第20話 敗北宣言
フロントの街、ダウンタウン地区にあるコロッセオを小さくしたような外観の闘技場。
俺は闘技場の暗い地下通路をステージに向かって歩いている。
この階段を登るとステージだ。
眩しい太陽に照らされ階段を登り切ると観客席に囲まれたステージの前に出た。
その瞬間ワッと盛大な歓声が上がった。
この闘技場、しばらく使われていなかったのか薄汚れているが今日はたくさんの冒険者と暇を持て余してた街の人たちが押し寄せて観客席はほぼ満員だ。
観客席で囲まれた円形のグラウンドの真ん中に某漫画の天下一を決める武闘大会で出てきそうな四角い石のステージがある。
ステージの上にはもう俺の決闘相手が待ち構えている。
そう、勇者ワタルだ。
ワタルは昨日と同じ青い鎧に全身を包んでいて、手には魔法の剣だろうか?白っぽい鋼の刀身の周りが金色のフレームで囲まれてうっすらと光を放っている。
……おいおい、初心者の街の冒険者相手にフル装備かよ。
「ほお、逃げずに来たことは誉めてやろう。だがお前は俺にむざむざ敗北し、恥をかくだけだ!」
ベッタベタのお約束というかよくあるセリフだ!
……こいつ恥ずかしくないのか?
「…まぁ、早く始めない?」
はっきし言ってこう大勢に注目されるのって苦手だから早く始めちゃって欲しいところだ。
……どうせ一瞬で終わるのだし。
ふと、何かに気づいたワタルは俺を見回して…、
「……正々堂々行こうか? 補助魔法の先がけは無しだ。『エフェクトカット』!」
ワタルは右手を俺の方に向けて呪文を唱えた。
放たれた白い衝撃波が直撃したけど何ともないぞ?
「この魔法は補助魔法の効果を消す魔法だ。これで君が掛けられていた効果は全部消えたぞ!」
さすが勇者を名乗るだけあるな!
シオンにかけてもらっていた呪文の詠唱を早くする魔法と素早さアップの補助魔法の効果が無くなってしまった!
……まぁ、何にも困ることはないだろうな。
「な、なかなかやるなあ! さすが勇者だあ!」
棒読みになったが取りあえず驚いておいてやろう。
「さぁ、観客席のみんな! 集まってくれてありがとうッ!」
いつの間にかステージ脇に椅子とテーブルを用意していたレイラが魔法の拡声メガホンで突如叫んだ。
「本日は何とこのフロントの街の勇者、金治に決闘を挑んできた奴がいるぞっ! 挑戦者は王都の勇者で有名『ソードマスター』のワタルだぁぁぁぁあッ!」
小声で言った部分も全部拡声されてるけどさすが元旅芸人、盛り上げるのが上手いな。
「司会はこの私、天才魔法使いのレイラッ! 解説はちびっ子エルフのシオンで行かせていただきますッ!」
観客席からまた大歓声が上がった。
……無茶苦茶な感じだけれどこれは全部作戦なのだ。
あの短気な勇者は決闘で降参などしようものなら何をしてくるかわからないのでこう観客がたくさんいれば変なことはしないだろうし、有名な勇者の決闘と名目だてて人を集めとけばワタルに怪しまれないという寸法だ。
……ちなみに昨日の夜のことだ、ワタルが決闘を申し込んで帰ったあと彼の仲間たちが菓子折りを持って謝罪に来たのだ。
そのためワタルの仲間たちにはこの作戦を、試合が始まったかどうするかなど全部教えてあるのだから面白い。
「それではルールを説明しますッ! 基本は一般的な決闘と同じでどちらか一方が降参をするか戦闘を続けられない状態になるまで戦ってもらいますッ! …それに加えて今回はこの正方形のバトルステージから落ちても敗北となりますッ! これは観客の安全を優先する処置なので悪しからずね」
最後の追加ルールは昨日の夜、視察に来た時このステージを見て思い出した某漫画の武闘大会の話をしたらレイラがやったら気に入ったため加わったものだ。
……観客の安全とかは出任せだろうけどこのルールは非常にありがたい!
何故ならいざとなればステージから飛び降りるだけで試合が終わるからだ。
その後レイラが話術で会場を盛り上げ、いよいよ試合開始のようだ。
会場は熱気を帯び笑い声があちこちから上がっていてお祭りムード。
……ワタルは場違いなほどの殺意をこちらに向けて剣を構えている。
レイラがメガホンを口に当てる。
「お待ちかね、決闘開始よ! …それじゃあお互い構えて……試合、開始ッ!」
「俺の負けっ!降参しますっっ!」
「…は?」
始まった瞬間、間髪入れずに俺は力の限り叫んだ!
