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第18話

 猛禽類の檻を通り抜けて、『ゴリラ・トラのすむ森』と書かれた展示へと向かう。眠たげな目をしたスマトラトラが僕らを出迎えた。


「可愛いね〜! おっきい猫ちゃんみたい!」


 はしゃぐ奈々の前で、スマトラトラが大きな欠伸をする。牙がでかくておっかない。

 シロテテナガザルの展示を抜けると、ニシローランドゴリラの展示があった。展示のガラスの横に、何やら大きいデジタル数字が並んでいる。


「あの木の形をした台が体重計になっていて、上にゴリラが乗ると体重が表示されるんだよ!」


 奈々が解説してくれる。当のゴリラはやる気が無さそうに床に転がっていて、体重を計らせてくれる気は無さそうだ。


「確かゴリラって、小柄なメスでも七十キロ、大きいオスだと百六十キロくらいあるんだよね」


「マジかよ……勝てる気がしないな……」


 真面目な感想を口にしたのに、奈々はくくくと楽しそうに笑う。


「悠斗、ゴリラと戦う気なの?」


「ものの例えだろ」


 からかわれた恥ずかしさに唇を尖らせると、奈々はますますおかしそうに笑う。


「悠斗、可愛い〜♡」


「……」


 可愛いのはどっちだか、と睨んでやると、奈々はちろりと舌を出した。くそ、可愛い。


 道順に沿って進んで行くと、次の広場にたどり着く。中央には藤棚休憩所と名付けられた休憩スペースがあり、その横にバードソングという名前のフードショップが立っている。

 横にタンチョウの展示が並び、少し奥の方には岩場を模した展示が見える。確かアザラシやホッキョクグマの展示だ。


「お昼にはまだ早いな」


 時計を確認すると十時三十分を指していた。奈々も頷く。


「うん、そうだね。お昼ご飯も西園側がいいと思う!」


 奈々は思い出したように、腕に下げていたパンダが描かれた保冷バッグを持ち上げた。


「それに、お弁当作ってきたから……」


「えっ」


 思わず目を見開いた僕に、奈々は少し視線を落とした。それから上目がちに、不安げな表情でこちらを見つめる。


「……もしかして、売店のご飯のが良かった……?」


「そんなわけない! 嬉しいよ!」


 咄嗟に大きな声で反論すると、横を通り過ぎようとしていた親子が驚いた表情でこちらを見る。母親が少し警戒した様子で子供の肩を抱いて、僕たちの横を通り過ぎた。


「……奈々の作る料理、美味しいからさ。嬉しいよ、本当に」


「……本当? 良かったぁ」


 奈々はほっとした様子で胸を撫で下ろす。


「じゃあ、このままクマたちの丘を抜けて、いそっぷ橋を通って西園側に行こ〜!」


 奈々はスキップしそうな勢いで歩き始める。


「おいおい、引っ張るなよ……」


 苦言を呈しながらも、僕も駆け出したい気分だった。動物園デートに手作りのお弁当までついてくるなんて、明日は槍でも降るんじゃないだろうか。


 クマたちの丘を越えていそっぷ橋を渡り、西園へとたどり着く。今は何もいないパンダのもりを通り過ぎると、ケープペンギンやベニイロフラミンゴが展示されているエリアだ。


「あー!」


 唐突に奈々が大声を上げて前方を指さす。


「どうしたんだよ」


「見て、ハシビロコウ! めっちゃ見やすいところにいる!」


 奈々が僕の腕を離して駆け足でハシビロコウの展示へと向かう。厚底のスニーカーがかぽかぽと間の抜けた音を立てた。


「おい、転ぶぞ」


「へーきへーき!」


 ぴょこぴょこと跳ねるツインテールを見ながら奈々の背を追いかける。ハシビロコウの展示の前に着くと、奈々はスマホを取りだして、ハシビロコウにカメラを向ける。


「は〜、いつ見ても最高〜♡」


 奈々の横に立ってハシビロコウの展示を覗くと、イカつい顔をしたハシビロコウと目が合った。いや、目が合っているのかは分からない。少なくとも僕が見た時には、ハシビロコウの視線は既にこちら側にあった。瞬きもせずにじっと見つめられると不安になってくる。


「……ハシビロコウ、好きなのか?」


「うん! 何考えてるか分からなくて好きなんだよね〜♡」


 奈々は写真を撮るのをやめて、うっとりと目を細める。


「……まさか、ハシビロコウにサイコパスを見出してるわけじゃないよな」


「……ソンナコトナイヨ?」


「おいおい……」


 僕の視線から逃れるように明後日の方を向いて、奈々は口笛を吹いている。誤魔化し方が下手すぎる。


「あ、そんなことより、そろそろお昼の時間じゃない?」


 露骨に話を逸らそうとする奈々に突っ込んでやるべきかしばし考えた後、肩をすくめた。言ったところで下手なごまかしが増えるだけだ。

 時計を見ると十二時少し前。確かにお昼にはちょうどいい時間だ。


「この先に座れるところあるし、そこで食べよっか」


「ああ」


 歩き出した奈々を追いかけながら、僕はご機嫌な背中に声をかける。


「なあ、今日は卵焼き作ってきてるのか?」


「作ってきてるよ! 悠斗のお気に入りの甘いやつ!」


 奈々は振り返ってにっこりと笑う。


「あ、悠斗嬉しそ〜♡」


「……いや、別に……」


 そっぽを向く僕に、奈々は鈴を転がすような声で笑った。

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