第2話
「アタシ、サイコパスにしか興味ないんだよね」
麗らかな昼下がり。ゴミ出しじゃんけんに負け、えっちらおっちらとゴミを運んでいる最中、不意にそんな言葉が聞こえてきた。
思わずゴミ袋を抱えて、近くの掃除用具入れの影に隠れる。声のした方をうかがうと、一組の男女が話し合っていた。男の方は誰だか知らないが、自分と同じように真新しい制服を着ているあたり、同学年の誰かなのだろう。
一方、女子の方には明確に見覚えがあった。いや、見覚えがあるなんてもんじゃない。明るいブラウンの髪を風に靡かせて佇むその姿は、どこからどう見ても浦野奈々――僕が入学式に一目惚れした、クラスメイトの女子生徒だった。
「さ、さいこぱす? サイコパスってあの……ホラー映画とかに出てくる……?」
困惑した様子の男子生徒は疑問符だらけの言葉を口にする。奈々はぱっと目を輝かせた。
「そう! そのサイコパス! もしかしてキミ、ホラー映画とか好きなタイプ?」
「いや、ホラーはあんまり……」
「……あっそ」
期待に輝いていた瞳は、男子生徒の言葉に途端に光を失う。奈々はため息を吐いた後にスマートフォンを取り出し、つまらなそうに弄り始めた。
「……え、もしかして俺、振られた?」
「もしかしなくても、そうなんじゃん?」
奈々はツインテールの毛先を指先にくるりと巻き付けながら、冷たい瞳で対面する男子生徒を見つめる。その目には相手に対する一切の興味が感じられなかった。
「いやいや! 納得できないって! サイコパスがタイプとか、意味わかんないから!」
大声を出して詰め寄る男子生徒に、奈々は露骨に眉間に皺を寄せた。ただでさえ近寄り難い雰囲気を醸し出す美貌に拒絶の色が浮かび、男子生徒は一瞬たじろいだ様子を見せる。
が、意を決したように胸を平手でどんと叩いてから、男子生徒は口を開く。
「俺に足りないところがあるって言うなら直すからさ! ちゃんと、真面目に考えてくれよ!」
「……そこまで言うなら」
奈々が心底面倒くさそうに腕を組む。まさか、この男子生徒の告白を受ける気なのだろうか。思わず二人の前に飛び出しそうになった時、奈々はにこりと、天使のように微笑んだ。
「アタシが出したサイコパスクイズに、サイコパスっぽい回答が出来たら、考えてあげてもいいよ♡」
「……さ、サイコパスクイズ?」
今度こそ意味がわからないと言うように、男子生徒は呆然と奈々を見つめる。しかし奈々は男子生徒の様子など、どこ吹く風で、楽しげにくるりと一回転した。校則違反な丈感のスカートが危なげに翻る。
「そう、サイコパスクイズ。やったことない?」
「ああ、まあ一応……友達とやった覚えはあるけど……。質問の答えで、サイコパスかどうか分かるってやつだっけ?」
「そうそう、それ。じゃあ、あんま有名じゃないやつ出すね」
奈々は手元のスマホに素早く何事か打ち込んだ。しばらく画面をスクロールした後、にんまりと微笑む。
「よし、これにしよっと。――ある男は、宝くじで一等を当てた。その夜、男は妻を殺してしまった。一体何故?」
読み上げられたクイズに、思わず目を見開く。その文言には聞き覚えがあった。
どこだ? どこで聞いた?――思い出した、授業中にこっそりSNSを巡回している時に、たまたま流れてきたのだ。答えは、一体なんだったっけ――
僕が記憶の糸を手繰り寄せている間、男子生徒は混乱したように頭を掻いていた。
「それは……やっぱ、賞金を独り占めしたいからじゃね? ほら、家族がいると横取りされるかもだし」
月並みな男子生徒の答えに、奈々は深い深いため息を吐いた。男子生徒を見つめる瞳には、心底呆れたという感情がありありと浮かんでいる。
「……残念、不正解。じゃ、これで話は終わりってことで――」
「――釣り合いを取るためだ」
その場を立ち去ろうとする奈々の姿を見て、思わず隠れていた掃除用具入れの裏から飛び出す。振り返った奈々の瞳には、驚きと困惑が見て取れた。
「……は?」
「宝くじで一等を当てるなんて幸運があれば、同じだけの不幸が訪れるかもしれない。男はいつか来る不幸を待つより、自ら不幸になって釣り合いを取った方が良いと考えたんだ。そうだろう?」
一瞬奈々の瞳が期待に煌めいた。しかしすぐに警戒した様子で目を細める。
「……随分あっさり答えるね。もしかして、パススタか何かで、答え見たんじゃないの?」
図星だ。しかし、ここで図星だと見破られれば、奈々は自分を軽蔑するに違いない。彼女が好きなのはサイコパスであって、インターネットで見たサイコパスクイズの答えを知っている凡人ではない。
一呼吸しっかり息を吸って脳に酸素を行き渡らせた後、僕は余裕そうに肩をすくめてみせた。ハッタリでも何でもいい、とにかく彼女の気を引きたかった。
「パススタ? ああ、SNSのことか。そんなものはやってない」
僕の答えに、今度こそ奈々は驚いた様子だった。口を開け、呆けた表情でこちらを見ている。あと一押しだ。
「SNSなんて、弱者が自分に都合が良いように脚色した情報を載せる場所だろ? そんなもの、見たってコスパが悪いだけだからね」
二人の間を風が通り抜ける。ふわりと風に舞う桜の花びらを映して、桜色に染まった奈々の目がキラリと輝いた。
「……それ……その答え……最高じゃん!」
紅潮した頬に手を添え、奈々はうっとりと目を細める。伏し目がちにこちらを見つめる官能的にも思えるその表情に、つい僕は生唾を飲み込んだ。
「キミ、名前は?」
「……あ、ああ、悠斗。秋津悠斗だ」
「……そう。悠斗、ね」
突然の名前呼びに困惑する暇も無く、突如全身を衝撃が襲う。体勢を崩さないように足に力を入れるのに一拍、前方から飛びついてきた物体を抱きとめるのに一拍置いた後、その衝撃が、奈々が勢いよく抱きついてきた衝撃だと気づいた。
ローズ系の香水の匂いに混じって、ほんのり砂っぽさと汗の香りが鼻をくすぐる。そういえば三限は体育だったな――なんて、場違いな感想が頭に浮かんだ。
「アタシ、浦野奈々。これからよろしくね、悠斗♡」
声も出せず、頷くことしかできない。
上半身に感じる生暖かい人肌の温度と柔らかさを噛み締めつつ、僕はこれからの学生生活においてサイコパスのフリをすることと、帰ったらSNSを全て削除することを心に決めたのだった――




