第35話
「やあ、調子はどうかな」
昼休み、ニコニコの笑顔でミナトが話しかけてきた。舌打ちしそうになるのを堪えて、僕は無理やり笑顔を作る。
「おかげさまで絶好調だよ」
「それは良かった。今、ちょっといいかな」
ミナトは親指で後方を指し示す。そこには未だ暗い顔をした奈々がいた。
「ちょっと君に相談したいことがあってね」
「……僕に?」
「そう。お昼でも食べながら話そうよ」
ミナトは手に持ったお弁当バッグを掲げる。ちらりと後ろの奈々を見ると、ひどく思い詰めたような顔をしていた。
「……お願い、悠斗」
「……分かった」
ため息を吐きながら立ち上がる。どうせ僕の昼飯なんて購買で買う、まずい菓子パンだ。飯がまずくなるような顔の男が同席しても変わりはしない。
「ありがとう、じゃあ行こうか」
ミナトが爽やかな笑顔で微笑む。別にお前のためじゃないぞと言う気持ちをこめて睨みつけると、ミナトは肩をすくめた。
――
いつもの体育館裏。梅雨を目前に、いつもよりジメジメとした階段に腰を下ろす。
「さて、じゃあ奈々から説明してくれるかな?」
ミナトの言葉に奈々が頷き、ぽつりぽつりと話し出す。
「実は……ここ最近、おかしな視線を感じてて」
「おかしな視線?」
「うん。学校にいる時も、帰り道も。ずっと誰かに見られているような気がするの」
奈々の顔色が悪かった理由に納得するとともに、僕は首を傾げる。奈々は可愛い。掛け値なしに可愛い。歩いていれば視線を感じるのは、いつものことではないのか?
「どんな視線なんだい?」
「それがね、何だかすごく嫌な視線なの。なんて言えばいいのかな……狙われてるというか、睨まれているというか。そんな感じ」
なるほど。普段奈々が向けられる好意的な視線とは違った種類のものらしい。それなら違和感を感じるのは納得だ。
「この前、カラスの事件があったでしょ」
「ああ……」
僕の中に、ミナトと勝負に負けた時の苦々しい感情が蘇ってくる。しかし今は関係がないので、頭を軽く振ってやり過ごす。
「あの時にね、アタシはハンカチを盗まれたって言ったでしょ。でも、用務員さんが回収した荷物の中に、ハンカチはなかったの」
「……別のカラスが盗った、とか?」
「ううん。そもそもアタシ、ハンカチをカバンに入れていたの。カラスがカバンを開けてものを出したとしても、元通りに閉めたりなんかしないよね」
話がきな臭くなってきた。僕は目を眇めて奈々を見つめる。
「それにね、犯人はカラスじゃないって、もう分かってるの……」
「どういうことかな」
ミナトが先を促すと、奈々は躊躇いがちに目を伏せた。それからスマホを操作して、一枚の写真を見せてくる。
それは郵便ポストの写真のようだった。蓋が開いていて、中身が見えている。その中にズタボロになった布のようなものが入っていた。
「これは……」
「……アタシの、なくなったハンカチなの」
奈々の言葉に、僕は絶句した。失くしたハンカチが、ズタボロになって、郵便ポストに入っていた? それじゃあまるで――
「……嫌がらせ、かな」
僕が思ったのと同じことをミナトが呟く。奈々も小さく頷いた。
「そうだと思う……誰かがハンカチを盗んで、イタズラしたんじゃないかな……」
全て合点がいった。あれほど明るい奈々が暗い顔をしていた理由。誰かが悪意をもって、奈々に嫌がらせをしていたのだ。
理解するとともに猛烈な怒りが湧き上がってくる。なぜ、誰が、一体何のために? 奈々は良い子だ。それは、短い付き合いの僕でも十分理解できる。
そしてそれは多分こいつも同じだろう、と僕は横のミナトを見た。ミナトは難しい顔をして考え込んでいるようだ。
「警察に連絡は?」
「してない。……ただのイタズラだし、これくらいで通報とかは……」
「いや、絶対にした方が良いよ。イタズラがこれだけで終わるとは限らないだろ」
奈々の身を案じて通報を勧めたが、奈々は困ったように眉を下げる。
「……このハンカチ、学校で盗まれたじゃん?」
「ああ、そうだけど……」
「……だから、警察呼ぶほど、大事にしたくなくて」
奈々の言いたいことが分かって、僕は頭を抱えた。学校内でものが盗まれたとしたら、その犯人は内部犯。つまり同じ学校のやつの可能性が高い。心優しい奈々は、同じ学校の人間を警察に売りたくないらしい。
「そんなこと言ったって……」
「もしかしたら、アタシが何か迷惑をかけちゃって怒っててこんなことしたのかもしれないし。なるべく平和に解決したいんだ」
奈々は僕を見つめる。その目は必死だった。
「お願い、悠斗」
「……分かったよ」
肩を落として答えると、奈々はホッとした様子で胸を撫で下ろした。
「……ちょうどいいじゃないか」
沈黙していたミナトが口を開く。その顔にはなぜか笑みが浮かんでいる。
「また勝負しようか、悠斗くん」
「……は?」
「君と僕、どちらがこの事件を先に解決できるか」
「……何言ってんだ、お前」
僕はミナトを睨みつける。勝負? 奈々の身に危険が迫ってるかもしれないこの状況で、何を言ってるんだ?
「悪い話ではないと思うけどね。奈々は警察に相談はしたくない。なら僕たちで解決するしかない。結果は変わらないんだから、せっかくなら勝負もしようと言ってるだけさ」
「そんなこと、言ってる場合じゃないだろ……!」
思わず掴みかかりそうになった僕の手を奈々が抑える。
「怒らないで悠斗。アタシは大丈夫だから」
「でも……!」
「いいの。こういう人なの、ミナトって」
奈々は困ったように笑う。なんで奈々がこいつを庇わなきゃいけないんだ。ミナトを睨みつけると、ミナトは飄々とした顔で笑う。
「それじゃあ、君の推理を期待しているよ、悠斗くん」
「勝手に話を終わらせようとするなよ……!」
僕の叫びを意に介さず、ミナトは空になった弁当箱の蓋を閉めて立ち上がると、そのまま立ち去った。




