表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
39/47

第39話

 翌日も、登校するとイタズラが施されていた。

 今度は奈々の机がカラースプレーでめちゃくちゃに塗られている。

 ツンとした塗料の匂いが、教室の入口まで漂っていた。

 赤や青、黄色、黒で派手に着色された机の周りに教師陣が集まって、難しい顔をしている。


「これはさすがに……」


「やはり警察に……」


 ごにょごにょと小声で何事か相談する大人たちの姿を見ながら、僕は教室の扉にもたれかかる。

 正直昨日の下駄箱の件で通報したっておかしくなかったと思うが、教師としては穏便に済ませたい意図があったらしい。学校に警察が来るというのはそれだけで外聞が悪いのだろう。

 

 まして校内で起きたこと。犯人が本校の生徒だった場合、いじめ疑惑など別の問題が浮上しかねない。

 つくづく大人というのは自分のことばかりだな、と肩をすくめると、すぐそばに立っていたミナトが小さく笑った。


「どうする? 警察が来るかもしれないってさ」


「いいだろ別に。本来こういうのは、ちゃんとした機関が捜査するべきものなんだよ」


「それはそうかもしれないけどさ」


 ミナトはまだ何かを囁きあっている大人たちに目を移す。


「それならそうと、昨日の下駄箱の時に通報すれば良かったのに。外聞を気にして、初手が遅れるなんて……って思ってるでしょ」


「ああ。そしたら下駄箱からも何か証拠が見つけられたかもしれない。今はもうみんなが面白半分で触ったから、指紋もつきまくってるだろうな」


「まあ、勝負のためには好都合だったんだけど」


 僕が睨むと、ミナトは余裕の笑みを浮かべる。


「どうしてお前はそんなに、僕に勝ちたいんだよ」


「決まってるだろう、奈々が好きだからだよ」


「……本当に?」


 ミナトはこちらを見て、数度目を瞬かせた。きょとんという言葉が似合う表情をしている。


「どういう意味?」


「……いや、昨日からお前、勝負のことばっかりだからさ。奈々のこと、ないがしろにしてる気がして」


 ああ、と小さく呟いて、ミナトは僕から視線を外す。どこかぼんやりとした様子で虚空を見て、ミナトは口を開く。


「……僕は多分、君ほどには奈々のことを思っていないんだろうね」


「どういうことだ?」


「分からないんだよ、好きとか嫌いとか」


 ミナトは指先で、男子学生にしては少し長めの髪を弄ぶ。


「奈々のことは好きだよ。でもそれが特別なのかよく分からない。どうにも周りの人の恋のエピソードと、僕の感情はリンクしない」


 僕は頷きもせずにミナトの言葉を聞いていた。ミナトも返事を期待していないのか、勝手にペラペラ喋り出す。


「ときめく。心を揺さぶられる。そういうのが、全部よく分からないんだよね。相対的に見て奈々は魅力的な異性だし、関わってきた期間も長い。好感度が高いのは、当然のことだと思うんだけど」


「……お前は」


 僕は口を開く。


「本当にサイコパスなんだな」


「そうみたいだね。色々調べた上で自認しているよ」


 ため息を吐くと、ミナトはくすくすと笑った。腹立たしいほど上品な笑いだった。


「その割に、勝負してる時は随分楽しそうだな」


「うん。君のこともそれなりに気に入ってるからね。偽物のサイコパスくん」


「勝手に言ってろ」


 教師たちがバラバラと動き出す。担任教師がこちらに近づいてきて、空き教室に移動するように指示を出した。皆がのそのそと移動するのに合わせて、僕も足を踏み出した。


 ――


「ねえ、誰がやったんだろうね」


 空き教室ではコソコソと囁き声の大合唱が始まっていた。みんな声を潜めてはいるが、あまりにも皆が皆同じ話題で喋るので騒々しい。


「他の人なら分かるけど、浦野さんでしょ? 恨まれること無さそうなのにね」


「あれじゃない? ストーカーとか」


 コソコソと話すクラスメイト達を、ギャル軍団が教室の隅から睨みつけている。それでも一度火がついた噂話は止まらない。


 アヤノと目が合った。アヤノの唇がパクパクと音もなく動く。


 『は・や・く・な・ん・と・か・し・ろ』


「……そう言われてもねぇ……」


 僕が肩を落とした時、担任教師が教室に入ってきた。


「静かに。出欠を取るぞ」


 担任教師は名簿を片手に一人一人名前を読み上げていく。出席番号一番の僕も、もちろん適当に返事をした。


「佐藤。……おい、佐藤はどうした?」


 担任教師が一人の生徒の名前を呼んだ時、空き教室の扉が開く。


「すみませぇん、遅くなりましたぁ……」


 ツンツン頭に眼鏡の少年がふらふらと教室に入ってくる。


「遅いぞ佐藤」


「すみませぇん……朝から久住屋くんに呼ばれて……へへ……」


 佐藤がへらりと笑うと、担任教師は眉を顰める。


「……また久住屋とつるんでたのか? 大概にしとけよ」


「へへ……」


 佐藤はへらへらと笑ったまま、空いている席にひょこひょこと向かう。


「久住屋って、有名な不良生徒だよね。確か、他校との喧嘩で一つの地域を地図から抹消したって噂の」


 横の席のミナトが僕に耳打ちする。僕は鷹揚に頷いた。


「話に尾ひれが付きすぎてるがそうだな。佐藤はよくそいつらのパシリやらされててさ。ただのパシリなのに、友達だと思い込んでるらしいんだ」


「それはそれは……」


 ミナトは微妙な笑顔を浮かべる。言わんとすることは分かるが、言わないでやるのも親切と言うものだ。


「……よし、全員揃ってるな。今日は自習が多めになると思うが、みんなしっかり勉学に励むように」


 担任教師の言葉に盛り上がる教室をよそに、僕は奈々の席を見る。

 奈々の顔は相変わらず暗かったが、その手元で僕があげたハンカチを握っていた。ピンクの長い爪がハンカチの上を滑るのを見て、僕は何とも言えない気持ちで天井を見上げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