第16話
『今暇? 通話できる?』
スマホの画面上部からするりと降りてきたそんな通知に、僕は跳ね起きた。ダラダラとネットサーフィンしていた時に突然来たメッセージ。送り主の名前は《nana》、言うまでもなく奈々である。
『ああ、まあ問題ない。ちょうど手が空いたところだ』
だらけていただけとは言えず格好つけて返すと、すぐに着信画面が表示される。一呼吸置いてから、スライドして通話を開始した。
「もしもし」
『あ、もしもし? 悠斗? ごめんね急に』
「いや、大丈夫だ。どうしたんだ急に」
平静を装って問えば、それがね、と電話口から元気な声が飛んでくる。
「月曜提出の課題をやってたんだけど、なんかPCのマイク入力が急にできなくなっちゃって」
「マイクが? ミュートにしてるんじゃないのか?」
『ううん、ミュートボタン何回押しても、声が入らないの!』
どうやら単なるヘルプの要請らしいと分かって、僕はベッドの上で胡座をかく。期待していたわけではないが、少々のガッカリ感は否めない。
「本体設定でマイクを無効化してないか?」
『設定も見てみたんだけど、問題なさそうなんだよね』
うーんと電話の向こうで奈々が唸る。
「ちょっと画面見せてくれるか?」
『画面? 今スマホから話してるから、画面直撮りでもいい?』
ポロンと音がして、ビデオ通話が始まった。共有された画面をタップして拡大すると、カメラで直接撮影されたPCの画面が映っている。画面に表示されているマイク設定を一通り確認してから、僕は頷いた。
「うん、特に問題はなさそうだな。あとはドライバとかか?」
奈々に指示を出しながら一つ一つ確認していくが、問題は見当たらない。ダメ元で再起動も試してみたが、マイクが復活する様子は無かった。
『うーん、ダメそうだね。他の方法はない?』
「そうだなぁ、あとはBIOSの設定なんだが……」
ゴトン。
不意に重い物が落ちるような音が聞こえてきた。先程までPCが映っていた画面が真っ暗になる。
「奈々?」
『あ、ごめん!』
奈々の焦った声が聞こえてくる。どうやらスマホを落としたようだ。
『ねえ悠斗、今の見えた……?』
奈々の質問に首を傾げる。今の、とは具体的に何を指しているのだろうか。特段気になるものは映っていなかったと思うのだが。
「いや、別に。何か映ったらまずいものでもあったのか?」
『いや、ちょっと……一瞬待ってて!』
バタバタと騒々しい音が聞こえる。何やら布地の擦れるような音がした後、唐突に画面に明るさが戻った。
「ごめぇん! 家だから油断して、服着てなくって……」
へへ、と照れたような笑いとともに、画面に奈々の顔が映し出される。海外のキャラクターが大きく描かれたTシャツを着ている。話の内容から推測するに、今の今まで裸で、スマホを落としてから慌てて服を着たようだ。
「ああ、問題ない」
全ての感情を押し殺して答える。何も考えるな。ということはさっき落ちる時に見えた肌色は……とかそういうことは、一切考えるな、自分。
『それで、なんだっけ。ばいおす? ってのを設定すればいいの?』
「BIOSの設定は少し難しいから、一個ずつ確認しながらやっていこうか。まずPCの再起動をしてくれ」
『はーい!』
元気な声とともに、画面が外カメラに切り替わる。画面いっぱいに映し出される奈々のノートPCと、それを載せている太もも。……太もも?
「……服は着たんだよな?」
「うん。て言っても、オーバーサイズのTシャツ一枚着てるだけなんだけどね」
「……なるほど」
全ての思考をシャットアウトすることにして、僕はPCの設定に集中する。集中しなければ、画面の端にチラチラと映る肌色の先、際どいギリギリのラインがどうなっているかについて考えてしまいかねない。
『直った〜!』
十分ほどの通話の後、奈々のPCのマイクは無事復活を果たした。地獄のような天国のような、永遠に思える時間を終えて、僕は深い深いため息を吐く。
『ごめんね悠斗、ありがとねっ』
奈々が申し訳なさそうな声色でお礼を述べる。疲労の原因はPCの設定のせいではないのだが、それには触れないことにした。
「気にするな。じゃ、課題頑張れよ」
『あ、待って待って! 悠斗、日曜日って暇?』
休日の予定を問われる理由について、都合の良い考察を始めた脳を無理やり停止する。
「……まあ、今のところ予定はないな」
『ほんと? じゃあ、一緒に上野動物園行かない? 今日のお礼に、お昼くらいは奢るから!』
先程強制終了したはずの脳みそがフル回転し、デートの三文字を突きつけてくる。くそ、このポンコツCPUめ。
「たまには、いいかもな。動物園」
「分かる! たまに行くと楽しいんだよね! じゃあ、細かい予定はまた連絡するねっ」
弾む声で告げて、一方的に奈々は通話を切る。通話終了画面をたっぷり眺めた後、僕は天井を見上げた。夜の通話、裸、太もも、デート。情報量が多すぎて、脳が処理しきれない。
「……とりあえず、寝るか」
疲れきった体をベッドに横たえる。ひとまず考えることを放棄して、ネットサーフィンに戻った。
《女子 部屋着 Tシャツ一枚 下はどうする》
あ、クソ。余計なこと調べるな、自分!




