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その2

 教会堂跡は、思っていた以上によく手入れされていた。これならすぐにでも観光地になりそうだ。交通の便が悪いのも、逆にアピールポイントになるかもしれない。

 教会の床は、禅宗寺院よろしく正方形の瓦が斜めに敷き詰められている。いわゆる四半敷(しはんじき)というやつだ。屋根の崩れも少なく、瓦礫はかたづけられていた。

 ただ、問題なのは、彫像の類はおろか何の遺物もないことだった。ただ、壁の大きめの石にはローマン体で「神父 フランソワ・ペルティエ」「助祭 アレクシス・ボネ」と刻まれていた。パリ外国宣教会の正式な聖職者だろう。あとで調べるために写真をとっておく。

 神父と助祭は、おそらくは他の教会も掛け持ちしていただろう。司祭館が別にあったか港の方に定宿があったかもしれない。そのあたりは村の古老たちに確認しなければならない。

 要所要所を写真に撮ると、称徳寺の本堂へと戻った。

 本堂の玄関にはたくさんの靴が脱がれていた。どうやら教会堂跡を調べている間に村の人たちが集まってきたらしい。

 なーむー じいぼー かんぜおんー……

 短い賛歌の後、唱え言が続く。

 もったいなくも東のおんかた眺むれば薬師如来に燈明とどけ、もったいなくも西のおんかたながむれば阿弥陀如来に燈明とどけ、三つの燈明もったいなくも稲荷のおおん神にとどけ、四つの燈明もったいなくも春日のおおん神にとどけ、五つの燈明もったいなくも天照(あまてらす)おおん神にとどけ、六つの燈明もったいなくも六道めぐる地蔵菩薩にとどけ、七つの燈明もったいなくも梵天帝釈大千世界七社の神様にとどけ、八つの燈明もったいなくも八幡大菩薩にとどけ、九つの燈明もったいなくも九州まもる九頭竜神(くずりゅうしん)にとどけ、十の燈明もったいなくも大日如来にとどけ、四海安寧、家業繁栄、無病息災を願い奉る。

