第二章 頼りない二人
鎮水县の新知事・高昇は、着任して七日間も県衙に入る勇気が出ず、役人たちと共に県衙の近くにテントを張って身を寄せ合っていた。
この数日、高昇が食事と排泄以外にやっていたことといえば、毛布を被って秋風の中に座り、じっと街道を眺め続けることだけだった。
二百斤(約120kg)超えの大男が微動だにせず街道の端に座っている様は、遠くから見れば岩のようだ。時折「まだ来ないのか……もう何日も経つぞ……」と呟いていなければ、雀が頭の上に巣を作っていたかもしれない。
顎が尖り、頬がこけた様な師事の老銭は、さすがに見かねて高昇のそばに寄り、探るように言った。
「旦那、そろそろ中へ入られては?このままでは……」
「バカ言え!」高昇の飛沫が老銭の顔を濡らした。「五人の県令が死んだんだぞ。それでも中に入れだと?俺を殺す気か!」
老銭は手を擦りながら言った。「旦那はあの高崇岳よりもよほどお優れています。もしかすると……」
「もしかすると、もっと酷く死ぬだけだ!」高昇の小さな目は血走っていた。「あの王虎臣だって俺よりずっと優秀だったが、最後はどうなった?屍すら見つからなかったぞ。俺が入ったら、鬼の餌になるだけだ!」
高昇が罵っていると、街道からゆったりと一人の若者が歩いてきた。頭にはだらしなく髪を結い、黒い勁装(武術服)をまとい、足には「抓地虎」という素早く動ける革靴を履いている。顔立ちは平凡。その若者は高昇に向かって拱手(両手を合わせる挨拶)し、言った。
「鎮水县衙はどちらでしょうか」
地面に座っていた高昇がまず目にしたのは、その青年の腰にぶら下がった紫金の瓢箪だった。次に目を向けたのは、胸に提げた三寸(約9cm)ほどの木製の棺桶のペンダントだった。
高昇は飛び上がるように立ち上がり、青年の手を掴んだ。
「兄弟!やっと来てくれたな!私が鎮水県令の高昇だ。兄弟、どうお呼びすれば?」
青年は明らかにこのような熱意に戸惑い、急いで手を引っ込めた。
「在下、謝半鬼と申します」
「さあさあ、兄弟!テントへ入って話そう」高昇は慇懇に謝半鬼をテントへ招き入れ、自ら外で手下たちに茶と水を用意するよう指示した。
一方、老銭は高昇の袖を引っ張り、声を潜めて言った。
「旦那、仙・霊・巫・鬼の四大秘衙のうち、鬼衙は最も位が低い。特に仙棺の神捕・沈拂衣が行方不明になってから、鬼衙の声望は地に落ちていると聞きます。なんでも、日常の経費すらままならないとか……」
高昇は小さな目をぱちぱちさせた。
「何が言いたい?」
老銭は謝半鬼に気づかれないようにこっそりと見てから、さらに声を潜めた。
「噂では、鬼衙の捕手は棺桶のペンダントで身分を示すそうです。玉棺が最も高く、次いで金、銀、銅、鉄。末席には木棺を下げるのだとか。この人物、本当に頼りになるのでしょうか?」
高昇は苦い顔で言った。
「仕方ないだろう。仙府の人など、我々が接触できる相手ではない。うちの老爷子が頭を下げても無理だ。霊衙は老爺子とそりが合わない。巫衙の連中は心が炭よりも黒い。下手をすれば鬼に食われる前に、あいつらに食い物にされる。たとえ頼りなくても、使うしかないんだ!」
「では、どうしてより頼りになる者を雇わないのですか?」
突然聞こえた声に、二人はぎくりとした。振り返ると、そこには二十歳前後の娘が立っていた。
可憐ではあるが、息を呑むほどの絶世の美少女ではない。しかし彼女が纏う一種の才気は、一目見ただけで心から好ましく思わせる。何より、彼女の耳元には紫金の風鈴が揺れていた。
高昇が探るように尋ねた。
「お嬢さんは霊衙の方か?」
娘は武家らしく軽く拱手して答えた。
「霊衙捕手、梅心児と申します。旦那様。霊衙は鬼衙よりも頼りになると思いますが?」
「霊衙は悪くないが、お前はあまり頼りにならないな」
謝半鬼がいつの間にか外へ出て来ていた。
「霊衙の捕手は風鈴のペンダントを目印とする。等級は風鈴の辺で区別する。三角が最下、六角が中位、九角が最高。それぞれに金銀銅の三階級がある。お前がぶら下げている紫金の風鈴は、角が一つもない丸い縁の鈴だ。つまり、お前はまだ見習い捕手ということになる」
梅心児は怒りで顔を真っ赤にした。
