第82話 魔法陣の向こう側
路地裏から時計塔を確認する。
王様を守るように囲んだ集団が入口へと入って行く。
「作戦を確認するわよ。王様から悪魔ベラムスを引き剥がすのが第一の目的、出来ればベラムスをやっつけたいけど恐らく難しいわ。王様の奪還を最優先、忘れないで」
大きな樽の陰に隠れたグラムが念を押す。
「それは分かってるけど……、この聖水だけで行けるのかな? 王様が一人になる狭い時計塔を戦場に選んだのは正解だと思うけどもう少し武器が欲しいね」
不安気に聖水の入った瓶を眺めるシオン。
これを王様にぶっかければ悪魔は出て来るって言うけどホントかなぁ。
「それでもあるだけマシでしょ!? それにシオン君の回復魔法も有効だろうし、ローレンスさんが捕まえちゃえば抵抗できない筈よ」
まあ聖魔法の道具がないこの国で聖水があるだけだいぶマシなのか。
でも相手は強そうだし嫌だな。
「それでもこえーよなぁ。俺たちも行かなきゃ駄目なのか? 国一つ操る悪魔なんかに勝てる気がしねーんだけど、俺レベル10だし…」
「言い訳しても駄目! 何でベラムスが貴方たちパーティを呼んだのか分からないけどもしかしたら悪い噂を流して潰すためかもしれないのよ。今逃げたらどうなる事か……。それより金治君、もう一度聞くけど本当に聖なる道具を持ってないのよね? 国境を越えた時、貴方を守った要因がある筈なんだけど」
俺は一応カバンの中を確認するが特にそれっぽいものは無い。
魔法の短剣を持っているがこれは聖魔法ではないし、マントもダイスの腕輪もそんな守りの効果がある代物ではない。
「やっぱ何もないぜ。たまたま俺だけ不発だったんじゃねーの? 俺運だけはいいし。……おっ、王様が時計塔に入って行くぜ!」
ふと時計塔の方が目に入った。
セイラから聞いていた通り王様は一人で時計塔に登る様だ。
「作戦開始ね。それじゃあ裏の窓から潜入しなさい。勇気ある英雄に祝福を」
フードを被って手を合わせ、お祈りする悪魔シスター。
「むっ、グラムは来ないのか? 相手は悪魔なんだからお前のが有利に戦えるだろ」
植木鉢の上に置かれた首が不審な眼差しで問いかけた。
「あのねえローレンスさん、私まで行って失敗したらそれこそ取り返しつかなくなるのよ。それにあなたたちが時計塔に行っている間に私も動くわ。この国のプリンセス、そして貴方たちの仲間レイラを探しに行く!」
彼女は静かに立ち上がり拳を作って見せる。
俺たちは顔を見合わせる。
レイラ、そう言えば見てないなアイツ…。
「やっべぇ、レイラの事すっかり忘れてた! じゃあレイラの事はよろしく……、そう言えばグラムはレイラのこと知ってんのか?」
「当然よ、私はクロノス城に100年近く仕えてるんですから。最後に会ったのはレイラ様の結婚式前夜、彼女は貴族の不自由さを嘆いていたわ。貴族たるもの一般人では手にできない大きな富を得る代わり不自由は仕方ないと論したのですがレイラ様はお怒りになって…」
グラムの言葉は最後に行くほど悲しそうに小さくなった。
貴族のわだかまりとかレイラのヤツ一番嫌いそうだもんなぁ。
「レイラ様が居なくなったのは私のせいかもしれない。どうしても一言謝りたいのです。それにもし今のクロノスから出たのなら記憶を失い困り果てている筈、早く見つけないといけないわ」
このグラムは悪魔だけどいいやつだな。
優しい声を聞いて確信できた。
「しょうがないから王様は俺たちに任せろよな。俺たちの仲間を頼んだぜ!」
「この国を頼むわね、英雄さん。これ以上クロノスが汚される前に、この国を救える最後の希望、朗報を期待してるわ。……もし失敗したら脱獄くらいは手伝うわね」
不安だが作戦開始だ!
