第36話
放課後。僕は立ち上がり、思い切って奈々の席に近づいた。
「帰り、送っていくよ」
奈々は驚いたように目を瞬かせている。奈々の周りにいたギャル軍団もぽかんとした顔をしていた。
「……えー、なんで秋津が? いや、別にウチらも奈々と用事あるわけじゃないけど……」
「でもなんか……ねぇ?」
あかりとカホがコソコソと話し出す。奈々の友人といっても、外野なんだから黙っていてほしい。
「えっ……と……」
奈々は眉を下げて、困ったように笑う。
「ごめん、アタシが元気ないから、気を遣わせたよね……」
「そんなことない。僕がそうしたいだけだから」
首を振って否定する。奈々の横でアヤノが考え込む素振りをみせた。
「……よし、送ってもらいな、奈々」
予想外のアヤノの言葉に、カホとあかりの目が点になっている。奈々も驚きを顔に浮かべていた。三人の顔をぐるりと見渡して、アヤノはため息を吐く。
「なんかよく分かんないけどさ、秋津は今の奈々を、一人で帰らせない方が良いと思ったんでしょ? なら、そうした方が良いんじゃない?」
「あ、ああ……」
僕は頷く。驚いた、まさかアヤノが助け舟を出してくるとは。
「あ、言っとくけど、変なことしたらタダじゃおかないから」
アヤノはにっこりと微笑む。まさに鬼の笑顔といった形相に、僕は力強く何度も首を縦に振ることになった。
「じゃ、奈々。また明日〜」
「うん、また明日」
アヤノたちと別れて昇降口に向かう。途中、奈々がくすくすと笑いだした。
「優しいよね、アヤノ」
「そうだな」
奈々の言葉に同意した時、目の前を爽やかな風が通り過ぎる。否、風のごとき爽やかさを纏ってミナトが通り過ぎた。周囲の女子生徒がざわつく。
「おい」
遠ざかろうとするミナトの背中に声をかけると、ミナトは振り向いた。
「おや、奈々と秋津くん。これから帰りかい?」
「ああ。お前は?」
「僕はこれから、例の調査にね」
ミナトはウインクする。男相手にウインクとかどこまでキザなんだと呆れながら、僕は口を開いた。
「一緒に帰らないか?」
ミナトは不思議そうに首を傾げる。
「一緒にって……何で?」
僕は周囲に話が聞こえないように、嫌々ながらミナトに近づき、声を潜める。
「心配だから奈々のこと、送って行きたいんだよ。でも、僕別に腕っ節に自信ないし……」
「……ああ、途中で襲われたらってこと?」
ミナトは少し考えた後、にこりと微笑んだ。
「大丈夫じゃないかな。まだ軽い悪戯程度だし、そこまでの大事は想定しなくて」
「そうかもしれないが、万が一ってことがあるだろ」
「うーん」
ミナトはまた少し考え込んでから、首を横に振った。
「悪いけど、その行動は非効率だと思うな。僕は僕で、調査を進めておくよ」
そう言い残すと、ミナトはひらりと手を振って立ち去ってしまう。
「おい!」
声をかけたが、その背中が止まることは無かった。肩を落とす僕に、奈々が苦笑いを浮かべる。
「……ね、ああいう人だから」
「……」
面白くない気持ちを抱えながら、改めて昇降口へと向かう。
靴を履き替え、帰路に着く。平日の午後の上野は人通りが多い。ここまで人がいるなら、僕が送って行かなくても問題はなかったんじゃないか? なんて疑問が頭に浮かんだ。
「ありがとね、悠斗」
不意に奈々が口を開く。
「心配してくれて」
「ああ……別にそんなこと、感謝されるようなことじゃないよ」
奈々はふるふると首を振る。その顔はいくらか明るくなっていた。
「ううん。感謝するよ。だって嬉しいんだ、悠斗がアタシのこと、心配してくれるの」
「……そうか」
照れくさくなりながら、上野公園をぬけてアメ横方面へと歩いていく。途中、観光客向けの土産物屋を目にして、僕は足を止めた。
「ちょっと待っててくれないか?」
奈々が不思議そうに頷くのを見届けてから、僕は土産物屋へと入る。目に付いた物を掴んでレジに通すと、足早に奈々の元へ戻った。
「待たせて悪い」
「ううん、大丈夫」
アメ横を抜けて住宅街をさらに十分ほど歩く。観光客の多い通りから離れると、上野の街は一気に下町の風情を帯びる。こぢんまりとしたビルや、コーヒーの良い匂いが香るくたびれたカフェが立ち並ぶ通りを歩いていると、青い瓦屋根の家が姿を現した。
「ここがアタシの家!」
奈々は玄関前の段差をぴょんと飛び乗る。家の前には、今朝奈々が写真で見せた郵便ポストが何の変哲もない状態で鎮座していた。
「奈々」
先程買った袋を差し出すと、奈々はきょとんとした顔をする。
「これ……元のやつとは全然違うけど……その……」
奈々は袋を受け取り、中身を取り出した。中身は黄色のハンカチだ。デカデカと有名なキャラクターがプリントされている。
「これ……くれるの?」
「……ああ」
奈々はハンカチを開いてしげしげと見つめた後、丁寧にハンカチを畳んだ。それから胸元で、ぎゅっと握りしめる。
「ありがとう、悠斗。大切にするね」
「……おう」
目を細めて、頬を赤らめながら奈々が微笑む。その顔が可愛くて、なおのこと照れくさくて、僕はそっぽを向いた。
「……じゃあ、僕はこれで」
「うん、また明日ね、悠斗」
「おう」
言葉少なに答えて、僕は奈々に手を振る。奈々が玄関扉をくぐって鍵を閉めるのを確認した後、僕は駅の方に向かって歩き出した。




