第38話
昼休み。僕とミナトはひと気のない空き教室で向かい合う。
「さて、君はどこまで分かったのかな?」
ミナトは自信ありげに微笑む。何か掴んでいるのだろう。癪だが、僕だってただ黙って見ていたわけじゃない。余裕を見せようと、僕は椅子に座って足を組んだ。
「いくつか、気になった点がある」
「へぇ」
ミナトが眉を上げる。
「まず犯人は内部犯、つまりこの学校の人間だ」
「それは、どうして?」
僕は人差し指を立てる。
「犯人は奈々の机や下駄箱にイタズラをした。言い換えれば、犯人は奈々の机や下駄箱の位置を正確に把握してたってことだ」
僕の推理に、ミナトは鷹揚に頷く。
「そうだね。机も下駄箱も、名前がついてるわけじゃないからね」
「ああ。奈々の机や下駄箱の位置を知るには、昼間に奈々の学校での行動を見ている必要がある」
それから僕は腕を組んで、眉間に皺を寄せる。
「ただ腑に落ちないこともある」
「ハンカチかな」
「そうだ」
僕が頷くと、ミナトは肩をすくめた。いちいち様になっているのが腹立たしいが、それはこの際どうでもいい。
「犯人がカラスだというなら、移動教室の間に物が無くなるのは理解できる。ただ、奈々の事件に関しては、犯人はカラスじゃないだろう」
「そうだろうね。カバンを閉めたり、ポストにぐちゃぐちゃのハンカチを入れたり、カラースプレーで落書きしたりするのは、どう考えても人間の仕業だろうね」
ミナトは背後のロッカーにもたれかかって長い足を組む。それだけでアイドルのポスターみたいだ。急に恥ずかしくなって、僕は足を組むのをやめる。
「だとしたら……犯人は、一体どうやってハンカチを持ち去った?」
「そこだよね」
ミナトはパチンと指を鳴らす。
「お前の調査ではどうだ? やっぱり奈々の言う通り、移動教室中に不審な人物を見たり、誰かが席を立ったりっていう証言はなかったのか?」
「うん。一組と三組。それから四組にも確認した。確かに授業中に、おかしな人物の侵入はなかったそうだよ」
うーん、と唸り、僕は天井を見上げる。教室の穴だらけの天井が目に入る。
もちろん誰かが故意に空けた穴ではない。うちの学校は多少の不良生徒はいるが、そこまで治安が悪くはない。確か吸音のための穴だったな、とどうでもいいことが頭に浮かぶ。
「謎だな」
「まあ、謎だよね」
しばしの静寂が空き教室を満たす。じっくり五分ほど経った後、控えめにミナトが笑った。
「うん、おおよそ僕と同意見だね。でも、一つ見落としがある」
「見落とし?」
首を傾げる僕を見下ろして、ミナトは唇を吊り上げる。
「ああ。それがあると、推理が一歩前進すると思うんだけどな」
「それは、何だ?」
僕の問いかけに、ミナトは答えない。ただ呆れたように眉を下げる。
「……本当に、奈々から聞いていたほどじゃないんだね、君は」
「喧嘩売ってるのか? 勝てないからやめてくれ」
僕は苦々しく吐き捨てる。アメリカ帰りの秀才様と比較されたら形無しだ。
「んで、結局何なんだよ、その見落としって」
ミナトは勢いをつけて、もたれかかっていたロッカーから体を離す。それから僕の目の前に歩み寄って、至近距離から僕を見下ろした。薄らグレーがかった西洋人形のような瞳には、何の感情も浮かんでいない。
「それは自分で考えなよ」
「……は?」
「だから、自分で考えるんだよ。どうして僕が、敵に塩を送らないといけないんだい?」
カッと目の奥が熱くなる。思わず立ち上がると、ミナトの顔が目の前に迫った。僕より少し高い位置にある目を睨みながら、僕は口を開く。
「この後に及んで、まだ勝負とか言ってるのか?」
「言うさ。真剣勝負だもの」
「奈々が危ない目にあうかもしれないんだぞ」
ミナトは薄ら笑いを浮かべる。こいつはいつもヘラヘラと、癪に障る笑い方をしてくれる。
「それは大丈夫だよ。僕の読みでは、犯人はまだ直接的には動かないはずだからね」
「その読みが外れたらどうするんだ」
「その時はその時だよ」
あっさりと言ってから、ミナトは目を細める。
「それに、その方が好都合だ」
「……は?」
信じられない言葉に呆然とする僕を見ながら、ミナトは顎に手をやる。
「奈々がどうしてサイコパスが好きなのか、聞いたことはあるかい?」
「……困ってる時に救ってくれそうだから、だろ」
僕は前に聞いた奈々の言葉を思い出しながら答える。ミナトは頷き、微笑んだ。ゾッとするほど美しい顔で。
「奈々がピンチになればなるほど、僕が奈々を助けた時、僕が彼女の理想のサイコパスになれる」
思わず飛び退いた。背後の机に当たって、鈍い音を立てて机が倒れる。
「……お前は、そんなことのために、わざと奈々を危険な目にあわせるっていうのか」
「僕が危険な目にあわせてるわけじゃないよ。結果的にそうなるというだけさ」
ミナトはくるりと僕に背を向けて、教室のドアへと向かう。
「まだ話は終わってないぞ!」
「終わったよ。少なくともこの場において、僕が君に伝えなければいけないことはすべて伝えた」
ミナトは扉に手をかけ、こちらを振り返る。
「だってほら、無駄な会話はタイパが悪いだろう?」
絶句する僕をよそに、ミナトは扉を開け、教室を出て行った。




