第24話
翌朝、月曜日。
満員電車を降りて地上に上がると、初夏のからっとした日差しに迎えられる。上野駅は今日も混雑している。通勤ラッシュの途方もない数の人を避けながら、駅を出て右手の上野公園へと向かう。
学校へ行くには上野公園を突っ切るルートが最短ルートだ。周囲には同じ制服を着た生徒の姿もちらほらとある。
「おっはよ〜!」
背後から響く元気な声に足を止める。振り返ると、階段を上ってくる奈々の姿が見えた。弾むように階段を駆け上がるたびに、茶色のツインテールがぴょんぴょんと揺れる。
「おはよう、奈々」
近くまで走ってきた奈々に挨拶を返すと、奈々は太陽のように眩しい笑顔を浮かべた。
「えへへ、朝から悠斗に会えるとか、超ラッキー!」
目が眩みそうな笑顔に目を細めつつ、僕は奈々に歩幅を合わせるようにして歩き出す。
「早いな、いつも遅刻ギリギリなのに」
「うん、今日はご機嫌モードで、めっちゃ早く目が覚めた!」
奈々は手でVを作り、こちらに突き出してくる。
「ご機嫌なのか」
言葉通りにウキウキした様子の奈々を微笑ましく見つめていると、奈々は口元に手を翳して内緒話をするように口を開く。
「うん。だって、昨日は悠斗とデートだったから♡」
「………………そうか」
照れくさくて目を逸らす。そうかそうか、奈々は僕とデートに行って、ご機嫌なのか……。まずい、顔がにやけそうだ。
花園稲荷神社を抜けて不忍池を左手に見ながら少し歩くと、少し先に学校が見えてくる。今にもスキップしそうな勢いの奈々とともに学び舎へと向かう。
「あー、本当に楽しかった、動物園デート! 教室ついたら皆に自慢しよっと!」
「い、いや、それはちょっと……」
クラスの全男子から向けられる怨嗟の眼差しを想像して背筋が寒くなる。恐らく女子勢からも好意的な反応は得られないだろう。僕のクラスでの人望は語るまでもないのだから。
「えー、ダメ!?」
「ダメというか……」
と、言い合う僕らの横を、用務員さんが通り過ぎる。
「おはよーございます!」
「……ああ、おはようございます」
奈々が元気に挨拶すると、用務員さんはにこりと微笑んだ。しかしすぐにその顔に疲労が浮かぶ。何かあったのだろうかと思う前に、用務員さんは脚立を担いで行ってしまった。
「どうしたの、悠斗」
「……いや、なんでもない」
昇降口へと向かい、靴を履き替える。僕らの教室である一年二組は、階段を上がってすぐだ。上に上がる階段は二つあり、一組側と四組側に分かれている。一組側の階段を上がって教室へと向かうと、教室に着くなり奈々は大声を上げた。
「おっはよ〜!」
奈々の声に、教室の視線が一斉に奈々の方を向く。その視線はどれも柔らかく、好意的だ。
「おはよー、奈々ちゃん」
「おー、浦野!」
「あれ、浦野さんネイル変えた?」
わっとみんなの話題の中心が奈々に変わる。奈々は向けられる言葉一つ一つに丁寧に答えながら、窓際の席へと向かう。
「おはよー、アヤノ、かほち、あかり〜!」
奈々は窓際にいたギャル三人衆に声をかける。奈々がいつも一緒にいる仲良しグループだ。金髪の一番派手な女子がアヤノ、黒髪ロングの色白な子がカホ、ショートの地雷系っぽい子があかりだったはずだ。多分。
「おはよー奈々。なんか随分ご機嫌じゃん」
「うん、日曜日にね、悠斗とデートだったから!」
奈々に向けられていた優しげな視線が、突然温度を失ってこちらを捉える。じとりとした三人分の冷ややかな視線が突き刺さった。
「えー……まじぃ?」
「アレとぉ……?」
カホとあかりがこちらを見てひそひそと話す。というか、ヒソヒソと言いつつ、相変わらず聞こえてる。
「アレって言わないでよ〜! 悠斗、今回もすっごくかっこよかったんだから♡」
奈々はこちらを見て、頬を赤らめながらニコニコしている。可愛いが、ほか三つの冷たい視線と相まってサウナみたいだ。いっそこれで整うなら嬉しいんだが。
「……まあ、奈々が楽しかったのなら、何よりだわ」
カホはため息を吐いた後、奈々に微笑みかける。それから僕の方に視線を戻した。すごい、こっちを向いた瞬間に、一気に目が怖くなる。
「……奈々に何かしたら、ぶっ殺す」
「……し、しません……」
思わず両手を上げて降参する。怖すぎる。これまでギャルグループと関わることなんかなかったのに、ここまでの殺気を向けられることになるなんて。
「も〜! 虐めないでよかほち!」
奈々が頬を膨らませて怒る。真ん丸な頬が可愛い。この冷えきった空気の中で、唯一の癒しポイントだ。
とりあえず話は終わったと見て、僕は教室の後ろの自分の席へとすごすご移動した。カバンを置いて椅子に座ると、やっと肩の荷が降りる。
奈々の方をちらりと盗み見ると、ギャルグループでキャッキャと楽しそうに話していた。
――改めて、僕と奈々って全然住む世界が違うよな。
ぼんやりと奈々を見つめながら、僕は嘆息する。分かりきっていたことだが、今一度再認識せずにはいられなかった。