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薄暗い蝋燭の明かりが照らす狭いらせん階段。
ローレンスを先頭に進んで行く。
やたら用心深くゆっくりと…。
「おいローレンス! もっと急いで進もうぜ、早くしねぇと王様が下りて来るぞ」
「そうだよね、こう暗くて籠った場所に居ると気分が悪くなっちゃうよ。何でそんなにノロノロと……、もしかして怖いの?」
俺たちが文句を言うとローレンスは呆れた様子でため息を付く。
「あのなぁお前ら死にたいのか? 俺たちは悪魔が作った本拠地に乗り込んでるんだぞ。悪魔しか通れないような魔法の罠があってもおかしくないんだからな、もっと用心してもいいくらいだ」
偉そうに説明するデュラハン。
悪魔しか通れないような罠か…。
「でもその悪魔がとりついてる王様は人間じゃん。あの小太りの王様に俊敏な動きなんて無理だろうし大した罠もないんじゃないのか?」
黙り込むローレンス。
「よし、グダグダしてないでとっとと進もっか。ほらローレンス、置いてくよ」
シオンに続いて階段を駆け足で進む。
とっとと聖水をぶっかけて王様に一言文句を言ってやるか。
「お、おい! 俺も行くぞ、待ってくれ!」
長い長いらせん階段の一番上、分厚い木の扉が開かれていた。
覗き込むと大小さまざまな歯車が回る大時計の心臓部らしい。
テレビとかで見たような大きな時計の機械部分、おかしい部分を上げるとすれば地面から少し浮いたように大きな魔法陣が怪しく輝いている。
そして部屋のあちこちに浮かんで輝く古代文字みたいなやつ。
怪しさ100%だな。
「部屋の中を調べてみようか。見た感じ王様の姿は見えないけどどこに…」
シオンに続いて扉を潜った時、前方の巨大な歯車の陰に人影が見えた。
俺たちはそれぞれ一つずつ持った聖水の瓶を構える。
「居た、アレ王様だろ! 聖水をかければいいんだったよな?」
「悪魔を追い出すには聖水、古典的な作戦だが一番有効だ。金治は左、シオンは右から、俺はこのまま背後から行く。一斉に行くぞ!」
素早く歯車の陰に隠れた。
二人も別の場所に隠れて目で合図を送って来る。
ローレンスが手を振り下ろしたのが合図だ。
「くらえ悪魔め! テメーのせいで捕まっちまったんだよコノヤローッ!」
思いっきり振りかぶって聖水が入った瓶を分投げる。
俺たちが投げた三つの瓶は見事大柄な王様に命中して砕け散った。
聖水を被った王様はジュゥゥゥと音を立てて黒い煙を巻き上げたのだ。
「やったね、これでクロノス奪還クエストはクリアだ! 今までで一番簡単……、ってあれぇ!?」
素っ頓狂な声を上げるシオン。
俺もローレンスも口を開けて固まってしまった。
黒い煙を噴き上げた王様はそのまま跡形もなく蒸発してしまったのだ。
「馬鹿め馬鹿めぇ、ここまであっさり引っかかってくれるとは道化の才能があるじゃないかぁ!? 俺様をちんけな聖水程度で倒せると思うとは何て滑稽な! ハーハッハッハァッ‼」
きしょい高笑いが背後の、この部屋の入口の方から響いて来た。
慌てて振り返るとそこには黒いオーラを纏った王様の姿が…。
「貴様ッ、王様から離れるんだっ! クロノスの国を操り民を苦しめる悪しきモンスターめ!」
魔剣を構えて勇者っぽい事を叫ぶローレンス。
マズいな…。
「おいおいあんまり挑発しない方がいいんじゃ…」
「俺様の姿を見たいというか。いいだろう、お前ら偽善者に力の差を見せてやろうじゃぁないか!」
おい、嬉しそうだなこの悪魔。
悪魔ってこういう自信過剰な変な奴しかいないのかよ。
王様がばたりと倒れると黒いオーラが空中に集中する。
ボムッと小さな爆発を起こして現れたのは頭に二本のねじれた角を生やした黒マントの男。
紫っぽい長めのパーマヘアにレザーっぽい服、青白い肌と変に派手な奴だな。
背丈は俺とどっこいくらい、意外にチビ。
悪そ~な笑みが嫌な感じしかしねぇ。
「俺様は天才の悪魔、ベラムス様よ! ご要望通り悪魔の力を見せてやるよ、それぇ!」
そう言って手に禍々しい光を纏うとクルリと一回転。
ベラムスを中心に闇の炎が広がった。
逃げ場のない波状攻撃が俺たちに迫って来る。
「何だこの攻撃は……っ、俺の技で、フレイム……、ぐわぁぁっ‼」
「僕の魔法で防ぐよ! セイントオーラ……、うわっ、なんだこれ!?」
ローレンスの剣もシオンの防御魔法もまとめて吹き飛ばす衝撃波。
これはマズい、死んでしまう!
