第12話
「到着〜!」
元気いっぱい大声を張り上げながら、奈々は図書室の扉を開く。中にいた数人の生徒が驚いた顔でこちらに視線を向けた。
「おい、図書室だぞ」
「あ、そっか。しーだね、しーっ!」
奈々は唇の前で人差し指を立てて、しーっとジェスチャーをする。今日はこのポーズを見る機会が多い。
奈々が口を噤むと、図書室には元の静謐な空気が戻ってきた。生徒たちはホッとした様子で手元の本に意識を戻す。
奈々は弾む足取りで貸出カウンターへと歩いて行く。カウンターに座るショートカットの女子生徒がちらりとこちらを見た。
「つーちゃん、やっほ〜!」
奈々がひらひらと手を振ると、つーちゃんと呼ばれた女子は視線を貸出用のPCに戻した。カチカチとマウスを操作した後、首を横に振る。
「残念ながら、新作のホラーは書籍・DVDともに無いわよ」
「今日は借りに来たわけじゃないよ! 分かってるくせに!」
奈々が声を張り上げて反論すると、ショートカットの女子は人差し指を立てて唇の前に添える。慌てて奈々は両手で自分の口を覆った。
「分かってるわよ。"予言書"のことね」
「予言書?」
僕が聞き返すと、ようやく僕の存在に気づいたと言わんばかりに、ショートカットの女子がこちらに胡乱な目を向ける。
「……奈々、この人は?」
「前に話したでしょ。この人がリアルサイコパスの悠斗! 悠斗、この子は図書委員のつーちゃん!」
「土田です」
ぺこりと頭を下げる土田さんに倣って僕も頭を下げた。土田さんは銀フレームの眼鏡の奥の鋭い猫目で、じっと僕を見つめる。
「これが噂の……なんだか、普通の人に見えるけど」
どきり、と心臓が大きく跳ねる。動揺を表に出さないように、僕は不敵に笑って見せた。
「さて、なんのことだか」
「悠斗はね、すごいんだよ! サイコパスの仕業としか思えないどんな謎でも、ズバズバ解決しちゃうの!」
僕の横で何故か奈々が胸を張っている。たわわな胸に押し出されて制服のボタンが悲鳴を上げている幻聴が聞こえた。
「へぇ。それで、このノートの謎も解いてくれるってことかしら」
土田さんはカウンターの引き出しから一冊のノートを取り出した。カウンターに置かれたそれに、僕は視線を落とす。
薄緑色のよくあるキャンパスノートだ。表紙の年組番号と書かれた所に、油性ペンで文字が書かれている。
《二年二十三組番号B》
「……二十三組?」
疑問を口にする僕の横で、奈々がじっくりとノートを覗き込む。
「変だね。うちの学校、四組までしかないのに」
「出席番号も数字だしな」
「もしかして、他校の子の忘れ物?」
奈々が顔を上げると、土田さんはふるふると首を横に振る。
「いいえ。もうここ数ヶ月、他校の生徒の来室記録はないわ。書棚は一ヶ月に一度は整理しているから、そんなに長くは置かれていないはずなの」
「うーん、そっかぁ……」
奈々が表紙を捲る。一ページ目にはシャープペンシルで書かれた綺麗な字が並んでいた。
《この 静寂は 泡沫の 暗号 世界の 調和 が 揺蕩う 波間に 解けたら 混沌は 時を 同じように 消える 安寧の 返事 は 水泡に帰 して》
「……何、これ?」
奈々が呆けたような声をあげる。その気持ちは同感だ。なんなんだ、この痛々しい厨二病的ポエムは。中学時代の自作秘密ノートの内容が思い出されて、胃がキリキリと痛む。
「次のページも見てみて」
土田さんがノートを指さす。奈々がページを捲ると、今度は別の人物の筆跡が現れた。先程より濃く、少し字が崩れている。
《はじめ に 闇 まして 鍵 は 暗号 を 持つ よめ 天から 落ちる ました に 眠る お話 秘宝を 隠す しま 強欲は 意図せず せんか を もたらす》
「せんかを、もたらす?」
奈々が助けを求めるようにこちらに顔を向ける。
「戦火をもたらす、かな。戦争が起きるって言いたいんだろ」
奈々が数度ぱちぱちと瞬きをした。その後、目がキラキラと輝きはじめる。まずい。面倒な予感に、思わず頬が引き攣る。
「図書室に残された、謎の不穏な文章! これって絶対犯行予告だよ!」
「あのなぁ……」
「今度こそ絶対絶対そうだよ! つーちゃんもそう思うでしょ!?」
奈々の問いかけに、土田さんは呆れたようにため息を吐く。良かった、今回ばかりは二人がかりで説得すれば、奈々の思い込みを止められそうだ。
「違うわ。どう見ても予言書よ。このノートはこの学校にいる二人組の予言者による、終末の予言なの」
前言撤回。こいつ、スピリチュアルに傾倒していやがる。
「絶対犯行予告だと思うけどな〜! こう、校舎がバーンって爆発したりするの!」
「いいえ、絶対に予言よ。このノートは来るべき終末の到来に備えて、我々がどうするべきかを示しているの」
きゃいきゃいと言い合いを始めた二人を放っておいて、ページを捲っていく。ノートはずっと同じ二人組の筆跡で交互に文章が綴られていたが、唐突に一文の英文が現れた。
《I drifted alone love within forgotten you beneath moonlight》
「英語? なんて書いてあるの?」
奈々が尋ねてくるが、僕も英語には自信がない。困って頬をかいていると、土田さんが肩をすくめた。
「直訳すると、《私は独り漂っていた。内なる愛。忘れられた君。月明かりの下で》――意訳すると、《月光の下で、君を失ったまま独り彷徨っていた》とかになるのかしらね」
「うーん、なんだか急に歌詞みたいだね」
奈々の意見に同感だ。急にこのページだけ英語な上に、なんだかロマンチックな感じで浮いている。次のページには何があるのかと捲れば、白紙だった。その次も、その次のページにも、何も書かれていない。
「このページで終わり……うーん、何か秘密が隠されてそうな予感がする……!」
奈々は英文が書かれたページを指でなぞりながら、らんらんと瞳を輝かせる。




