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第25話

「全員席に着け〜」


 気だるげな担任教師の声とともに、だらだらとクラスメイトたちが席に移動する。全員が移動するのを待ってから、担任は口を開いた。


「今日からこのクラスに、新たに仲間が増えることになった」


 一瞬静まり返った後、一拍遅れて転校生が来るという意味だと皆理解した。わっと教室中が湧く。


「静かに!」


 注意したものの、盛り下がる様子のない生徒たちの姿を見て、担任は大仰にため息を吐いた。出席簿を教卓の上でトントンと揃える。


「入ってきなさい」


 担任の声に合わせて、ガラリと教室のドアが開く。ざあっと初夏の爽やかな風が吹き抜けた、ような気がした。そう思わせるくらい異質な気配を纏って、転校生は教室へと足を踏み入れた。


 スラックスを履いたスラリと長い脚が悠然と教卓へ近づく。ややグレーがかった長めの髪がふわりと揺れる。教卓へとたどり着くと、転校生の視線は席に座るクラスメイトたちへと移った。切れ長の瞳が緩やかに細められる。


「はじめまして、高嶺湊(たかねみなと)です。先日まで親の仕事の都合でアメリカにいましたが、事情があり一時的に帰国することになりました」


 顔に見合った涼やかな声に、女子たちから黄色い悲鳴が上がる。というか、その顔にはひどく見覚えがあった。もっと言えば、昨日この顔を、僕は見た。


 ミナトの視線が教室の後方に座る僕を捉えた。その唇が悪戯っぽく吊り上がる。


「よろしくね」


 どこか挑戦的な声色でミナトは告げる。その顔は確かに、昨日上野動物園で見た顔だった。須藤少年の母親を探している時に出会ったイケメンだ。

 直後、後方で椅子をひく音がする。


「うそ、ミナト!?」


 奈々が目を丸くしてミナトを見つめている。奈々を見ると、ミナトは柔らかく微笑んだ。


「ほら、だから楽しみにしててって言ったでしょ」


 クラスの視線がミナトと奈々の間を行き来する。


「え、何? 二人知り合い?」


「どういう関係?」


 ヒソヒソ声が教室の至る所ではじまる。悪意からではなく純粋な好奇心の視線が二人に向けられていた。


「浦野と知り合いなのか」


「ええ、幼なじみなんです」


 ミナトが頷くと、教室がわっと盛り上がる。


「ええ〜! 幼なじみだって!」


「美男美女コンビ過ぎない?」


 きゃっきゃと盛り上がる女子を尻目に、男子は複雑な表情を浮かべている。


「マジかよ、浦野さん……」


「秋津ならまだ勝ち目あったけど、幼なじみでイケメンでアメリカ帰りじゃ勝ち目ないな……」


「我が校が誇る不良、久住屋先輩の告白すらお断りした浦野さんでも、これはさすがに陥落か……」


 落胆した様子の男どもから聞き捨てならない言葉が聞こえてくる。どういう意味だ、秋津なら勝ち目があるって。

 

 しかし言わんとすることは分からなくもない。目の前で奈々と見つめ合う高身長のイケメンを軽く睨みながら頬杖をつく。

 

 なんだ、その少女漫画の登場人物みたいなスペックは。もっとも、本当にこんなキャラを創作するやつがいたら神経を疑う。何か一つくらい欠点がないと、人間みがないだろう。


 しかし、と僕は鼻で笑う。奈々はサイコパスである僕に夢中なのだ。どれだけ幼なじみがイケメンだろうと、サイコパスでない限り脅威ではない。

 平然とする僕の周りで、なおも女子たちは噂話に花を咲かせている。


「ミナトくん超タイプだけど、奈々といい感じなんだろうなぁ……」


「そりゃそうでしょ。お互いあれだけの美しい顔を幼少期から見てたら、他の人なんて目に入らないよ」


「そうだよねぇ……私、あの二人を推しカプにすることにする!」


 どんどん適当なことを宣う女子たち。推し活とかいう概念はよく分からないが、クラスのカップルを推しにするとか正気じゃないだろう。何が楽しいんだか。


 僕が余裕を持ちつつも周囲の言葉にへそを曲げている間、奈々とミナトの会話は盛り上がっていく。


「通話はしてたけど、会うのは本当に久しぶりだね〜! いつぶりだっけ?」


「一年ぶりくらいじゃないかな。ほら、去年さくら祭りの時に一時帰国したから」


「あー、そうかも。あれ楽しかったよね〜」


 二人しか分からない話で盛り上がる様子に、担任は苦笑する。


「積もる話もあるだろうが、それはまた後にしてくれ。高嶺、空いている席に座るように」


「はい、分かりました」


 ミナトは廊下側の空いている席へと向かうと、優雅な所作で鞄を机に置く。指先の動きひとつひとつが美しいのが、なんとはなしに腹が立つ。


「はぁ……かっこいい……」


「クソ……悔しいけどかっけぇな、アイツ……」


 周囲から漏れ出る感嘆の声をミナトはものともしない。人から羨望の眼差しを向けられるのは慣れっこだってか。可愛げのないやつ。


 これ以上ミナトを見ていても心が刺々しくなるだけだと思い、視線を黒板に移す。担任が黒板に書いた大した内容のない連絡事項を見ながら、僕はなんとも言えない面白くない気持ちを飲み込んだ。

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