第32話
「おー、なかなか散らかってるねぇ」
部屋に入るなり、奈々はキッチンに直行した。流しの中に置きっぱなしになっている皿を見て、奈々は苦笑する。それから冷蔵庫を開けた。
「あ、こっちは綺麗すぎるくらいだね〜! 調味料があるだけマシって感じ」
「ほっとけ……」
拗ねて呟くと、奈々はけらけらと笑う。
奈々の言う通り、冷蔵庫の中はほぼ空っぽだ。一人暮らしをはじめた時に自炊しようと調味料を一通り揃えたものの、最近のご飯といえばカップラーメンばかり。調味料が日の目を浴びる機会はほとんどない。
経口補水液やレトルト食品などを冷蔵庫に詰め込んで、奈々は冷蔵庫の扉を閉める。それからキッチンに適当に畳んであったエプロンを手に取った。
「これ、借りてもいい?」
「ああ、いいけど……」
奈々はエプロンを着けて、スポンジを手に皿を洗い始める。慣れた手つきだ。一人暮らしの僕よりよっぽど手際が良い。
「いや、そんな、洗わなくていいよ。さすがに申し訳ない」
「いいの! だって、このままだと料理しづらいし」
「……料理?」
首を傾げると、奈々はにっと笑う。
「そう! 悠斗、ご飯ちゃんと食べてる?」
「ああ、いや……」
「だと思った。頭、寝癖すごいもん。今の今まで寝てたでしょ」
なんてこった。僕は頭を押さえる。確かに手に触れる髪の感触から、かなり芸術的な寝癖がついていそうな気配を感じる。
「ご飯、食べれそう?」
「ああ、まあ何とか……」
「じゃあ作ってあげるね! お粥とかどう? 食べれそうかな?」
作ってあげる。作ってあげる? ……作ってあげる! 思わず飛び上がりそうになる。好きな子が看病に来て、ご飯を作ってくれる!? なんだそれ、どういうギャルゲーだ?
「え、い、いいのか……?」
「もちろん! まだ具合悪いでしょ? 悠斗は適当に座ってて〜」
皿を一通り洗い終わって手を拭いた奈々は、キッチンの横に突っ立っていた僕の背を押してリビングに向かう。ソファに半ば無理やり座らされ、僕はソファから奈々の姿を眺めることになった。
奈々はキッチンに戻ると、袋から冷蔵庫にしまわなかったものを取り出した。卵、パックご飯、小ネギ。
「連絡してご飯炊いておいてもらおうかと思ったんだけど、寝てるだろうから起こすのも悪いなと思って」
奈々はパックご飯をレンジに突っ込んで温め始めた後、卵をボウルに割る。菜箸で溶き卵にしてから、鍋に水を入れて白だし、薄口しょうゆ、みりんを入れて、中火で温める。
「あ、いい匂い」
部屋に出汁の香りが広がる。思い出したようにお腹がぐうと鳴った。普段家で出汁を使うようなちゃんとした料理を全然しないせいで、家の中でこの匂いがするのがなんだか面白い。まるで自宅が料亭になった気分だ。
くだらないことを僕が考えている間に、奈々は温め終わったご飯を沸騰した鍋に入れる。鍋が落ち着いた隙にご飯をほぐす。また鍋が沸騰した頃に火加減を弱火にし、しばらく煮た後溶き卵を流し入れた。
それから火を中火に戻してしばらく加熱してから、火を止める。適当な深皿に盛り付けた後、小ネギを刻んで軽く散らす。
「お待たせ〜!」
お盆に皿を載せて、奈々がこちらに向かってくる。目の前のテーブルに皿が置かれた。卵粥が夕焼けを反射してキラキラと輝いている。ほかほかの湯気が顔に当たって暖かい。
奈々が匙で粥を掬う。ふーふーと息を吹きかけて冷ました後、奈々はこちらに匙を差し出した。
「はい、あーん♡」
「い、いいよ。自分で食べるから」
丁重に辞して匙を受け取る。普段ならまだしも、この状態だと子供扱いされているようで癪だ。
「……いただきます」
「召し上がれ♡」
匙に載った卵がゆを一口、口に入れる。熱で浮かされた口内でもほっとする出汁の香りを感じる。奈々らしい、優しい味付けだった。
「美味しい?」
「うん」
「良かった♡」
奈々はニコニコしている。見た目はしっかりギャルなのに、家庭的なのギャップ萌えだよなぁ……と思いながら、僕は卵粥を飲み込んだ。ほわっと体が温まる。
「奈々はさ」
「うん?」
「良いお嫁さんになりそうだよな」
何気なく口をついた言葉に、にこにこしていた奈々がぴしりと固まった。
「え? え? あの、それって……どういう意味……?」
「……うん?」
ボーッとしながら喋っていたけど、なんか変なこと言っただろうか。いや、言ってないはずだ。などと思っていると、みるみる奈々の顔が赤くなっていった。
「……もう、悠斗ったら」
奈々が唇を尖らせる。怒らせるようなことを言ったつもりはないんだが。
「なんで怒るんだよ」
「怒ってないよ! 怒ってないけど……もうっ」
ぷくっと頬を膨らませて、奈々はそっぽを向いてしまった。怒ってないと言うが、どう見ても怒っている時の仕草に見える。状況を飲み込めないまま、僕は卵粥を口に入れた。か