観客席はそれを聞いて大爆笑に包まれた。
……待っていましたかと言うように。
「まてまてまてまて! いきなり降参ってなんだよ! いや、俺は決闘を受けてくれとしか言ってなかったけど……、そりゃあないだろっ!」
ワタルは慌てふためいて叫んだ。
観客席はそれを見て更に笑いが巻き起こっている。
……ん? なんで観客はこんな試合を見て怒らないのか、でしょ?
冒険者の一部はともかく、大多数の冒険者や街の人なんかは俺がわざと負けようとしてることを知らなかった筈だ。
そこでこの闘技場の入口には観客を入れるため「勇者ワタルVS冒険者金治、決闘 会場」というデカい看板を張り付けといた訳だがワタルが会場に入ったあと、レイラたちが「爆笑コント対決」という別に用意していたカラフルな看板を「決闘」という文字の後ろに張り付けておいたのだ。
……つまりこの観客たちはお笑いを見に来た奴らって訳だ!
「おおっと! 金治選手、いきなりの降参っ! …これはどう言うことなのでしょうか、解説のシオンさん」
「うむ、金治選手は相手の気迫にビビッてチビッたのでしょうな。……いや、何かの作戦かもしれませんなぁ。もう試合終わっちゃったけど!」
レイラとシオンが拡声メガホンで騒ぎ立てた。
……明日から当分いろんな人に弄られそうだけど試合は終わったな。
これで短気な勇者サマのお相手もお終い。
……ふと見るとさっきまで慌ててたワタルが真剣な眼差しをしてレイラの方にズカズカと歩いていく。
そして…。
「お願いします! もう一度金貨10、…いや20枚お渡しします。だからもう一度、ちゃんと相手をしていただきませんか?」
そう言った彼は最初の不良のように怒り狂っていたワタルとは違い、完全に落ち着きを取り戻して武人って感じのオーラを醸し出している。
今のワタルはどう見てもさっきの怒った状態より強そうだ。
「……それは難しいわ。あなたが思ってるよりもあの金治は弱いのよ? 確かに何体か強いモンスターも倒したけどそれはみんなで協力してわずかな幸運を掴めたからなのよ! 彼はここ、駆け出しの冒険者が集まる街に屯す初心者冒険者の一人でしかないわ」
レイラもワタルの変化に気が付いたようだ。
始めに合った時のような冷静な彼女は久しぶりに見る。
それを聞いたワタルは彼の仲間たちが座ってる場所へ行き、何やら布に包まれた細長いものを持って戻って来た。
彼がその布を外すと赤い金属でできた不思議な模様の入った大きめの剣が出てきた。
その剣の柄には薄く光る宝石がはめられている。
この剣は…。
「これは炎の魔剣『プロミネンス』です。もし金治君が勝ったらこれを差し上げます。……物で買収しようというわけではありません。多くの恵まれた仲間に愛され、レベル以上のモンスターすら倒す運を持った男。そんな彼の本気を見てみたくなりました。この剣は俺の覚悟の形、これで少しでもやる気になってくれたら俺はうれしい!」
そう言って魔剣『プロミネンス』をレイラたちの隣に置いた。
これを聞いた静まり返っていた観客席は再び歓声を上げた。
……しかし今回はさっきの笑いではなく、本物の勇者に声援をかけるように。
「金治! 私は君を決して殺さないと約束する。一度でいい、……俺と全力で戦って欲しい!」
真っ直ぐとした目で俺を見つめるワタル。
……これってあれか、いつもの…。
戦わなきゃ駄目なパターンか?
「ねえ、戦ってあげましょう。私は騎士道なんて微塵も分からないけど今のワタルはきっと騎士の目をしてる。……あの覚悟は踏みにじれないわ!」
「覚悟なんてくだらないと思ってた。でも、今なら僕も答えなきゃならない思いはあると思えるよ。金治! ワタルと戦ってよ!」
こんなレイラとシオン初めて見たな。
笑えない。
俺は今も何とか騙してでも逃げたいと思ってる。
でも、きっと、ここで逃げたら一生後悔するヤツだ。
「……本気だな? 俺が弱くても文句言うんじゃねーぞ?」
恐らく最強の敵だ。
でも、真正面からソイツに挑む覚悟は臆病な俺にも何故かある。
……逃げる選択肢は、ない!
「お前の『決闘』、受けてやるぜっ!」




