第6話
「やはり、本物のサイコパスはこの僕だけみたいだな」
奈々は目を丸くして僕を見つめた。それから数秒たって、やにわに破顔する。
「分かったんだ、逆ミステリー・サークルができた理由!」
「ああ、多分な」
僕は立ち上がり、逆ミステリー・サークルの真ん中に移動する。奈々と対面になるように立ち、不遜に腕を組んでみせた。
「これはサイコパスによる人為的なメッセージなんかじゃない。ただ、雑草が六角形に生える条件が整っただけなんだ」
そこで言葉を区切って、僕は足元の土を靴のつま先でトントンと小突く。剥き出しの茶色の土はコンクリートもかくやという硬さだ。
「まず、ここが本来植物の育成に適した場所でないことは明らかだ。根を張るには土が硬すぎるし、イチョウの木に遮られて日光も届かない。だから逆ミステリー・サークルがある場所以外は、植物が生えずに地面が露出している」
僕の目をしっかり見つめながら、奈々はふんふんと頷く。丸い大きな瞳に正面から見つめられると気恥ずかしくて視線を逸らしてしまいそうになるが、そこはぐっと堪える。
「にも関わらず植物が生えた。しかも六角形に。これは自然な現象じゃなく、何かほかの条件が重なったと考えるべきだ」
「他の条件が、重なった?」
首を傾げる奈々に、僕は緩慢に頷く。
「ああ、たまたま雑草が六角形に生える条件が揃ったんだ。桜まつりでね」
「桜まつりで?」
奈々が意外そうに眉を上げる。
「奈々。君はさっき、桜まつりの時に特設のフォトスポットが用意されるって言ってたよな」
「うん、オブジェとか、花壇とか。いろいろ置かれるけど……」
「もう一度写真を出してくれないか」
奈々は頷いて、スマホをこちらに寄越す。画面に表示された写真を何枚かスワイプしてから、僕は画面を奈々に見せた。
「この特設の花壇。変わった形のものが多いよな。恐らく"映え"を意識してるんだろう。奈々が写真を撮った場所では、ハート型や星型なんかの花壇がある」
僕は上を見上げた。頭上には空を覆い隠すように緑色のイチョウの葉が生い茂っている。
「ここは主にイチョウが生えているエリアで、桜はない。桜まつりでは盛り上がらないような場所だ。それでも何も置かないのも侘しいから、花壇くらいは置いたんじゃないか?」
視線を下ろしてにやりと笑って見せると、奈々ははっとした顔をした。
「そうか、六角形の花壇! ここには、六角形の花壇が特設されてたってことでしょ!」
「ご明察。花壇を特設するのに、栄養のある土や肥料を使ったり、水やりをしたりしたんだろう。それらが花壇の周囲にこぼれた」
公園の端、桜も生えていない場所だ。際立って目立つハート型などではなく、申し訳程度に"映える"六角形の花壇。その程度の特設なら、管理する職員の作業が適当になるのも頷ける。
「そのおこぼれに預かった雑草たちが、花壇の周りだけ成長した。あとは桜まつりが終わって特設の花壇が撤去されれば、六角形に生えた雑草だけが残されるってわけだな」
「なるほどぉ……」
奈々は納得したように呟いたが、すぐに首を傾げる。
「でもそれなら、陸上部が急に騒ぎ出したのはなんでだろ? 花壇が置いてあったのは、見ていたはずだよね」
「よく歩いている道で、ふと建物が解体されているのを目にした時、そこに何が建っていたかいまいち思い出せないことがないか? よく見る景色でも、意識していないと細かいことは覚えていないもんだ」
マップを見て、ああそういえばこんな建物が建っていたっけ――となる感覚を思い出しながら、僕は続ける。
「桜まつりで特設される花壇は大量にあるし、わざわざ記憶に留めるほどのものじゃなかったんじゃないか? あるいはインターハイを前に、いつもとは走るコースを変えたのかもしれないな」
「なるほど〜!」
奈々は今度こそ納得したとばかりに元気に頷いて、かと思えば、がっくりと肩を落とした。へにゃりと力なく眉が垂れ下がる。
「でもそっか、やっぱりサイコパスの仕業じゃないのかぁ……残念っ」
「何度も言うけど、本物のサイコパスなんてそうそういるもんじゃないからな」
奈々を宥めつつ、僕は自分のスマホを取り出す。ブラウザの検索窓に上野恩賜公園と入力し、しばらく操作した後、そのまま電話をかけた。
「もしもし、少々お尋ねしたいことがあるんですが……」
話しながら、奈々から少し離れた位置まで移動する。五分ほどの通話を終えて戻ると、奈々がきょとんとした顔で僕を待っていた。
「電話?」
「ああ、公園の管理所に確認してみた。やっぱりこのエリアには、六角形の特設花壇があったらしい」
「えっ」
奈々は素っ頓狂な声を上げて、二、三度ぱちぱちと瞬きした。
「それを聞くためだけに、わざわざ電話したの?」
「ああ、こういうのは管理してる人間に聞くのが、一番手っ取り早いだろ?」
何が引っかかっているのか、奈々は考え込むような素振りを見せる。考え込む姿も可愛いな、なんて思いながら眺めていると、不意に奈々が微笑んだ。
「……やっぱ最高だね、悠斗って」
「……そうか?」
「うん♡」
奈々はスキップで僕の横に並ぶと、腕を組んだ。それから甘えるようにしなだれかかってくる。腕に柔らかな感触と、僕より少し高い奈々の体温が伝わってくる。
「ね、なんか甘い物食べたくなってきちゃった。クレープ食べに行こっ♡」
ご機嫌な奈々に腕を引かれて歩き出す。なんだかよく分からないが、今日も奈々の興味をひくサイコパスの枠は、奪われずに済んだようだ。
――
「――て感じでね、すごいんだよ、悠斗って」
明かりを落とした薄暗い部屋で、奈々はスマホスタンドに置いたスマホに向かって話しかける。スマホと耳の間にぶら下がるイヤホンの紐が、ブルーライトに照らされている。
「……そんなことないよ、本当にかっこいいの! はぁ、電話かけた後になんてことない顔してた瞬間……ほんと、最高だったなぁ♡」
電話口の無理解な話者に頬を膨らませて怒った後、奈々は目を細めて微笑む。
「……うん、うん、分かった。日本に帰ってきたら、その時紹介してあげる。うん、おやすみミナト」
長い爪が当たらないよう慎重にスマホの画面を操作して電話を切り、奈々は伸びをした。薄いキャミソールの下から白い腹部がちらりと覗く。
「ふふ、なんだか今日は良い夢が見れそう。悠斗が出てくるといいなー♡」
スマホを手にしたまま寝転んで、奈々は長い睫毛に縁取られた瞼を閉じた。握ったスマホの画面には、"ミナト"という相手からのおやすみメッセージの通知が届いていた――




