第11話
とんとん。
優しく右肩を叩かれ、意識が覚醒していく。古典の林先生の穏やかな声が聞こえてくる。突っ伏していた体を、音を立てないように起こした。午後の穏やかな日差しが目に眩しい。六限の古典は最高のお昼寝タイムだ。
右を見ると、隣の席の奈々と目が合う。人差し指を立ててしーっとジェスチャーをした後、奈々の手が差し出される。その指先にメモが挟まれているのを見て、僕はそっとメモを受け取った。
ハート型に折られたそれを丁寧に開き、中を覗く。
『図書室にヤバいノートがあるらしい!』
ふぅ、とため息を吐きながら横を見ると、奈々がそわそわと落ち着きなく動いている。どうやらまた余計な情報を掴んできたらしい。机の上のシャープペンシルを手に取って、奈々の字の下の空きスペースに返事を書き込む。
『今度はなんだって言うんだ?』
ハートに折る方法は知らなかったので、紙を適当に四つ折りにする。前方を注意深く観察し、林先生が板書をする瞬間に、手紙を奈々の机に投げた。奈々は開いて中身を確認すると、すぐに返事を書く。
『詳しい中身までは知らないけど、図書委員の子は予言書なんじゃないかって言ってた』
『予言書? どういうことだ? そもそも、誰のノートなんだ?』
『分からないんだって。書棚に入ってたらしいよ。』
『ただの忘れ物だろ』
『そう思って中身を見たら、結構やばいことが書いてあったらしくて!』
要領を得ない奈々の言葉に首を傾げる。図書室の書棚に置かれていたノートに、やばいことが書かれている?
『やばいことってなんだよ』
『詳しい中身のことまでは見てないから分かんない! てことで放課後、いっしょに見に行こ?♡』
キーンコーンカーンコーン。
「はい、本日の授業はここまで。秋津君、授業中に関係のない行動は慎むように」
間の抜けたチャイムとともに、林先生に名指しで注意された。バレていないと思っていたが、普通に見逃されていただけのようだ。
「すみません……」
軽く頭を下げて謝罪を口にすると、林先生はそれ以上の言及はせずに教材をまとめて退室した。
「あーあ、怒られちゃったねっ」
横でにししと笑う奈々をじとりと睨む。奈々は悪びれた様子なく肩をすくめた。
「奈々のせいじゃないか」
「違うもーん。アタシはバレなかったし、悠斗が下手すぎなんだって」
うっと言葉に詰まる。授業中に手紙交換をするような友達なんて、今までいなかったのだ。天性のぼっちを舐めないでいただきたい。
「で? 行くのか、図書室」
「うん! 行こう! 今度こそ、本物のサイコパスかもしれないし!」
ぴょんっと元気よく飛び跳ねる奈々。可愛いが、その言葉は聞き捨てならない。
「おいおい、またサイコパスなんて言ってるのか? 一つの学校に二人もサイコパスがいてたまるか」
やれやれと首を振ると、奈々がこてんと首を傾げる。
「確かに悠斗は本物のサイコパスだけど、同じ学校に他のサイコパスがいないとは限らなくない?」
「あのなぁ……」
文句を言おうと開きかけた口を、奈々の手がぱっと塞いだ。しっとりとした手の温もりが、唇を通して伝わってくる。
「もー! 見る前から文句禁止! 文句は見てから受け付けまーす!」
にこりと笑って、奈々は手を離す。それから僕の手を取って引っ張った。
「ほら、行こ!」
そのまま奈々が歩き出す。手を繋いで歩く僕らを見て、クラスメイトがひそひそと噂するのが聞こえてくる。学年一美人の奈々と冴えない僕が手を繋いで歩いていれば、注目の的になるのは当然だ。
こそばゆいような誇らしいような、微妙な気持ちになりながら、僕の前を歩く奈々のツインテールが歩調に合わせてぴょこぴょこと動くのを見つめる。
未だに手を掴まれたままなのを思い出して、緊張しながら手を握り返す。僕の手、汗ばんでないよな? どうしよう、緊張しすぎて分からなくなってきた。
「ねえ、悠斗」
くるっと奈々がこちらを振り向く。
「どうした?」
努めて冷静を装って答えると、奈々の頬にぱっと朱が差した。
「……ねえ、アタシの手、汗かいてたりしない? あ、言わないで! 恥ずかしいから!」
一人でわたわたと騒いだ後、奈々は前方を向いてずんずんと歩き出した。心なしか荒い歩き方に、思わず笑いそうになる。
なんだ、陽キャでも手を繋いだ時に汗ばんでないかは気になるものなのか。
……それとも、少しは僕のことを意識してくれてる、とかだと、嬉しいんだけどな。
などと都合の良いことを考え出した頭を軽く振って、僕は奈々に引きずられながら図書室へと向かった。




