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毒を喰らわば皿まで

丸の内のオフィスビルでは、電話が鳴り響き、今日も多種多様な身なりの人間が慌ただしく動いている。

「兼沢、泡の妖精の件、加勢しなくていいんだろうか」無精髭を生やしシャツの胸元を大きく開けた男が言った。


「いや、どうも怪異を取り込める協力可能な怪異が居るらしくて達太郎さんが下宿先にのりこんでます」兼沢と呼ばれた男が答える。


10:00AM


神崎は今日も Mr. Blue sky の軽快な音にゆすられて目を覚ます。


へんな夢を見た。隣部屋のエマさんが実写版ティンカーベルを演じているから観に行こうとあいつらに誘われる夢だ。

想像するとあまりに場違いなので笑えてくる。


渋谷の通りでモデルの勧誘があったとしても彼女ならけんもほろろに断って居そうだし、だから深夜のコンビニなんていう魔窟で働いてるんだろう。

日本だから犯罪に遭わずになんとかなっているにすぎないと思う。


「日本は安全で自由。」つっけんどんな言葉が脳裏に浮かび、前と違う響きを感じる。


海外の旅行者の間で、Post Japan Syndromeっていうのがあるらしい。日本旅行の後に自国に帰ってからサービスの質やら銃声やらで鬱になるという…まぁ旅行後は誰だって気分が落ち込むだろうけど。


彼女も理想を求めて来訪し、鬱屈した日本社会の洗礼に遭ったのではないか。

それとも、と彼は思う。

真田が言ったように「少女の妖精」として、彼女たちが忌避せざるを得ないことをわざと代わりにやっているのではないか。


そんなふざけた妄想を振り払い、リビングに足を踏み入れると、黒々とした硬質な山が聳えて居た。

コンタクトレンズがないとほぼ何も見えないが、昨晩このシェアハウスに乗り込んできた住人の機械類であると分かってしまうのが悲しい。

どうもあの騒動は夢と消えてくれなかったようだ。


「尚人くんやっと起きましたねおはようございます朝ごはん食べながらで良いので聞いてください。」

案の定甲高い声が聞こえる。誰かこいつを捕まえて閉じ込めておいてくれないか。


真田達太郎は目線を逸らすこともなく目の前の紅茶に砂糖をこれでもかと振り入れている。

逃げようがない。話聞くだけなら聞いてやろうじゃないか。


真田はスプーンで一向に溶けそうにない砂糖をかき混ぜながら話し始めた。

「昨日見せた動画に写っていたシャボン玉の妖精覚えてますか、あれの目撃情報が本部に大量に届いてるんです。あの妖精見た目は可愛いですが泡が弾けると怒って騒ぎ出し目を突かれた子供もいるんです。あの泡が一種の防衛機構なので人間たちが触らなければ良いんですが怪異の存在を公に認めるわけにいかないので秘密裏に処理するんです。これは一般の怪異に対しても同じなんですけどね。」


言ってることがよく分からないと、よく言われるんじゃないだろうか。


「妖怪は基本的にそれぞれにあった撃退方法があるので資格のある人間なら対処できないことはないんです。でも今回のは少し複雑でね。怨念から妖怪ができるって言ったでしょ、泡の妖精は、内側の怨念と外側の怨念がぶつかり混ざり合って泡を形成してんです。」

真田は言葉を切ると、柄にもない優雅さでティーカップに口をつける。


「つまり演じてた理想像が壊れ豹変した人間その人への恐れや恨みのような外からのエネルギーと、相手を傷つけた罪悪感のような内なる負のエネルギーとがぶつかり合ってバリアができている。こういうのは厄介で、うまく対処するのにエマさんに食べてもらうのが一番なんです。だから手伝ってください。」


「何を、手伝えと…?」


「私ダイソンじゃない。」


背後から声がして思わず振り返るとエマが立っている。気配がなさすぎて怖い。


真田が感心したように「掃除なんてさせるなと、さすがフェミニズムの権化ですね、フェアリーの本質だ、、」というと彼女は顔色ひとつ変えずに言った。


「違う。私少女の願いの権化。clipped wingsの権化。男の子も、いる」


尚人はしばらく前の実写版白雪姫で起きた論争について思い出した。

掃除は女の仕事じゃないからというのはフェミニズムじゃなくて、やりたければ専業主婦をやるべきだし、守られたければ守らせるらしい。


というかフェミニズムは別に少女の願いではないのか。


まあ貴方は妖怪だから掃除のために邪魔なやつらを食えとお願いする真田もシンプルに傲慢ではある。

「そう仰らず、せっかくのポテンシャルを出さないでどうするんですか。僕ももっと他念吸収の勉強がしたいので」

お願いになっていない。



栗山は街路樹の落とす影の中を歩きながら、目の前を歩く夫婦をぼんやりと見つめる。


ベビーカーを押す妻は、透け感のある肩出しトップスにラインの出るスカートといった出立ちで、細いストラップのサンダルがお洒落だ。


私はこんなことを思える立場じゃないけれど、と咲は思う。

子供を産んでも媚びなきゃいけないパートナーなら、踵から血が出ているのにも気づいてくれない夫なら、私にそんな関係はいらない。


本人が好んで履いているだけだという考えは、咲にはどうでも良かった。


この世には解り合えない人間が本当に存在する。


彼女の祖母がその典型だった。

若い頃想い人のいた祖父に嫁ぎ、投資や賭け事に没頭し、成金の服装でお年玉などくれたこともない。嫁いじめも激しく疑心が強いわりに、すぐに騙されて借金を作る。新興宗教にのめり込み未だに金の無心をしてくる。


幼い頃は自分が世界を治すために頑張ると息巻いていた。少しずつ成長するたび、自分の無力さを突きつけられて、彼女は無気力になった。


First aid kitのMy silver lining をヘビロテしながら、追い越す気力も出ないな、と思う。

何処からともなくシャボン玉が風に乗ってくるが、咲は見向きもしなかった。


珍しく世界を拒絶するように俯きがちに歩く咲を自転車で追い越しながら、渚詩音は思った。

これが彼女のデフォルトなのかもしれない。それでも、もし彼女の心を少しでも照らせたら。


つづく

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