第23話
――悠斗が奈々に背を向けて駅へと向かう頃、信号を渡り終えた奈々は悠斗の方を振り返っていた。
その瞳には先程と同じ、何かを懐かしむような複雑な色が浮かんでいる。瞬き一つせず、大きな瞳は悠斗の背中を捉える。
奈々の脳裏に先程の悠斗の言葉が浮かんだ。
『……そうしたらその間、あの少年が寂しくて不安になるんじゃないかと思ったんだよ。それを考えると、直接探しに行く方が良いと思ってさ』
「……変わってないなぁ、悠斗って」
校舎裏で再会したあの瞬間、奈々は我が目を疑った。まさかと思ったが、効率のためなら多少の無茶を通す姿勢は、あの時のままで――
奈々は目を瞑る。さらに古い記憶が脳裏に蘇った。暗い部屋、つけっぱなしのテレビの音、硬い床の感触、そして――
「……帰ろっと」
奈々はくるりと回って、家路へと足を踏み出す。
先程まで悠斗と繋いでいた指先が甘やかな熱を持っていることに気づいて、奈々は手を顔の前に掲げる。それから、そっとその指先に唇で触れた。
――
深夜。真っ暗な部屋の中でスマホの光だけが煌々と輝いている。目に悪いと思いつつ、この部屋の暗さが心地良い。
スマホに繋いだイヤホンから聞こえる声に、ふと我に返った。天井を見上げるように椅子にもたれかかっていた体を起こして、奈々はスマホ画面に向き直る。
「ごめんごめん、ぼーっとしてた」
『……全く、さっきからずっと話しかけてるのに、上の空だね、奈々』
奈々の言葉に、電話口の相手は呆れたように苦言を零す。
「ごめんてぇ、ちょっと考え事」
『そんなに今日のデートが楽しかったのかい?』
茶化すような言葉に、奈々の頬がぽっと赤くなる。
「もう、からかわないでよミナト」
『はは、ごめんごめん。照れる奈々が可愛くて、つい』
ミナトと呼ばれた電話口の相手は悪びれずに、口先だけの謝罪の言葉を述べる。熱くなった頬を冷ますようにぱたぱたと手で仰いでから、奈々は肩をすくめた。
『それにしても悠斗くんね。奈々から話は聞いてるけど、面白いみたいだね、彼』
「面白いよ。それにすっごく優しいの。アタシの理想のサイコパスだから」
奈々は机に頬杖をつき、うっとりと目を細める。
「子どもを肩車して行っちゃった悠斗の後ろ姿、めちゃくちゃ頼もしくてさぁ……抱きしめられたくなっちゃった♡」
『それはそれは……』
ミナトは苦笑していたが、不意に笑い声が止む。
「ミナト?」
『――でも、僕には、彼がサイコパスだとは思えないな』
奈々が名前を呼ぶと、電話口から真剣な声が返ってくる。奈々はぱちぱちと目を瞬かせた。
「……どういうこと?」
『そのままの意味だよ。悠斗くん、面白い子だとは思うけど、話を聞いている限りサイコパスではないように思える』
奈々は困惑した様子で、居心地悪そうに椅子に座り直した。
「それは……どうなんだろう。でもサイコパスクイズの答えとか、ちゃんとサイコパスのお手本みたいな回答するんだよ?」
『それがおかしい。あんなのはただのお遊びで、完全一致する方が変なんだよね』
ミナトの声は固い。こうなったミナトは誰がなんと言っても無駄なのだ、と奈々は眉を下げる。昔から、ミナトにはこうと決めると、人の話を聞かない悪癖がある。
「ミナト的には、悠斗は"偽物のサイコパス"だってことね」
『そうだね、"本物のサイコパス"として断言する。秋津悠斗くん、彼は偽物だ。僕がそれを証明してみせよう』
「……証明? どうやって?」
奈々の問いかけに、ミナトはくすくすと笑う。芝居がかった笑い方は、悠斗のサイコパスの演技に少し似ている。
『彼は不思議な事件を解決するのが得意らしいじゃないか』
「うん。本物のサイコパスだから、偽物はすぐ見破れるんだって」
『なら、僕が彼より早く、不思議な事件を解決してみせるよ』
要領を得ないミナトの発言に、奈々は首を捻る。
「……つまり、謎解きでミナトが悠斗に勝つってこと? いつ、どうやって?」
『それはもうすぐ分かるさ。まあ、楽しみにしててくれよ』
いたく上機嫌な声色でミナトは答える。きっと今頃悪い顔をしているんだろうな、と想像しながら、奈々はスマホに手を伸ばした。
「よく分かんないけど、とりあえず楽しみにしとくね」
『ああ』
奈々の指が赤い通話終了ボタンに伸びる。
『おやすみ、奈々』
「……おやすみ、ミナト」
軽い通話終了の音とともに、通話時間が表示される。一時間ほどの通話を終えて、奈々は伸びをする。
「……ミナト、何するつもりなのかなぁ」
呟かれた言葉は、一人きりの部屋の中で空気に解けて、虚空へと消えた――




