第20話
お腹がパンパンになるほど食べた後、奈々と向かい合ってインドに関連する動物について話す。
「分かりやすいのは、名前にインドがついてる動物だよねー」
「ああ。と言っても、軽く調べた感じでは、名前にインドがついてる動物の展示はないみたいだ」
公式ホームページで園内にいる動物の種類を調べていた僕は、キーワード検索の結果画面を奈々に見せる。インドをキーワードにした検索結果はゼロ件だ。
「うーん……じゃあ、インド原産の動物とかなのかな?」
「それだとあまりにも情報が無さすぎるよな……奈々は動物の原産とか、詳しいか?」
希望的観測をもって聞いてみたが、奈々はふるふると首を横に振る。
「流石に原産までは分からないや」
「だよな……暗号の簡単さからしても、そこまでの動物知識を必要とするメッセージとは思えないんだよな……」
悩む僕を尻目に、奈々はスマホを弄り出した。しばらく細い指が画面の上を滑った後、唐突に止まる。
「ねえ、もしかしてアジアゾウの展示のことだったりしないかな! ほら、見て!」
奈々は画面をこちらに見せる。画面にはアジアゾウの説明ページが表示されている。そこにはアジアゾウの分類として、セイロンゾウやインドゾウが存在すると書かれていた。
「なるほどな、アジアゾウの展示だと思って見てたけど、アジアゾウの中に更に細かい分類があるのか」
納得して頷くと、奈々はにんまりと笑った。
「ねえねえ、アタシお手柄?」
「ああ、そうだな」
「いえーい! やったぁ♡」
奈々はガッツポーズで喜んだ後、椅子から立ち上がった。
「それじゃあ行こうよ、アジアゾウの展示!」
「うーん……こっちの展示を見終わってからじゃ、だめなのか?」
僕は顔を顰めながら奈々に提案する。アジアゾウの展示は正門側だ。せっかく西園まで移動してきたのに、戻るのは正直面倒くさい。
だが、奈々はぷくっと頬を膨らませる。
「ダメー! 何かすっごいメッセージが隠されてるかもしれないのに、無視して動物園楽しむなんてできない!」
「うぅん……」
唸る僕の腕を掴んで強引に立たせると、奈々はビシッと人差し指を僕の顔の前に突きつけた。
「せっかく謎が解けたんだから行こうよ! 悠斗が嫌って言うなら、アタシ一人でも行っちゃうからね!」
「……分かったよ」
渋々重い腰を上げる。動物園まできてぼっちなんて真っ平御免だ。それにあり得ないとはいえ、奈々がよその"本物のサイコパス"に目移りするのも嫌だ。
いそっぷ橋を通って元来た道へと戻る。
「さっき通ったルートを、全く反対に行くって感じになるのか?」
「ううん。橋を通って猿の檻の前を通ったら、正門まですぐだよ!」
どうやらまだ巡っていないルートがあったらしい。そういえばマップでも、東園はぐるっと円状に回るようなルートになっていた気がする。
と、前方に挙動不審な女性が現れ、僕は足を止めた。その女性はいそっぷ橋の真ん中で、通り過ぎる人に声をかけながら、キョロキョロと周囲を見渡しているようだ。
「どうしたんだろ? 道に迷ったのかな」
「……こんな橋の真ん中で?」
こそこそと話す僕らを見とめると、女性は小走りにこちらに近づいてきた。
「あの、すみません。この辺で、一人で歩いている子どもを見かけませんでしたか?」
「子ども?」
聞き返すと、女性は憔悴しきった様子で頷く。前髪の下から覗く丸いおでこに汗の粒が光った。
「ええ、五歳の男の子です。動物図鑑を抱えて、パンダのリュックを背負ってると思います」
「迷子になっちゃったんですかー?」
奈々の問いかけに、女性は力なく肩を落とした。
「インフォメーションセンターに連絡は?」
「しました。これから放送をかけてくれると……。ただ、いてもたってもいられなくて……」
奈々は、ぱっと手を挙げる。
「分かりました! 道中それっぽい子がいないか、見ておきますね!」
「ありがとうございます、よろしくお願いします……」
女性は深くお辞儀をした後、別の人に話しかけに行った。
「早く見つかるといいね」
「……ああ」
答えながら、僕は腕を組む。僕の様子に気づいた奈々が首を傾げた。
「悠斗?」
「……いや、なんでもない」
気を取り直してアジアゾウの展示へと向かう。昼過ぎになって人の数もかなり増え、展示の周りには人が集まっていた。
「……あれ〜? 何もないよ?」
期待に目を輝かせながら人混みに突っ込んで行った奈々が肩を落として帰ってくる。アジアゾウの展示は朝と同じ様子で、不審な人や物も見当たらない。
「うーん、メッセージがインドだっていうのが、間違ってたのかな……」
「……いや、もしかすると……」
考え込む僕を見て、奈々がハッとした表情をする。
「なにか思いついたの!?」
「……合ってるかは分からないが、ちょっと思い当たる節があってな。マップを見せてくれるか?」
奈々は頷いて、園内マップを開いた。二人でマップを覗き込む。
「……うん、西園に戻ろう」
「いえす、サー!」
僕の言葉に、奈々はびしっと敬礼をした。今日は左手に保冷バッグを持っているから、ちゃんと右手だった。




