第4話
「ミステリー・サークルができたんだって!」
開口一番嬉しそうに告げる奈々を見ながら、僕はお昼ご飯の菓子パンの袋を開けた。
体育館裏は今日も日陰が多く、じめっとしている。そのせいなのか、昼休みだというのに僕ら以外に人の姿はない。
体育館に繋がる階段に並んで腰をおろし、僕が菓子パン、奈々が手作り弁当を食べるのも、そろそろ恒例行事になってきた。
――そしてその度に、奈々がおかしな噂を持ち込んでくるのも。
「……ミステリー・サークル、ねぇ」
ミステリー好きが集まるサークル、のことではないだろう。恐らく奈々が言うところのミステリー・サークルは、畑の作物が円形になぎ倒される超常現象のことだ。
その証拠に、奈々の目は日陰では眩しいほどキラキラと輝いている。
「そう! ミステリー・サークル! 恩賜公園に突如として現れたって、超ウワサになってるの!」
奈々は喋りながら、膝の上に載せていた弁当箱の蓋を開けた。その中に詰まった色とりどりのおかずに、思わず釘付けになる。
真っ黄色の卵焼き、タコさんウインナー、真っ赤なミニトマトにポテトサラダ。ご飯の上にはそぼろと桜でんぶが半々に載せられている。いつ見ても美味しそうなお弁当だ。
「そんなにじっと見なくても、分けてあげるって」
僕の視線に気づいた奈々がくすくすと笑う。恥ずかしくなって目を逸らしそうになったが、それはサイコパスっぽくないんじゃないか? と思い、あえて不敵に笑ってみせる。
「ふ、お手並み拝見といこうかな」
「はいはい、あーん♡」
くそ、流石に顔が赤くなっている気がする。こればかりは、何度されても慣れそうにない。
無心で差し出された卵焼きを口に入れ、咀嚼する。内側が半熟の卵焼きは口の中でとろりと溶け、卵と砂糖の甘みが口内に広がった。
「お味はどうですか〜?」
「……美味い」
「良かった♡」
ぶっきらぼうに答える僕に、奈々はとびきりの笑顔を見せる。可愛い。まさかこの僕が、美少女に手作り弁当をあーんされる日が来るとは。
「それでね、ミステリー・サークルの話なんだけど、発見したのは陸上部なんだって!」
奈々は喋りながらトマトを頬張る。一瞬頬がトマトのかたちにぷくっと膨れた。すぐに飲み込んでから、奈々はまた口を開く。
「夏のインターハイに向けて頑張ろうって意気込んで、恩賜公園を走ってたら、ミステリー・サークルを見つけたらしくて!」
「ああ、インターハイ……運動部って大変だよな」
菓子パンを齧りつつ適当に返事をする僕のことなど気にもとめず、奈々はポテトサラダを食べながらうっとりと目を細める。
「恩賜公園に突如現れたミステリー・サークル! これってさぁ……」
やはりそう来たか。僕はため息を吐きそうになりながらパンを飲み込む。購買で120円のクリームパンは、今日もパサついて味気ない。
「……サイコパスの仕業かも!」
「公園にミステリー・サークルを作るサイコパスってなんだよ。どういう目的でそんなことするって言うんだ」
「それが分からないからサイコパスなんじゃん!」
奈々はぷくっと頬を膨らませる。僕が話に食いついていないことにご立腹らしい。
「当てずっぽうで言ってるんじゃないから! ちゃんと根拠があるの!」
「へえ、根拠ねぇ……どんな?」
さして興味が引かれたわけではないが形式的に質問すると、奈々はにんまりと微笑む。勝ち誇った笑みは小憎たらしいが、どうしようもなく可愛い。
「なんとね、このミステリー・サークル。逆ミステリー・サークルなんだよ!」
「……逆? どういうことだ?」
理解できずに顔を顰める僕に、奈々はびしっと人差し指を突きつける。
「それは見てからのお楽しみ! てことで放課後行こうよ、恩賜公園!」
「……はぁ」
ため息を吐きつつ、前髪を弄る。放課後、二人で恩賜公園。脳内で導き出されたデートの三文字を脳みその端に追いやるのに、若干の労を要した。
「恩賜公園ね、いいけど。まあ、別に? 予定とかないし」
「やったぁ! じゃあ決まりっ!」
努めて平静を装ったつもりだったが、声に妙な上擦りと吃りが混ざった。全くサイコパスらしくない。気をつけなければ。
そもそも意識しているのは僕だけで、奈々は全くの平常運転に違いない。今の奈々の脳内には、ミステリー・サークルに対する純粋な興味しかないだろう。嗚呼、悲しいかな片想い。
「ねえねえ、悠斗?」
一人物思いに耽っていると、トントンと肩を叩かれる。隣に座る奈々の方に顔を向けると、文字通り目と鼻の先に奈々の顔があった。あまりの近さに、思わず呼吸が止まる。
「放課後に二人で、なんて。なんかデートみたいだね♡」
囁き声で呟いて、奈々はえへへ、とはにかむ。手の中で菓子パンの袋がぐしゃり、と不快な音を立てた。




