第44話
突如として備品倉庫内に響き渡った轟音に、倉庫内の全員の視線が、一斉に音の発生源へと向かう。
「な、なんだぁ!?」
男の一人が大声を上げた。
それもそのはず。轟音の正体は、備品倉庫の壁をぶち破って現れた、小型のホイールローダーなのだから。ホイールローダーはアーム部分を下げたまま、真っ直ぐ室内に――男たちの方に突っ込んでくる。
「う、うわぁぁぁあああ!」
一人が大声を上げて横に飛び退いた。先程まで男が立っていた場所を、雨の雫を振り撒きながらホイールローダーが容赦なく突っ切っていく。そのままエンジン音を唸らせながら、ホイールローダーは突き進む。堪らず男たちが叫びながら、次々左右に飛び退いた。
ホイールローダーは停止する気配を見せないまま、奈々と久住屋の方へと走る。
「……チッ! なんだってんだ!」
久住屋は奈々から手を離し、ホイールローダーの直進方向から逃れるように避ける。――だが、ホイールローダーはギリギリと嫌な音を立ててタイヤを回転させると、久住屋の方へと進行方向を変えて走り出した。
「おい! どうなってんだよ!」
久住屋はホイールローダーに背を向けて走り出す。走る久住屋を追うようにホイールローダーが走る。周辺にいた男たちもギャアギャアと汚い悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「てめぇ! 誰が運転してやがる!」
久住屋が怒号をあげるが、運転席など確認している暇はない。ホイールローダーのアームが久住屋に肉薄する。すんでのところで横にかわしても、ホイールローダーはまた進行方向を変えて久住屋を追う。
不意に久住屋がバランスを崩して床に転倒した。久住屋が立ち上がるのを待たずに、ホイールローダーは容赦なく久住屋へと向かっていく。
「うおわぁぁぁあああ!?」
なんの躊躇いもなく自分を轢こうとする鉄の塊に、とうとう久住屋の心は折れたようだった。震える膝で立ち上がり、備品倉庫の壁に空いた穴へと走っていく。
「どけ!」
久住屋が穴の近くで呆然と立っていた佐藤に叫んだ。佐藤の顔面は蒼白だった。虚ろな目は何も映していない。久住屋はそんな佐藤の様子に気づかず、一直線に穴へと走った。
ドンッ。
久住屋と佐藤がぶつかる。普段の久住屋なら、簡単に佐藤を弾き飛ばしていただろう。だが、今の久住屋は動揺して膝が笑っている状態だった。思うように体が動かず、足がもつれる。
ゴンッ。
よろけた久住屋の頭が、倉庫内に置いてあった木箱にクリーンヒットした。久住屋はしばらくヘロヘロと意味もなく回転した後、床に倒れた。昭和のギャグ漫画のような、見事な気絶だった。
「ちくしょう! 逃げるぞ!」
他の男たちがバタバタと逃げる。その背中を最後までしつこく追い回していたホイールローダーだが、佐藤も含めた不良たちが倉庫から逃げ出して行くと、ようやく動きを止めた。
ホイールローダーの運転席のドアが勢いよく開かれる。
「――奈々!」
聞き馴染みのある声に、奈々は顔をあげる。何度も聞いた声だった。懐かしい声だった。
「……悠斗?」
運転席から降りてきたのは、紛れもなく悠斗だった。びしょ濡れの部屋着姿で降りてきた悠斗は、扉に服を引っ掛けて無様にもホイールローダーから転げ落ちる。それでもすぐに立ち上がって、奈々の方へと走ってきた。
「無事か!? 何もされてないか!?」
「……助けに、来てくれたの?」
「当たり前だろ!」
悠斗は腫れ上がった奈々の頬を見て顔を顰めた後、奈々の全身をくまなくチェックした。それから、他に大きな怪我がないと知って、ほっとため息を吐く。
「良かった、間に合って」
悠斗が笑う。薄暗い備品倉庫の中で、奈々には悠斗の笑顔だけが輝いて見えた。
「……その、車は?」
奈々がホイールローダーを指差すと、悠斗は「ああ」と小さく呟いて、照れたように頬をかく。
「外に鍵がささったまま放置されてたんだよ。ここの施設の物なんだろうな。勝手に使ったこと、後で謝らないと」
「……放置されてた重機を盗んで、ここに突っ込んできたの? ……アタシを助けるために?」
奈々は呆けた声で尋ねる。怒られると思ったのか、悠斗は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……改めて言われると、まあやばいことしてるよな、僕。窃盗に器物損壊。あ、建造物侵入罪にもなるのか?」
悠斗は自分の罪状を指折り数えた後、顔色を悪くする。
「うわぁ……これで逮捕とかになったらどうしよう……刑務所の中で貴重な十代を過ごすとか、時間の無駄にも程があるぞ……」
「……ありえない」
背後から聞こえてきた声に悠斗が振り返ると、ようやく起き上がったらしいミナトがふらふらと近づいてきていた。
「おい、大丈夫か? 頭から血出てるぞ」
悠斗が心配して声をかけるが、ミナトは反応しない。ただ呆然とした顔で悠斗を見つめる。
「ありえない、君は、なんでこんなこと」
うわ言のように呟きながら、ミナトは悠斗に近づいた。
「なんでって言われてもなぁ……」
悠斗は答えあぐねるように首を捻る。




