第26話
「やあ、君が秋津悠斗くんだね」
昼休み。いつも通り奈々とお弁当を食べようと立ち上がりかけた僕の前に、ミナトが歩み寄ってきた。ミナトの一挙手一投足を観察しようとばかりに、クラスの視線がこちらに集まる。
「……何か用かよ」
ぶっきらぼうに問いかけると、ミナトは肩をすくめる。余裕そうな表情が腹立たしい。
「奈々から君の話は聞いているよ。君、サイコパスなんだって?」
「だったら何だよ」
奈々のやつ、こいつに僕の話をしていたのか。嬉しいような腹立たしいような、複雑な気持ちだ。ムスッとする僕に構わず、ミナトは話を続ける。
「実はね、僕もサイコパスなんだよ。嬉しいな、まさか日本で"本物のサイコパス"仲間に出会えるなんて」
ミナトの言葉に目を見開く。
なんてこった、こいつスペックが高いだけじゃなく、サイコパスだっていうのか――!?
驚愕する僕を尻目に、ミナトはつらつらと喋り出す。
「君、なんでもサイコパスの考えを理解するのが得意らしいじゃないか。その能力で、不思議な事件を次々解決したとか」
ミナトはニコニコと不穏なほどの笑顔を浮かべている。なんだろう、とてつもなく嫌な予感がする。
「どうかな、君と僕、どちらがよりサイコパスの気持ちを理解できるのか。勝負しないかい?」
「……はぁ?」
唐突なミナトの申し出に眉を上げる。勝負だって? こいつ、僕に宣戦布告しようっていうのか。
「勝負って……」
「簡単な話だよ。君と僕、どちらが不思議な事件を先に解けるかを競うんだ」
背中を嫌な汗が伝う。ミナトの瞳は自信で輝いていた。まるで自分こそが"本物のサイコパス"であり、勝てる自信があるとばかりに。
「……言いたいことは分かった。だけど、肝心の不思議な謎がないと話にならないだろ」
ひとまず戦略的撤退を図るため、当然の事実を突きつける。いくらミナトが僕と勝負したがったところで、事件がないなら謎解き勝負もできない。
「それならちょうど不思議な事件があるよ」
僕の答えを読んでいたかのように、ミナトは目を細める。
「クラスの皆から聞いたんだけど、ここ最近教室内で不思議な窃盗事件が起きているそうじゃないか」
「……窃盗事件?」
そんな話は初耳だ。教室を見回すと、ミナトの言葉を聞いていたクラスメイトたちが力強く頷く。
「そうそう! 最近うちのクラス、窃盗事件がひどいの!」
「パパっと解決してくれよミナト!」
女子のみならず、男子までもが目を輝かせてミナトを見つめている。授業中のグループワークや休憩時間にちょこちょこクラスメイトと話しているのは横目に見ていたが、いつの間に人心掌握をしていたのか。
「まあまあ皆落ち着いて。悠斗くんも含めて、もう一度話を聞かせてくれないかな」
さりげなく僕を巻き込みながら、ミナトは周囲を見渡す。
「じゃあまず、あかりから話を聞かせてくれるかな?」
名前を呼ばれたあかりは頬を染めてこくこくと頷く。というか、転校初日でいきなり呼び捨てなのか。心の中ならともかく、僕は実際にクラスメイトの名前を呼ぶ時は苗字にさん付けだ。それですら鬱陶しそうな顔をされると言うのに。
「あのね、最近移動教室で教室が無人になっている間に、物が盗まれることがあるの」
口元に手を当てて首を傾げながら、あかりは目をうるうるさせている。
「私も先週水曜日の三限の音楽の間に、机の上に置いてあったヘアピンを盗まれちゃったんだぁ」
「ヘアピン?」
僕が聞き返すと、あかりはギロリとこちらを睨んだ。舌打ちしそうな勢いで、あかりは口を開く。
「……今、ミナトくんと喋ってるんだけど」
「ごめんなさい……」
小さく縮こまって項垂れる僕を鼻で笑った後、あかりは元のチワワみたいな表情に戻ってミナトに近づいた。
「お気に入りのヘアピンだったのに、すごいショックでぇ……あかり、悲しい……」
わざとらしくしょげるあかりの前で、ミナトは首を傾げる。
「そうなんだね。盗まれたのはヘアピンだけ?」
「え? うん、そうだけど……」
あかりは面食らった様子で瞬きを繰り返す。恐らく慰めてもらうことを期待していたんだろう。
「ヘアピンは高価なものなのかな? なにかプレミアがついているとか?」
「ううん、普通のヘアピン。好きなハンドメイド作家さんの作品だけど、五百円くらいのものだし。全然高いものとかではないよ」
「なるほどね……」
ミナトは考え込む。僕もそこが引っかかっていたから聞き返したのに、僕の時は睨まれ、ミナトはあっさりと聞き出せる。理不尽なものである。
「でもまあ、盗難事件なら僕たちが解決せずとも、警察に任せるべきじゃないか? 指紋とか防犯カメラの映像とか見れば、すぐに犯人は分かるだろ」
僕が肩をすくめると、すぐさまあかりの視線が僕を射抜いた。
「……そんな簡単な話、わざわざミナトくんに相談するわけねーだろ。黙ってろよ」
「申し訳ありません……」
蛇のような眼光に萎縮して謝罪の言葉が口から出た。ああ、情けない。目の前に"本物のサイコパス"がいるかもしれないって言うのに、陽キャの圧に負けて情けない姿を晒してしまっている。
「でも確かに、悠斗くんの言うことも一理ある。これだと不思議な事件とは言えないよね。具体的にどこが……」
「――サイコパスの仕業だよ!」
ミナトの言葉に被せるように、聞きなれた可愛らしい声が背後から響く。僕はゆっくりと振り返った。