 そして真言が続く。

 オンコロコロセンダリマトウギソワカ、オンコロコロセンダリマトウギソワカ、オンコロコロセンダリマトウギソワカ

 オンアミリタテイゼイカラウン、オンアミリタテイゼイカラウン、オンアミリタテイゼイカラウン

……密教の真言だ。

 そういえば、禅宗でも真言は使う。ナムカラトンノトラヤーヤーとか。

 心の片隅で「ナム聖母マリア」といった言葉を期待していたので失望が著しい。これでは普通の仏教徒の村である。

 つづいて、お経の一節が詠まれる。というか、帰教偈(ききょうげ)だ。

 帰命(きみょう)一心アーラーカー、帰命一心ミーシーカー、帰命一心ネークーサー……

 聞いたこともない帰教偈だ。ここは普通の仏教とは違っている。普通は仏法僧への三帰依を唱えるところだ。

 そのあと、「無上諸天深敬歎……」という偈文(げもん)が続いた。

「では、今日はあらためて弥勒菩薩が説きたもうた、娑婆世界における天尊のあり方についてを見てまいりましょう。ジョ経の最初のページを開いてください」

 住職の法話、というかお経の解説が続く。


 異なる意見や説が多いが、いったい誰がそれを説き尽くせよう。経典は難しく説き明かすことは難しい。

 天尊は天地開闢の後、どこに姿を現し、どこにとどまっておられるのか。

 諸仏、人ならざる者、なみいる神々、阿羅漢は、天尊について論じている。しかし、天尊を衆生の中に見ることはできない。

 誰も天尊を見ることはできない。威徳によって天尊を見ることができる者はいないのだ。

 天尊の顔かたちは風のようなものだ。いったい誰が風を見られよう。

 天尊は瞬時にして世間を巡り、居場所をさだめる。

 そのため人々の住むところには天尊の気が満ちている。その気があって初めて、人は生きることができる。

 そして初めて家に安住することができる。

 心を至らせれば、日が昇り沈むところまで、心の向かう先すべてに到りたまう。

 身は明るく、楽しく、静かで、安らかなところにあるのだ。

 天上にいるものは、みな諸仏なのだ。


 私はその説法をこっそり録音しながら違和感を覚えた。天尊というと、仏教や道教における神のことだ。弥勒菩薩がその天尊のあり方を説くというのはまったく奇妙な話だった。

 法話は、天尊を風に例えて遍在していること、仏の慈恩を忘れず善心を忘れるな、天尊の風が身を去るとき命はつきるのだ、善福善縁の衆生にして初めて天尊を感じ取れるのだ、そうすれば悪道や地獄に落ちず、天道に往生できるのだ、善因善果、悪因悪果と心せよ、などと続いた。

「今日の説法はここまでにします。明日は午後からショウニンドウでオリツエがありますので、どうぞよろしく」

 和尚さんが退席したのだろう。村の人々が雑談を始めた。さすがに地元の老人たちが話す方言は私にも聞き取れない。

 頃合いと見て、庫裏に向かう住職に声をかけた。

「和尚様、今日は本当にありがとうございました。ちょっとだけですが、ここでご法話も聞かせていただきましたよ」

「そうかそうか。で、教会堂はどうでした。何もなかったでしょう」

 私は、フランソワ・ペルティエとアレクシス・ボネのことを聞いてみた。

「ああ、あの二人ね。あいつらは詐欺師だったときいています」

 和尚さんの言葉は衝撃的だった。

「この村に目をつけて金をむしり取ろうと思ったのでしょうが、正体がばれてホウホウの(テイ)で逃げ出したそうですよ。まあ、ロクでもない連中ですわ」

 そんな人があんな立派な教会堂を建てるだろうか。私は首をかしげる。仏教側から見たバイアスがかかっているのかもしれない。

「教会堂を建てる間、彼らはどこに住んでいたのでしょう」

「港町のはたごでしょうな。昔はこの村もそこそこ栄えていたのです」

 話をしつつ、奥へと向かう。

 和尚さんが唐突に言った。

「今夜はどうなさいます。もう勤務時間はすぎているでしょう。夕暮れに船を出すのは危険ですし、寺で泊まっていかれてはどうです。なんなら一杯、ぐいっと行きましょう」

 和尚さんはおちょこを持つ形の手をして、ぐい、とあおいで見せた。

 私はありがたくその申し出を受けた。


 寺の庫裏には料理屋さながらの厨房があった。

 真ん中には大きなステンレス製の配膳台があり、壁際の食器棚には有田焼の器が積み重ねられている。片隅には大きなワインセラーまであった。

「お好きな物をどうぞ」

 和尚さんはワインセラーの前に案内してくれた。

「日本酒、ワイン、焼酎、何でもそろってますわい」

「これはすごいな!」

 お世辞抜きで賛嘆する。四大シャトーのワインが並ぶ、とまではいかなくとも、あちこちの酒がそろっている。

「檀家さんがお供えに持ってきてくださるのでな、ありがたくいただいておるのですよ」

 不飲酒戒を顧慮しないのは、まさに日本の大乗仏教だ。そういえば、日本酒を最初に作ったのは奈良の菩提山正暦寺ぼだいさんしょうりゃくじだったっけ。

「つまみにはカステラと角煮まんじゅうがあります。かまぼこにじゃこ天、ハムなんかもどうぞ」

 和尚さんは、冷蔵庫の中を引っかき回して、漬物も引っ張り出してくれた。それらを調理台に並べて気分は立ち飲み屋である。これが晩飯らしい。

 いつの間にか(ハイ)は回数を重ねた。

 私は、したたかに酔っ払い、N県の将来性について語った。

「今は貧乏県ですが、ポテンシャルはあると思うのです。豊富な自然に海産物。そして観光。今は日本の観光は鉄道が中心ですが、いずれドローンタクシーやドローンバスの時代が来ます。そうすれば、人の流れは大きく変ります。僻地でもキラーコンテンツがあれば、大いに発展の余地があると思うのですよ」