「見習い捕手がどうした!霊衙の格は鬼衙より上だ。あんたみたいな下等捕手より、私の方がずっと強いに決まってる!」
謝半鬼は腕を組んで言った。
「格が上でも、お前は見習い捕手だ。『師匠なしの見習いは、豚より早く死ぬ』って言葉を知らないのか?」
「誰が師匠なしだって?私の師匠は……ただ所用で出かけているだけよ。それに、こんな小規模な事件、私一人で十分片付けられる。わざわざ師匠の出番は必要ないわ!」
梅心児の声は次第に小さくなり、誰にでもその虚しさは明らかだった。
老銭は気を失いそうになった。
「この二人……どっちもどっちじゃないか……」
だが謝半鬼にはその自覚がまったくない。
「どうだ、俺も一応は捕手だ。お前を指導してやってもいいぞ?」
「あんたみたいな木棺捕手が?へっ――」梅心児は何かを発見したように言った。「あれ?あんたの木棺、他のと違うわね?何の木でできてるの?」
謝半鬼は逆に質問した。
「鬼衙の木棺ペンダントを見たことがあるのか?」
梅心児は無邪気に答えた。
「霊衙でいくつか見たわ。鬼衙から転じて来た捕手たちが残したものだって。どれも金糸楠木でできた棺で、とても綺麗だった。あんたの棺みたいに黒っぽくて、見るからに不細工じゃない」
「これは龍血木だ!」
謝半鬼は誇らしげに言った。
「龍血木を知っているか?天下の四大奇木の筆頭。火に焼かれず、金でも断てず、凡土では育たず、凡水では生きられず、凡木とは同列に扱われない。龍血木の棺は鬼衙でもこれ一つだけだ。俺に指導する資格があると思わないか?」
「龍血木……聞いたことあるような……」梅心児は首をかしげて言った。「でも信じないわ。その棺のどこが特別なの?ちょっと見せてよ」
謝半鬼は気前よく棺桶のペンダントを投げてよこした。
「遊びたいだけ遊べ。飽きたら返せ」
梅心児は棺を手に取り、火で焼いてみたり刀で斬ってみたりと、存分に遊び始めた。それを見ていた謝半鬼は思わず眉をひそめる。
龍血木は謝半鬼が適当にでっち上げた言葉だった。しかし彼はこの奇妙な木棺に対して、何とも言えぬ特別な感情を抱いていた。
この棺がなければ、彼の魂は“大明”と呼ばれるこの異世界に飛来することもなかっただろうし、謝半鬼という身体と使命を受け継ぐこともなかったかもしれない。あるいは、彼は謝半鬼の宿命をも受け継いでしまったのかもしれない。
この世界の大明は、中華の明王朝よりも五百年早く始まり、さらに二百年以上も長く続いていた。天地の霊気が極めて濃厚で修練に適しているため、大明の古武と道術は想像を絶する域にまで発展していた。しかし霊気が濃いということは、邪物も生まれやすいということでもある。
大明には錦衣衛や東廠・西廠の他に、仙・霊・巫・鬼の四大秘衙が設けられ、霊異事件の処理を担当していた。
謝半鬼の父親、謝無邪は鬼衙の金棺捕手だった。謝半鬼が三歳の時に任務中に殉職し、その後は鬼衙の二人のベテラン捕手に育てられた。成人すると当然のように鬼衙の欠員を補うことになった。ただ、謝半鬼の二人の師匠は知らない――彼らが得意とする弟子は、十五歳の時からすでに“元の”謝半鬼ではないということを。
「ねえ!」
梅心児の不満げな声が謝半鬼の回想を遮った。
「棺は返すわ。確かにあなたの棺は特別ね。じゃあ、しばらくはあなたの言うことを聞いてあげる。でも、もしあなたが私よりも劣っていると分かったら、その時は私の言うことを聞きなさいよ。今回の事件の手柄も私に譲ること」
「問題ない」謝半鬼は即座に承諾した。
老銭は謝半鬼の身分が少しは違うと聞いて、ようやく少しだけ安心した。高昇は満面の笑みで二人を再びテントへ招き入れた。
「さあさあ、どうぞお入りください!私はお二人より少し年長なので、旦那とか在下とか堅苦しいのはやめにしましょう。どうか私のことを“高デブ”と呼んでください。私もおこがましくも兄弟、兄妹と呼ばせていただきます。いかがでしょう?」
高昇は初対面でも遠慮しない性格だった。梅心児も特別に気を遣う様子はない。
「高デブ、あなたの修為も弱くはないわね。もう先天に近いんじゃない?どうして県衙に入るのをそんなに怖がるの?」
高昇はその言葉を聞いて、泣きそうになった。




