第3話
(――そんなわけで、平凡な男子高校生である僕は、片思い相手の奈々のためにサイコパスのフリをすることになったのであった)
回想終了。
何度思い返しても、己のアホさ加減に腹が立つ。なんだサイコパスのフリって。本当にそんなもの、通用するとでも思っているのか。
しかしこの日から、奈々の僕に対する態度が変わったのも事実だった。
何ならあの校舎裏の一件まで、僕は奈々に認識すらされてなかったらしい。翌朝登校してきた奈々が教室にいる僕の顔を見て、相当びっくりしていたからな。
『えー! 悠斗じゃん、なんでここにいるの!?』
ってな。どんだけ影が薄いんだ、僕は。
紆余曲折ありつつ、奈々と僕は今のところ良好な関係性を築いている。それもこれも、僕の弛まぬ努力の結果だ。
なんの努力かって? 決まっている、サイコパスを装うための努力だ。
僕の調べたところによると、どうもサイコパスって言葉には明確な定義がないらしい。ざっくり良心や共感性が欠如した人のことを指す言葉のようなので、毎日手探りでサイコパスっぽい言動をする日々を送っている。
こんな関係が上手くいくはずがないと分かっている。分かっているが、やめられない。なんたって好きな女子の方から、目にハートを浮かべて擦り寄ってきてくれるのだ。
こちとら彼女いない歴イコール年齢の非モテである。こんなチャンス二度とない。しかも相手は、この学校一美人のギャルと来た。宝くじで一等当てるよりありえない確率だ。
「ねえ悠斗、また新しいサイコパスクイズ見つけちゃった。一緒にやろ?♡」
今も奈々はスマホ片手に、僕の袖をくいくいと引っ張っている。こてんと首を傾げて甘える様は、とんでもなくあざとい。そして可愛い。
「全く、しょうがないなぁ……」
奈々のスマホに表示された予習済みのサイコパスクイズを確認しながら、僕はさも気乗りしないようなフリをする。
嘘がバレればきっと奈々は僕を軽蔑して、口もきいてくれなくなるだろう。それでも、いつか僕の嘘がバレるまで、この関係性を楽しみたい。
なんて感傷的な気分に浸っていると、不意に騒々しい声が廊下から響いてきた。きゃいきゃいと甲高いその声は、こちらに向かってどんどん近づいてきている。
ガラッとドアが開いて、声の主たちが顔を覗かせた。現れたのはいかにも派手なギャルグループだ。彼女たちの視線は、窓際にいた奈々に吸い込まれる。
「あー! 奈々いたー! ねえ、カラオケ行かない?」
三人組のギャルたちは、何がそんなに楽しいのか、キャッキャとはしゃぎながら近づいてくる。奈々に声をかけたのは特に目立つ金髪のギャルで、韓国アイドルみたいな華奢な手をぶんぶんと振っている。
「あー、ごめんパス! 今日は悠斗とサイコパスクイズやるんだー。ね?♡」
対する奈々は気のない返事をした後、こちらを向いてにこりと笑った。三人組の視線が一斉にこちらに向けられる。奈々に向けるのとは違う、絶対零度の視線が突き刺さった。
「え、噂のゆーと君って、これ?」
「まじ? 趣味わる……」
金髪ギャルの後ろの女子二人がこちらを見ながら、小声でくすくすと笑う。全部聞こえているが、聞こえるように言っているんだろう。大丈夫、泣いてない。
「ウソー! せっかく奈々の好きそうな話持ってきたのに……」
金髪ギャルはスマホを弄った後、画面をこちらに向けてきた。画面には写真が表示されていて、どうやらマンホールの蓋を撮影したもののようだ。蓋の右上に、何か白いペンキのようなもので、丸が描かれているのが見える。
「恩賜公園のマンホールに、謎のマークがあるんだって。奈々好きっしょ、こういうの? カラオケのついでに見ていこうよ」
奈々の方に視線を向ける。奈々は食い入るように画面を見つめていた。その瞳が好奇心に輝いているのを見て、頬が引き攣る。まさか、"また"なのか。
唐突に奈々がこちらを向く。キラキラと眩しい笑顔で、奈々は口を開いた。
「ねえ! マンホールの蓋に謎の印だって! 今度こそ、サイコパスの仕業じゃない!?」
――始まった。
僕は頭を抱えてその場にしゃがみこみたい気持ちをグッと堪える。
奈々にはとんでもない悪癖がある――不思議な事件の匂いを嗅ぎつけては、そこにサイコパスの存在を妄想する癖だ。
元々ホラーが好きな彼女は、謎や不思議を放っておけないらしい。そしてそんな彼女の元には、学校中の不思議な事件の情報が集まってくる。
彼女の気が他の存在に向いてしまわないよう、不思議な事件を解決する。それが、サイコパスのフリとともに、僕がしなければならないことだった。
「いいかい奈々。さっきも言ったけど、サイコパスなんてそうそういるもんじゃないんだよ……」
そこで言葉を区切って、僕はニヤリと不敵に笑う。
残虐で、冷酷で、魅力的な人間に見えるように振る舞いながら、
「どんな謎も不思議も、本物のサイコパスであるこの僕の前には通用しないよ」
――今日も、そんな嘘をつく。
「え、本物のサイコパス……って何?」
「イタ過ぎ……」
――心にちょっぴり、傷を残しつつ。




