第29話
ミナトに先導され、一年二組のメンバーは用務員室へと向かう。正直行きたくなかった。用務員室に行ってみんなの盗まれた私物があれば、僕の負けが確定してしまうから。
でも行かないことは許されなかった。いや、逃げ出す勇気すら、僕にはなかった。
「ミナトの推理が合ってるか、確認してみようよ」
奈々にそう言われれば、僕はもうNOと言うことは出来なかった。
階段を降りて、校門横にある用務員室へと向かう。ミナトが来客用の窓をノックすると、用務員さんが顔を出した。
「おや、ミナトくん。今朝ぶりじゃないか」
「どうも。カラスの巣は撤去できましたか」
「ああ、それなんだけどね。巣は撤去できたんだけど、巣の中に随分と物があって……。巣材として盗んできたものだと思うんだけど……」
用務員さんの言葉に、またクラスメイトが歓声をあげる。ミナトの推理は当たっていたのだ。
「恐らく、ここにいる二組の皆の私物だと思います。見せていただけますか?」
「ああ、もちろん」
用務員さんが用務員室のドアを開けて招き入れてくれる。ぞろぞろと中に入るクラスメイトに混ざって、僕も重い足取りで用務員室へと入る。
用務員室は二組全員で入るには少々手狭だった。壁際のロッカーと棚以外には大机とパイプ椅子が並ぶばかり。その大机の上に、カラスの巣から回収された盗品が並べられている。
「あった! アタシのシャーペン!」
アヤノが大きな声を上げて、机の上からラインストーンでデコられたシルバーのシャープペンシルを拾い上げた。
「俺のチャリの鍵!」
「私のヘアピンもある!」
「チョコレート……は、さすがにいらないやもう……」
各々が盗まれた自分の私物を手に喜びの声をあげる。食べ物を盗まれた者だけは苦笑いを浮かべているが。
「いやぁ、すげーなミナト。名探偵、いや、名サイコパスだな!」
男子生徒の一人が尊敬の眼差しでミナトを見つめる。
「うんうん、サイコパス勝負は、ミナトくんの完全勝利だね♡」
あかりが甘ったるい声でミナトに媚びるのを、僕はぼんやりと聞いていた。
「まあ、今回は少し運が良かったかな」
「謙遜しなくていいのにぃ。でもそういう謙虚なところも素敵……♡」
爽やかな笑顔を浮かべるミナトに、あかりの目は完全にハートになっていた。
「ねえねえ、どうなの、奈々」
ふと、面白がるような声色で話しかけながら、カホが奈々を肘でつつく。
「どうって、何が?」
「ミナトくんのこと! 幼なじみなんでしょ? それ以上のこととか、ないの?」
奈々がきょとんとした顔をしているのを見て、カホはやれやれと言わんばかりに首を振る。その顔はニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「だからぁ、仲良しの幼なじみな上に、奈々のタイプのサイコパスじゃん。しかもイケメン! ミナトくんと、付き合ったりしないの?」
カホの言葉に、クラスメイトたちがざわつく。
「そ、そんな浦野さん……でも確かに、悔しいけどお似合いだ……」
「そうよね……美男美女カップルだし。頭脳派のミナトくんに元気な奈々さん。本当に相性良さそう!」
勝手なことを言うクラスメイトたちに、奈々は目を白黒させている。数拍置いて少し平静を取り戻した後、奈々は手をぶんぶんと振って否定した。
「ないない! ミナトとは家が近かったから、小さい頃からの腐れ縁ってだけ!」
「えー、とか言いつつ、本音は?」
カホが再び奈々を肘で小突く。
「ミナトくんの方は? 奈々のこと、どう思ってるの?」
今度はあかりがミナトに尋ねる。ミナトは珍しく少し照れた様子で、頭をかいた。
「参ったな……まあ、そうだね。僕は奈々と、幼なじみ以上の関係になれたらと思っているよ」
「え……」
奈々が驚きに目を見開く。周囲から歓声が上がった。
――なんなんだよ、何を見せられているんだよ、僕は。
取り残されたような気分になりながら、僕は歯噛みする。同じ部屋の中にいるのに、まるで僕だけ別の世界にいるみたいだ。
誰もこっちを見ない。ミナトと奈々の二人だけがこの世界の主人公で、その他は脇役で、僕は役にもなれない書き割りになったみたいだった。
――いや、でも本当はこれが正しいのだ。
僕だって分かってる。今までがおかしかったんだ。ただの平凡なモブのくせに、サイコパスのふりなんかして、学校一可愛い奈々を騙して、ずっと一緒にいて。そんな関係が、続くはずなかったんだ。
気づかれないようにそっと用務員室を後にする。扉を開けて出ていくまで、誰も僕に注意を払わなかった。僕一人消えたところで、何にもならない。
トボトボと教室に戻ると、ガランとした寒々しい教室に出迎えられた。なぜ教室は、誰もいないと温度が下がったように感じるのだろうか。
自分のカバンをひったくるように掴む。もう一秒でも長くこの場にいたくなかった。
――教室に戻ってきたクラスメイトたちの様子から、奈々とミナトがどうなったのか、察してしまうのが怖かった。
廊下を出ると、他クラスの楽しげな声が響いていた。静かな教室でも寂しさを感じるが、賑やかな中でも、かえってひとりぼっちを強調される気がする。
足を引きずるようにして帰路に着く。耳に乱暴にイヤホンを突っ込んで、曲をかけようとした。それなのに、何の曲も聞きたいと思えなかった。
適当なプレイリストを押すと流行りの失恋ソングが流れ出した。何もかもにむしゃくしゃしながら、僕は真昼間の通学路を逆走するように家に帰った。




