第14話
僕の指示通り、奈々はスマホを開く。それから懐っこい子犬のような顔で僕を見つめた。
「それで、何を調べたらいいの? 『ミステリー 二年二十三組番号B』とか?」
「いや、そのまま調べるわけじゃない。年組番号の部分は、ノートにデフォルトで書かれている文字だからな」
「あ、そっか。じゃあ調べるのは221Bってことだね!」
察しの良い奈々はすぐに僕の言わんとしている意図に気づいたようだ。長い爪が当たらないように器用にスマホを操作した後、奈々は首を傾げる。
「あれ、シャーロック・ホームズ……? 検索結果にシャーロック・ホームズって出てきたよ。これって、有名なミステリー小説だよね」
「ああ。このノートの表紙が伝えたかったのは、まさにそれだ」
僕はノートの表紙を指の先でトントンと叩きながら口を開く。
「僕も詳しくはないんだが、221Bというのはかの有名なシャーロック・ホームズが住んでいた、ベイカー街のアパートの住所らしい」
「へぇ! そうなんだ! それでそれで?」
奈々はうんうんと頷きながら僕の話の先を促す。全く可愛いやつだ。
「ノートの持ち主は、わざわざミステリーの棚にホームズと関係のある数字を書いたノートを置いたんだ。ということは、この文章もホームズに関係があるものと見て間違いないだろう」
ノートを開いて最初のページを示す。文章の単語と単語の間に不自然に空けられた空白を指で指し示した。
《この 静寂は 泡沫の 暗号 世界の 調和 が 揺蕩う 波間に 解けたら 混沌は 時を 同じように 消える 安寧の 返事 は 水泡に帰 して》
「この文章。文字の間に妙な切れ目が空いてるよな。まるで、そこで言葉を区切って認識してほしいみたいに」
「そうね。あと気になるのは、助詞の扱いね。一緒にしてあるところと、してないところがある」
ノートを覗き込む土田さんの鋭い指摘に、僕はパチンと指を鳴らした。
「そう、それだ。ホームズに、おかしな文章。この文章は、ホームズの話に出てくる何らかの暗号文と同じ解き方をするに違いない」
僕の説明を聞いた奈々が慌ててスマホを操作する。それから興奮したようにスマホの画面を見せてきた。
「ねえ! 『ホームズ 暗号』って調べたらいくつか出てきたんだけど、もしかして、その中のこれのことかな!?」
奈々の画面には『グロリアスコット号事件』の文字が並んでいる。先程僕が調べたものと同じだ。
「ああ、その通りだ。さすが奈々だな」
「えへへっ」
僕が褒めると、奈々はスマホを抱きしめて嬉しそうに目を細めた。可愛い。
「グロリアスコット号事件の暗号は、英単語を二つ飛ばしにすることで解けるもの……らしいぞ」
「なるほど! じゃあこの文章も、区切ってあるところを二つ飛ばしで読めばいいんだね! えっとぉ……」
ノートを覗き込んでうんうんと唸った後、唐突に奈々はぱっと目を輝かせる。
「分かった! 一ページ目は、《この 暗号 が 解けたら 同じように 返事 して》だね!」
「Exactly」
土田さんが冷めた目で僕を見つめる。ちょっとカッコつけて、英語にしただけじゃないか。
土田さんは諦めたように僕から目を離して、ノートのページを捲る。
「となると、二ページ目は《はじめ まして 暗号 よめ ました お話 しま せんか》ね……ってことはこれ……」
はっとした様子の土田さんの横で、奈々が興奮した様子で頬に手を添えた。
「これ、ミステリー好き同士の、暗号を使った交換ノートのお誘いってこと!? やば、めっちゃエモい!」
「エモいかどうかは置いておいて、多分そうだろうな」
きゃーっと大袈裟に反応した後、奈々はペラペラとノートのページを捲っていく。
「じゃあ、最後の英語の文章もきっと同じ解き方だよね! えーっと、I love……」
そこでぴたりと奈々の手が止まる。
「えっ、えっ!? これって……」
「……I love you……そういう、ことよね?」
奈々の横で土田さんの顔がみるみる赤くなる。気持ちは分からなくもない。この文章を見て、予言書だの犯行予告だのではなく、シンプルにラブレターだとは思うまい。
「ええー! やばい! なんでこのノートここで終わってるの!? 告白の返事は!?」
奈々が焦った様子でパラパラとページを捲る。土田さんは動揺したように目を伏せた。
「……図書委員では月に一度、書棚の整理をしているの。今までこのノートが見つからなかったのは、どちらかがすぐにノートを回収してたからだと思うわ。それがないってことは……」
「あっ……」
土田さんの考えに気づき、奈々は眉を下げる。沈痛な面持ちで口を閉じた二人に、僕は首を傾げる。
「何を辛気臭い顔をしてるんだよ。簡単な話だろ」
立ち上がってひょいとノートを持ち上げると、二人分の視線が一斉に僕に集まる。
「簡単って……どうするつもりなの、悠斗」
「どうするって、本人に届けに行くんだよ」
ノートを手に図書室を出ようとした僕の腕が引っ張られる。振り返ると、驚いた様子の奈々が僕の腕を掴んでいた。
「えっ、な、なんで悠斗がノートの持ち主を知ってるの?」
「ああ、二人が書棚を見ている間に、そこの貸出PCで頻繁にミステリーを借りてる生徒を調べたからな。図書室自体利用してるやつが少ないし、ミステリー借りてるやつなんかさらに少ないから、すぐに分かったぞ」
「は!?」
視界の端で土田さんが目を吊り上げる。肩をすくめると、ますます怒った顔をした。どうせ言ったって見せてくれなかっただろうから、仕方ないだろう。ロックもかけずに離席する方にも非があると思うんだが。
「とにかく、ノートの持ち主は二年の白井葵って人らしい。今から行って渡してくるよ」
歩き出そうとするが、奈々の手は僕の腕を掴んで離さない。奈々の目はひどく真剣だった。
「その人って……確かこの前事故にあった人だよ」




