第19話
椅子と机が並べられただけの簡易スペースへと向かう。昼食を食べる人で机は埋まっていた。どうしたものかと周囲を見渡していると、先に走っていった奈々がひらひらと手を振る。
「こっちこっち! もうすぐ空くって!」
奈々の方に近寄ると、お弁当を食べていた家族が後片付けをしているところだった。ぺこりと頭を下げると、両親が頭を下げ返してくる。それを見て三歳くらいの子どもが、真似して頭を下げた。
「可愛い〜♡」
去って行った家族に、奈々はひらひらと手を振る。
「ああ、可愛かったな」
同意する僕に、奈々は目を細めた。
「意外と子供に優しいよね、悠斗って」
「……そうか?」
「うん。バズってる子供の可愛い動画とか見せると、いつもニコニコしてるもん」
奈々は茶化すように自分の頬を指で突いて、スマイルのジェスチャーをして笑う。半目で睨むと、くすくす笑いながら保冷バッグを机に置いた。
「……あれ?」
椅子を引こうとした奈々が、少し遠くの方を見て目を瞬かせる。
「何か落ちてる。誰かの落とし物かな?」
奈々の視線を追うと、確かに木の下に何かが落ちているように見える。奈々は落ちている物体のそばに駆け足で近寄った。
「……ん?」
「どうした?」
席を取られないように動かず、遠くから声をかける。しゃがんで首を傾げていた奈々がこちらを振り返った。その顔は少し困惑しているようだ。
「なんかね、落ちてるんじゃなくて埋まってるっぽい」
「埋まってる?」
「うん、そっち持っていくね」
奈々は地面に埋まっているという"それ"を丁寧に引っこ抜き、こちらに戻ってくる。差し出した手には、黒い円筒の物体が載せられている。
「……判子?」
「だよねぇ」
揃って首を傾げる。奈々が拾ってきたのは、大量生産の三文判だった。蓋を開けると、反転した字で「須藤」と書かれている。底の方にはまだ土がついていた。
「うーん、取りに来るか微妙なラインだが、どこかで係員に会ったら届けてみるか」
ポケットに判子をしまおうとした僕の手を、奈々の手が掴む。奈々の目が輝きを増していく。覚えのある嫌な予感に、僕は顔を引き攣らせた。
「……これって、何かのメッセージじゃないかな!」
はじまった。お約束の展開に、僕はため息を吐く。
「おい……休日の、のどかな動物園だぞ。こんなところにサイコパスのメッセージがあるわけないだろ」
「そんなの分からないじゃん!」
奈々はバンと机を叩いた後、うっとりとした表情で虚空を見つめる。
「動物園かぁ……やっぱり有り得るのは、動物を脱走させるとかだよね。ベンガルトラとかゴリラが一斉に解き放たれて、人間を襲うパニックホラー展開……」
「映画の見過ぎだ」
苦言を呈する僕に、奈々は唇を尖らせる。
「常識では考えつかないようなことをするのが、サイコパスなんだから!」
それから奈々は顎に人差し指を添え、うーんと唸る。
「半分埋められた判子……一体なんの意味があるのかな?」
「……この場所の特性を考えれば、そこまで難しい話じゃないと思うぞ」
僕の言葉に、奈々は目を丸くする。
「え、もう解けたの!?」
「解けたっていうか……単純な言葉遊びだろ、こんなの」
僕は机の上に判子を載せて、コンコンと爪で叩く。
「これが半分土に埋まってたんだ、何か思いつかないか?」
「うーん……? 半分土に埋まってた判子……?」
「判子じゃなくて、多分この場合は印鑑だな」
奈々は腕を組んで目を瞑った。それから印鑑、土、と交互に呟く。
「……ああ、分かった! 印鑑を半分にしてイン、土を読み替えてド。つまり、インドだね!」
奈々が人差し指をピンと立ててドヤ顔をする。そこまで勝ち誇るようなことでもないと思うのだが、可愛いのでよしとする。
「ああ。ここは動物園だから、インド由来の動物はたくさんいるだろ」
「そっか! じゃあその中のどれかが、このメッセージが示している動物ってことだね! よし、早速調査に行こう!」
走り出そうとした奈々の腕を、今度は僕が掴む。きょとんとしている奈々に、思わず仏頂面になりながら口を開いた。
「……その前に、昼だろ」
「……ああ! お弁当ね!」
奈々は思い出したように頷いてから、ニヤニヤと笑う。
「悠斗ってば、そんなに楽しみにしてたんだぁ。アタシのお弁当♡」
「……悪いかよ」
奈々はぶんぶんと勢いよく首を横に振る。ツインテールが顔の横で勢いよく跳ねた。
「そんなことないよ、超嬉しい♡ じゃ、ご飯にしよっか!」
奈々は保冷バッグを開けて、中から弁当箱を取り出す。小ぶりな漆の三段重を開けて、にっこりと微笑んだ。
「見て! 卵焼きとかからあげとか以外にも、おにぎりとか、きんぴらごぼうとか、いろいろ作ってきたんだ! ……ちょっと作りすぎちゃったけど」
はにかみながら、奈々が説明してくれる。小ぶりとは言え、三段の弁当箱に詰められたおかずは結構な量だ。奈々は少食なので、僕がほとんど食べることになるだろう。
「……まあ、このくらいの量、男なら余裕だけどな」
虚勢を張って笑ってみせると、奈々は嬉しそうに目を細めた。ちなみに僕もそこまで量を食べるほうではないのだが……気合いで何とかするしかないだろう。




