第42話
僕は大きなため息を吐いた。
今にも雨が降りそうなほど風が強まっている。風に乱された髪を手櫛で直そうとするが、上手くいかない。
対するミナトは風で髪が乱れても、その乱れすら何だか様になっている。
面白くないな、と思う。神様ってやつは、こいつに何でもかんでも与えすぎだ。
「……それ、警察に」
「一応、言ったんだけどね。でも明確な目撃情報ではないし、警察としてはその可能性もあるってことで、まず本人たちの所在確認からしないといけない。それから本人たちに連絡がついて……って考えると、そこそこ時間がかかりそうだよね」
ミナトの言葉に俯く。拳を握りこんで、自分の太ももに叩きつけた。鈍い痛みが走る。
「どうしようもないってのか……!」
「ってことも、実は無いんだよね」
顔を上げると、ミナトは真剣な表情をしていた。
「ついさっき、佐藤くんらしき人が、自転車で爆走していくのを見たよ。恐らく学校方面。ここから自転車で行ける範囲で、不良生徒のたまり場になりそうな場所なら、いくつか思い当たる」
「じゃあそれ、警察に……!」
ミナトは呆れたように目を細めた。
「何度も言ってるだろう。警察はたかが高校生の推理ごっこに真剣に付き合えるほど暇じゃないんだ。僕らの推理はそうかもしれないっていう、妄想に過ぎないんだから」
「でも……!」
ミナトはため息を吐いて、もたれていた街灯から体を離した。それからスマホをいじり始める。握りしめていた僕のスマホが震える。
画面を見ると、ミナトからマップの情報が届いていた。いくつかの場所が赤くハイライト表示されている。
「まあ警察に言いたいなら、好きにするといい。僕はそれを待ってはいられないから、先に行かせてもらうよ」
「行くって……」
ミナトがニヤリと笑う。
「もちろん、奈々がいる場所の候補に。これで僕が奈々を助けられたら、僕は奈々の理想のサイコパスになれるからね」
僕は唇を引き結んでミナトを睨む。
「……相手が何人いるか、分からないだろ」
「まあ大丈夫だよ。僕、こう見えて格闘技の経験があるんだ。結構強いんだよ」
ミナトは飄々とした表情でそんなことを宣う。
「……何してくるか、分からないぞ」
「何だい? まさか心配してるわけでもあるまい」
「心配するだろ、当たり前に」
僕の言葉に、ミナトはきょとんとした顔をした。
「心配? してるのかい? 君が、僕を?」
「当たり前だろ。僕のこと鬼かなんかだと思ってるのか? 人を誘拐するようなやつのところに単身で行こうとするやつ、嫌いな奴でも心配に決まってるだろ」
ミナトは口を開けたまましばしフリーズした。かと思えば、突然腹を抱えて笑いだす。
「おい! 人が心配してやってるのに!」
「くく、ごめん……でも、面白くて。いや、本当に面白いよ、君。アハハ……」
ミナトはひとしきり笑った後、僕を見つめた。グレーがかった瞳は何故かキラキラしている。
「ありがとう、悠斗くん。でも心配しないで。あと、この件で奈々の心が僕に移っても、恨まないでね」
「ほざいてろ」
食い気味に怒鳴ると、ミナトはまた少し笑った。それから軽く手を振って、公園の向こうへと去っていった。
その後ろ姿を見つめながら、僕はスマホで電話アプリを開き、一一〇番にかける。
「もしもし、警察ですか? ……はい、はい。上野の誘拐事件のことで、ちょっとお話したいことが……ええ……」
警察への通報を終えた後、僕はスマホを握りしめた。
一つ息を吐く。落ち着くようにトントンと自分の胸を数度叩いた。それから、勢いよく走り出す。
ミナトがどの候補に向かったかは分からない。それでも、行かないわけにはいかない。奈々を助けるためには。
探して見つけ出した後のことなんか考えていない。ミナトみたいに腕っ節に自信があるわけでもない。飛び込んで行ったって、多分ボコボコにされるだけだろう。
そもそも見つけられるかだって分からない。さんざん走り回った挙句、候補が全部ハズレだったり、警察が全部解決してるオチかもしれない。
頭の中でいくつもの言い訳が浮かんだ。コスパが悪い、タイパが悪い。頭の中に浮かんだそれらの言葉を振り切るように、ただ走る。
関係ない、奈々が危ない目にあってるっていうなら。
コストもタイムも、知ったことか。
頭上でまたゴロゴロと雷の音がしたかと思えば、空が明滅した。どこからか雨音が地面に打ち付ける音がする。やがて前方からカーテンを引くように、雨の境界線が現れた。
迷わず飛び込んでいく。急いで出てきたから傘なんか持ってない。全身がずぶ濡れになるが、それもどうでもよかった。
――待ってろよ、奈々。
そう心中で呟きながら走る。僕のみっともない姿を嘲笑うように、どこかで雷が落ちる音がした。




