第10話
「あの子ね、流星の家で飼うことになったって」
一週間後の昼休み、奈々はニコニコしながらスマホの画面を僕に見せてきた。
そこにはスマホを内カメにした状態で笑う松本と、その横で派手髪の女性が子猫を抱えて微笑んでいる写真が映っていた。四十代後半くらいの女性の顔は、どことなく松本と血縁を感じさせるものがある。
「ご家族、説得できたんだな」
「うん。元々流星のお母さん、動物好きらしいよ。好きすぎて、色々考えてたから飼えなかっただけみたい」
今日も昼下がりの体育館裏はじめっとしている。端に植えられた低木の中で紫陽花が一際存在感を放ち、青や紫の色彩が目を惹いている。
僕はいつも通り安いが味気ない購買の菓子パンを齧りながら、松本の家族が猫と戯れる動画を眺める。兄弟なのか、襟足が長めの少年たちが子猫と遊ぶのを、何故か室内でサングラスをかけているイカつめの男性が嬉しそうに見つめている。
ふと視線を感じて顔をあげると、奈々と目が合った。奈々は何か訳知り顔でにやにやと笑っている。
「悠斗、嬉しそうだねー。猫ちゃんのおうちが決まって」
「……別に。懐かせたのなら責任を取るべきという、当たり前の話をしただけだ。僕個人の感情は関係ないよ」
「またまたぁ、照れちゃって♡」
奈々が僕の肩を軽く叩く。なんだか照れくさくて、僕は画面からそっぽを向いて菓子パンを齧った。
「でも、ほんと良かった」
不意に奈々の声色が一段と柔らかくなる。
「この子に、安心できるおうちができて」
奈々の顔を伺うと、奈々は目を細めて画面を見つめていた。微笑みの中に微かな陰りを見つけて、僕は言葉を失う。憂いを帯びた奈々の表情は、はっとするほど美しかった。
体育館裏に柔らかな静寂が落ちる。居心地悪く座り直しながら、僕は奈々を見つめていた。何か声をかけたかったが、言葉が浮かばない。
「……もー、悠斗ったら。顔、見すぎ」
ふと、奈々が鈴を転がすような声色で笑う。
「ホント好きだよね、アタシの顔」
「いや、そういうわけじゃ……ああ、いや。そういうわけじゃないって言い方も、違うよな」
僕はしどろもどろになりながら、パックの牛乳に口をつけた。子猫が美味しそうに飲んでるのを見てから、密かに僕の中で牛乳がマイブームになっている。
「……奈々の顔は、もちろん可愛いと思ってるよ。それに、その、す、き……だとも」
ごにょごにょと呟く僕の言葉を聞きながら、奈々はにんまりと笑う。
「えー? 具体的にどこが好きなのー?♡」
「具体的にか……」
顎に手をやり暫し悩んだ後、僕は奈々を見つめてハッキリと告げる。
「骨格だな」
「……え?」
端的な答えにぽかんとした顔をする奈々の顔を、今一度見つめる。丸みを帯びたおでこ、彫りの深い顔立ち、整った鼻梁、形の良い唇。どれをとっても最高の造形だ。一つ一つは綺麗な人もいるが、ここまでトータルバランスが整っているのは珍しい。
「多分頭蓋骨の形が綺麗なんだよな、奈々って。だから引きで見てもパーツで見ても、顔が整ってる」
僕の説明に、奈々は目を瞬かせた。それからやにわに吹き出す。
「何それ、悠斗ってホント変わってる!」
「……そうか?」
僕が首を傾げると、奈々はいっそうおかしそうに腹を抱えて笑いだした。ひとしきり笑った後、奈々は目元に浮かんだ涙を指で拭いながら口を開く。
「でも好きだよ、悠斗のそういう変なところ」
「変って……」
好きだと言われたことを喜んでいいのか、はたまた変と言われたことを悲しむべきか。判別がつかずに、僕は微妙な表情を浮かべることになった。
―――
「うん、そうそう。子猫ちゃん。同じクラスの流星が飼ったの。可愛いでしょー」
夜。この日も奈々は通話をしていた。電話の内容は取るに足らない日常のことばかりだ。それでも電話の向こうの相手は、そんな話を楽しそうに聞いてくれる。
「名前? ミルクちゃんって言うらしいよ。ミルクが好きだから。飼ってからは牛乳じゃなくて、ペット用のヤギミルクをあげてるらしいけどね」
電話の向こうから微かな笑い声が響く。
「えー、悠斗? いつも通りだよ。流星ってさ、結構コワモテで、クラスの子から怖がられてるの気にしてるんだよね。なのに悠斗がずけずけ話しかけたから、流星も面食らっちゃって」
奈々は喋りながら、くすくすと笑う。
「多分悠斗的には、これが手っ取り早いんだーとか言うんだろうなぁ。ほんと、そういうところ変なのっ」
奈々の言葉には含みはなく、ただ心の底から悠斗の奇行を面白がっているようだった。
「……え? ああ、そうそう。アタシのどこが好きかって話でしょ? なんかね、骨格らしいよ。頭蓋骨の形が綺麗なんだって」
話は変わらず、悠斗の話題が繰り広げられる。奈々は右頬に美顔ローラーを転がしながら、首を捻る。
「……え、そうなの? えー、そんなに綺麗かな、アタシの頭蓋骨。変わってるね、二人とも」
奈々は軽く笑った後、通話終了ボタンに指を伸ばす。そろそろ寝ないと、美容に悪い時間だ。
「うん、そろそろ寝るね。おやすみミナト」
奈々の指が通話終了ボタンを押す。画面は一度暗くなった後、メッセージ画面へと移行した。メッセージ画面には今日も三十分ほどの通話をしたという履歴が残ったのだった――




