アングリー
12
今思うとあの頃の俺は、今よりも寂しがりやだった。
それに、単純だった。
遥希が早織さんの娘という事は、俺と遥希は従兄弟になる。そう考えると、それだけで何だか安心した。
両親を無くして2年、さすがにもう泣く事は無かったけれど、不安は心のどこかでいつも残っていた。
今では小指の先くらいしか思っていないけど…………1人になる不安と、大切な家族を失う不安。
「遥ちゃんと、聡太、どうして結婚しないの?」
夕食時に、頬に米をつけながら瑞希が訊いた。
俺がどう答えていいか迷っていると、瑞希の頬の米を取りながら遥希が先に答えた。
「多分、聡太が怖いんだよ。」
「え?毎日一緒にいるのに、遥ちゃん、聡太が怖いの?すぐ怒るから?」
悪かったな。すぐ怒らせる遥希が悪い!
「え?あ、違う違う!そうじゃなくて、聡太が、結婚するのが怖いんだよ。家族ができるのが怖いんだよ。そうだよね?」
「え?」
突然振られて、すぐには答えられなかった。
「家族がいると怖いの?どうして?」
「聡太は突然家族を失って、失う怖さを知ってるの。だから……今でも怖いんじゃない?あ、瑞希ピーマン残してる~」
違う。そうじゃない。そうじゃないんだ……。
俺は肉のはみ出た不恰好なピーマンの肉詰めを見て、また高校時代を思い出した。
夕暮れ時の誰もいない教室で、告白された。オレンジの光が、目映いほど二人を照らしていた。
「聡太、私と付き合って欲しいの。」
「え?…………俺と?」
思いきって、返事をした。これできっと、俺の悩みは解決するはずだ。
「俺で良ければ…………」
と、言った瞬間…………
「え…………?」
という声と共に、カシャーン!と、廊下で何か筆箱のような物が落ちる音が聞こえた。
「え…………?」
そこにいたのは…………遥希…………ではなく…………遥希の元彼?可愛い名前の、男塾。
「え…………?」
「え…………?」
え?何だ?その反応…………?あれ?もしかして、こいつ、平沢の事好きだった?
ヤバイ…………!!殺される…………!!絶対殺られる!!と、思っていたら…………俺の方を涙目で見て去って行った。
え…………?何?何その反応?いや、まさか。
「ふぅ、間に合って良かった~!花崎那津より先に告白できて良かった!聡太が私を選んでくれて良かった~!」
何故か平沢がホッとしていた。
「は?」
「あれは絶対聡太の事好きだったね。」
え?いや、ちょっと待て?
「聡太がゲイかもしれないって知った時はショックだったけど、OKしてくれたって事はそうじゃないんだよね?」
それって、それ、俺の悩みとジャストな感じなんですけど…………
ゲイかもしれない相手に告白する心境はさぞ壮絶だっただろう。平沢は勇気があるな……。
俺は勇気の無い、意気地無しだ。
それは、いつものように自分の部屋のベッドに寝転びながら、遥希の借りて来たBL漫画を読んでいた時の事…………
俺はとうとう、ある事に気がついてしまった。
自分は…………ゲイなのか?
遥希が寝ていても何も手を出さず、あり得ないと言っていたBL漫画を今はさも当然かのように読んでいる。実際に…………本当は男が好きだから女を好きになれないんじゃないのか?嘘だろ?そんなの信じたくない!!
そう悩んでいたら、ある日の放課後、意外な人から告白された。
それが、同じクラスの平沢 杏だ。
平沢が好きかどうかと言われれば…………少し疑問が残る。しかし、男が好きなのかもしれないという疑念は、これで払拭できるかもしれない。そう思って、平沢と付き合った。
それでも、甘い生活の日々には到底なりえなかった。
彼女って普通、放課後一緒に帰ろ♪とか言って甘いものなのかと思っていたのに…………放課後、平沢は怖い顔をして、腕を組んで仁王立ちしていた。
「ねぇ、藍野さんと一緒に住んでるって本当?」
「ああ……本当だけど?」
どこからか、平沢はそんな噂を聞いて来た。
「どうして言ってくれなかったの?」
今思えば、それが一番最初の、平沢の癇癪だった。
「別に、わざわざ言う事じゃないだろ?」
「私の気持ちは考えた?私は聡太から聞きたかったの!」
いや、今俺から聞いたじゃん。
『アングリー』
いつしか平沢のあだ名は『アングリー』になっていた。
それは、多分俺のせいだ。平沢は本当に俺の事が好きなんだ。好きだからこそ、その怒りが止まらない。それがわかっていても、どうにもならなかった。
「聡太!今日委員会の後、友達と遊んでから帰るから遅くなる」
「遅いのはいつもだろ?」
なんて事のない、いつもの普通の会話。家族なら当然の会話だった。
「そうゆうの学校で止めてくれない?」
「あ、ごめん……。」
平沢の怒りに、遥希がとっさに謝った。遥希は完全に平沢にビビっていて、まずい事をしたという顔をしていた。
「別にいいだろ。ただの連絡だ。いちいち気にするなよ。」
「は?いちいち気にするな?それで私は不安になるの!わかる?」
「わかってる。」
わかっていた。全部わかってたんだ。
杏にglee、杏に喜びがつくと、angry、怒りになってしまう。
それは、俺といるからだ。平沢は俺に喜びが満たされず、怒りに駆られるんだ。
俺には…………平沢を喜ばせる事は出来ない。それは、わかっている。
それができないのは…………多分、俺が好きなのは、平沢じゃないから。
平沢と付き合っても、男が好きじゃないという払拭にはならなかった。むしろ…………
「俺、女が嫌いになりそうだ。」
「え…………だから男に?」
「そうじゃねーよ!」
そうじゃないと思いたい。
珍しく今日は早織さんのお弁当が無くて、学食でお昼を食べた。その後教室に戻ろうとすると、名前は可愛いけど、いかつい顔の男塾…………名前、何だっけ?
「花崎那津です。山村さん、僕と付き合ってください。」
「俺、村山な?人違いだ。」
いやいやいや!無理無理無理!
それでも、花崎は言い直した。
「村山さん、お付き合いをしてもらえますか?」
「え、いや…………それはちょっと…………」
マジか…………マジで俺なのか?!このゴリラみたいな、いかつい男と?
いやぁ…………無理だろ!?
俺は、食堂から出ようと、花崎の右を通ろうとした。それを阻まれ、左も同様に阻まれた。
端から見たら俺、完全に絡まれてる人じゃん!この図、告白されてる図じゃねーよ!
いやいやいや、待て待て!
俺は今何を思い出しているんだ!?これじゃ、ゲイだから結婚しないみたいになってる!!違う!違うから!!断じて違う!!
そうゆう話じゃないから!!