「はっはっはっ、そうなれば若者も戻ってきて居着いてくれるかもしれませんなあ」

 和尚さんは鷹揚に笑うのだった。


 翌日は、岬の突端にある馬祖神社の調査に向かった。

 景色は良かった。が、行き着くまでの道が山あり谷ありでかなり大変だった。

 昔の県史には「小祠」と書かれていたところに、一軒家ほどの神社があり、ここも教会堂跡と同様きれいに掃除されていた。

 本殿の壇には、美しい白磁色絵の女神像が置いてある。

 思わず手に取ろうと手を伸ばすと……

「いけません!」

 背後から叱責の声が聞こえた。振り返ると、いつの間に来たのかホウキを持った老人が立っていた。

「いくら県のお役人様でも、そんなことをなさるものではありません。バチがあたりますぞ」

「申し訳ありません」

 平身低頭であやまる。

 その老人もまた、三役と同じ潮風にさらされた渋茶色の顔をしていた。ただ、顔かたちが少し違うので、三役の一人ではないとわかった。

「写真はとってもかまいません。ただ、神社にあるものを勝手に触るなんてことはしちゃいかん。常識でしょう」

「はい」

 おとなしく、写真を撮らせてもらう。本当は、神像の裏に何か書いていないか確認したかったのだが、勇み足だったと反省する。

 老人は問わず語りに言った。

「県ではこの村を新たな観光地にしたいらしいが、わしは反対です。村の外から人間が来るとろくなことにならん。今のあんたみたいに勝手に色んなものに触ったり、あわよくばと持って帰ろうとする。ろくなことにならんのは目に見えております」

 老人は、金壺眼の奥にある目を見開いて、一言一言、刻みつけるように話す。

「オーバーツーリズムという言葉をご存じでしょう。観光客が来て現地の人の生活がメチャクチャにされる。こんな小さな村なんか、一瞬でぐちゃぐちゃですわ」

 私はうなずく。オーバーツーリズムの悲劇はあちこちで聞いていた。けど、観光客が来ることで地方が活性化することもまた事実なのだ。

「ええ機会じゃ。地蔵ヶ原(じぞうがはら)を見ていただきましょう。明治頃に来た宣教師が何をしおったか、その目でとくと見ていただきたい」

 私は、老人に導かれて岩だらけの土地を奥へと進む。

 道なき道を進むと、そこには小さな地蔵の墓場があった。地蔵たちはみな、首から上がなくなっていた。

「ここが地蔵ヶ原ですわ。教会の宣教師たちきがバテレン教徒をたきつけて壊させたお地蔵さんです。偶像崇拝がどうのとか言いよって、村の者が信心しておったお地蔵さんを壊しおった。そのくせ自分たちの神は彫刻にして飾る。ムチャクチャですわい」

「何とも悲しいことです」

 写真を撮れとうながされて、その言葉に従う。中には壊されたおキツネさんもあって、罪もない動物の人形へふるわれた暴力を思うと悲しみがこみ上げてきた。

「潜伏キリシタンじゃ、世界遺産じゃと浮かれていても、実際に起きたのはこういうこってすわ。テンコウさんもその時に焼かれて、さっきあんたが見ておった神社は大正時代に建てられた二代目です。お像も、その時に福建省からお迎えした新しいものです」

 天后というのは媽祖の別名だ。航海を守る女神の媽祖に対して、中国の朝廷から授けられた尊号である。

「わしらはそっとしておいてほしいんですわ。別にこの村が栄えんでもええ。静かに世界の片隅で生かしておいてもらったらええと考えとるんです」

 私は、昨日和尚さんと話したことを思い出して反論した。

「それは村の総意と言えるのでしょうか。若者が居着かない、将来性のない辺境の村のままでいたいというのが。観光資源を掘り起こして活気が出たら、若い人も戻って来るんじゃないでしょうか」

「いいでしょう。今日は午後からオリツエがありますのでその時に聞いてみてください。村の九割以上の人間が参加しますので、いい機会だと思います」

 老人は、勝利を確信した笑みを浮かべた。

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