「クソッ、俺には効かないぜ! 『ワン・モア』ッ!」
ドス黒い衝撃波、闇の炎に包まれる。
ワン・モアのバリアが砕けてやり過ごす……、事はなく俺は光に包まれた。
俺を中心に発生した光は衝撃波を弾き飛ばしたのだ。
「な、何なんだ!? この光は……、これは……、あの時のヤツ?」
光を発生させたひし形の宝石。
ポケットに手を突っ込むとほんのり暖かいソレを手に取った。
これってバロンパルスの遺跡で取った初代勇者の宝箱だかに入ってたヤツか。
……そう言えばこんなの持ってたなぁ。
「ヤバッ! シオン、ローレンス! 大丈夫か!?」
とっさに振り返ると衝撃波に吹き飛ばされて壁に叩きつけられた二人が倒れていた。
シオンの魔法もローレンスの防御も全く意味がなかったベラムスの攻撃。
今回はホントのホントにヤバいだろ!
「ハーハッハッハッ、見たか、最強の悪魔の力を! お前は運よく逃れたようだが安心しろ。次はちゃーんと止めを刺してやるわ! 行くぜぇ!!」
右手を掲げ、空中に巨大なエネルギーの塊を生成して行く。
絶対ヤバいヤツだ!
俺は腕を顔の前でクロスするように構えて衝撃に備える。
いくら無敵の防御魔法があっても怖いぞ。
「き……、金治……、魔法陣だ。魔法陣を壊して! ヤツの能力を底上げしてクロノスの国を操ってるのはあの魔法陣のせいだ!」
シオンが倒れたままながら必死の叫び声を上げた。
魔法陣……、部屋中に展開している怪しく光ってる奴だな。
「金治、お前の魔剣を使え! 一部でも壊せば機能は止まる筈だ! 急げ‼」
ローレンスが叫んで地面を叩く。
やるっきゃないな。
「分かった、俺に任せろ! うぉぉぉぉぉおっ!!」
俺は何か凄い魔法を使おうとするベラムスに背を向けて駆け出した。
巨大な二つの歯車の間の空間、その空中に浮かぶ大きな魔法陣に向けて短剣『ミリオンスター』を振りかざす。
「お、おいっ! 止めろ、それはマズい! 止めるのよっ!!」
ベラムスの叫び声を背に魔法陣の中心に短剣を突き刺した。
強い閃光が巻き起こる。
俺は勢い余ってもの凄い輝きを放つ魔法陣、むしろ光の壁に突っ込んだ。
空中に浮かんだ魔法陣の向こう側、石造りの時計塔の最上階にある機械室の床を踏むはずだった。
しかし俺は空中へと飛び出している。
さっきまでの歯車だらけの時計塔じゃない、眩しいくらいの月に照らされた空中を落下して行く。
成すすべなく頭からグングン落ちて行く。
下に誰か立っている……、銀髪の子供?
その子供と目が合った瞬間、俺は水の中へと突っ込んだらしい。
何が起こったって言うんだよ……。
ゆっくり意識が遠のいて行く……、この感じ久しぶりだな……。




