第21話
もう一度いそっぷ橋を渡り、今度はパンダのもりとは逆方向に進む。途端に周囲の人が小さい子ども連ればかりになった。
「こっちは子ども向けの展示だよね?」
「ああ」
真っ直ぐ前方の建物へと向かう。建物の中に入ると、小さい子どもたちが動物の絵本を読んだり、小動物と触れ合ったりしていた。
「……ここにインド原産の動物がいるの?」
「いや、インド原産ではない。でも確かにインドに関係ある動物だ」
「……どういうこと?」
眉間に皺を寄せる奈々に、僕は前方を指さす。そこには低い柵に囲われた中でのんびりと牧草を食む、小さな生き物の姿があった。
「モルモット?」
「ああ、和名で天竺鼠。原産は南アメリカらしいけどな」
室内に掲示されたモルモットの説明を読みながら答えると、奈々は首を傾げた。
「天竺って……西遊記に出てくる天竺?」
「ああ。インドの古い呼び名だ」
「んん? アメリカ原産なのに、テンジクネズミ?」
難しい顔をして唸り始めた奈々に、スマホでテンジクネズミの紹介ページを見せる。
「昔はざっくり、遠い国のことを天竺と呼んでいたらしい。海を越えてやってくるものはみんな神様の国から来たもの、みたいな感覚だったのかもな」
僕の言葉に、奈々はぽんと手を打つ。
「なるほどぉ!」
「多分、このメッセージを残した子は、動物に詳しい子だったんだろう。特徴的なテンジクネズミのエピソードを見て、これならメッセージを受け取る側にも分かるかもしれないと思って、印鑑を土に埋めたんだ」
「……子?」
僕は室内をキョロキョロと見回す。それからソファに腰掛ける少年を見つけ、そちらに近づいた。
「……須藤君、かな。お母さんが探してるよ」
目の前にしゃがみ込むと、俯いていた少年が顔を上げた。動物図鑑を抱えた腕にぎゅっと力が入る。
「……おかあさん?」
「そう。一緒に行こうか」
少年はこくこくと小さく頷く。
「え、え? どういうこと?」
後ろで困惑する奈々を振り返って、僕は肩をすくめる。
「迷子の話を聞いた時に、埋められた印鑑は、迷子が母親へ居場所を伝えるためのメッセージだったんじゃないかって思ったんだよ。動物好きの子なら、モルモットがテンジクネズミだって知ってても不思議じゃない」
「ええ、でもなんでインフォメーションセンターに行かなかったの? 係の人に声をかけるとか……」
奈々の言葉に、少年は唇を噛む。
「……迷子じゃないもん」
「え?」
「迷子じゃない。」
少年ははっきりと言って、奈々を睨む。奈々は困惑した様子で僕を見た。
「えーと……」
「……大方、母親と喧嘩でもしたんだろう。一人でなんでもできると思って、我を張ってるうちに迷子になったんだ。このくらいの年頃ならよくあることだよ」
肩をすくめると、奈々は苦笑いを浮かべる。
「……そっかそっか。でもお母さんに見つけてほしかったから、メッセージを残したんだよね?」
奈々の言葉に、少年は小さく頷いた。
「じゃあ、急いでお母さんのところいかないとね。お母さん、とっても心配してたよ」
奈々は僕に視線を向ける。
「このまま東園側に行って、インフォメーションセンターでお母さん呼んでもらう?」
「いや、その必要は無い。二人してまた東園に戻るのは非効率だろ。まだその辺にいるだろうし、直接行ってくるよ」
僕は少年に手を差し出した。少年は大人しく僕の手を握る。
「奈々はこの辺で待っててくれ、すぐ戻る」
「ちょっと……!」
奈々の言葉を聞かずに建物の外へと向かう。外は親子連れでごった返していた。ちょうど混み合う時間だ。
「お母さんが探しやすいように肩車しよう」
提案してしゃがむと、少年はすぐ僕の肩に乗った。頭を小さな手が掴む感触を確かめてから立ち上がる。子どもとは言え、それなりの重さが肩に伝わった。
「よし、じゃあお母さんっぽい人を見つけたら、大声で知らせてくれ」
「うん」
少年を肩に乗せて歩き出す。いそっぷ橋の手前まで来て、僕はキョロキョロと辺りを見回す。
「この辺にはどうだ? いないか?」
「うーん、いないと思う」
「そうか」
東園側のインフォメーションセンターから探して歩いているとすれば、西園側にいるに違いない。いそっぷ橋を渡らず、左側へと向かう。
「須藤さーん、この子のお母さん、いませんかー?」
大声を上げて母親を探す。午後の強い日差しが照りつけて、肌がじりじりと熱を持っていた。
「おかあさーん」
少年も子ども特有の高い声を張り上げて母親を探す。
「迷子かな?」
ふと横から響いた声に視線を向けると、芸能人のように整った顔立ちの男と目が合った。僕より少し高い位置にある目が、優しげに細められる。
「ええ。この辺に、子どもを探している母親がいませんでしたか?」
「それならさっき、この先のキリンの展示の方にいましたよ」
「ありがとうございます」
首だけで軽く会釈すると、男は唇を吊り上げる。
「いえいえ、では、また」
男はひらりと手を振って反対方向へ歩いていった。なんだか妙に気になる男だったが、今はそんなことより少年の母親を探す方が大事だ。
キリンの展示の方向へと向かう。人混みをすり抜けるように歩いていくと、うろうろと彷徨う女性の姿があった。
「おかあさん!」
少年が大きな声を出す。こちらを見とめた女性は、目を見開いた後に駆け寄ってきた。




