解してしまっていた。
でも僕は思う。
親友が死んだにも関わらず涙一つ零さない、これが悪魔以外になんというのだろうかって。
三匹の悪魔は僕自身なのかもしれない…。
「ごめんな」
僕は、僕と櫂にだけ聞こえるようにそっと囁いた。
「何をしておるのだ櫂殿、そろそろ食堂に向かうぞ」
「あぁ…」
僕たちは食堂に向かう。
きっと明日らからはまたいつもの日常に戻ると思いながら。
でも、これはほんの始まりにしか過ぎ無かった。
今となれば、今日の出来事なんて、これから起こることと比べれば些細なことだったのかもしれない。
僕たちは想像出来るはずもなかった。
これから起こる地獄のような出来事たちをーーー。




