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達太郎という名の男

真田達太郎は、ひょろ長い足でずかずかとダイニングテーブルに近寄ると、使い古された黒いDELLのパソコンをガバッと開いた。

PCの表面に無造作に貼りまくられたハチワレとメタモンが胡散臭さを倍増させる。

名刺はあれど誰かに証拠を見せようとしている人のパソコンではない。


ここまでくると神崎はこのふざけた茶番に前向きに付き合ってやろうかと思い始めた。


「それで何が証拠なんですか。今の時代ディープフェイクで動画なんてなんでもできるじゃないすか。」


「これは正真正銘のコンビニの監視カメラの映像ですよ。ここに警備会社のマークがあるでしょ、信じないなら後で解析すればいいから、まずは少しでいいから見ておくれよ、1秒でいいから、ね?」


幾ら何でも詭弁すぎる。もっとまともな返しを期待して損した。真田は白雪姫の老婆がリンゴを差し出すみたいにパソコンをこちらに向ける。


動画を見るくらいなんて事ない。サブリミナルで洗脳されてカード情報を言わされるとかじゃなければ、と脳内で茶々を入れながら神崎は画面を覗き込んだ。


そこに映っているのは103号室の彼女、エマ・ミュラーだった。ちょっと待て。こいつはストーカーなのか?思わず西部劇さながらにスマホに手をかける。


「よく見てください」そういって真田は動画を拡大する。


不自然な動きをするシャボン玉が近づき、次の瞬間彼女がそれを掴んで口に入れ、一瞬ぼやけた後、髪型が変わった。典型的なAIが作った動画じゃないか。こんなの反応に困る。


「AIですね」


真田が悲しそうな顔でもっと動画を拡大する。


「ほら、これよく見てください。シャボン玉の中に人影が見えるでしょ」


そういって溜息をつくと、仕方ない、基本を教えなきゃダメかと呟く。


「この世には妖怪がいます。信じなくても怪異現象の目撃情報があるのは知ってるでしょう。一度ファンタジーだと思って聞いてください。妖怪は人間の怨念や恐怖、強い念から生じます。仮想怨霊ってあるでしょ。信じる人が多ければ存在が実体化するという。それと同じです。妖精も妖怪の一種なんです。


ここに映ってる泡の妖精は、家庭環境が劣悪な人間が辛さに耐えきれず、乖離して優しく夢想的な自己の虚像を作り出し、それを信じ込んだ他者が迂闊に近づいて内面に踏み込んできて」


一体なんの話だ。


「自分のぐちゃぐちゃな感情に触れられるのを恐れて突如として酷く拒絶する、その被害にあった人々の、理解できない恐怖と恨みの念です。」


「そして妖怪はその怨念のエネルギーで実態を保っているんです。だから別の怨念を食べると実体が成長する。彼女の場合、髪が約23cm伸びて背が約1cm伸びています。典型的な他念吸収ですね。そしてこの1時間16分45秒のところ」


そういってポチポチと動画を巻き戻す。


「背中に羽が生えてますよね。」分かるでしょ、という顔でこちらを見てくる。


「つまりは妖精を食べて成長したから妖精だって事か?…カニバリズムですか?」神崎は変なスイッチが入って煽り始める。


「ちがう」


突然女性の言葉が背後から聞こえ、驚いて振り向くとエマがタンクトップにジーパン姿で蟹味噌の缶詰を食っている。


「うわ、いや、すいません違うんです、これは、こいつが勝手にこんなもの撮って」思わずあたふたと言い訳をする。


エマがぶっきらぼうに呟く。


「種族が違う。それ泡の妖精。私少女の妖精。」

エマは澄ました顔で立ったまま蟹味噌を食べ続けている。まさか本人がこの茶番に乗ってくるとは思わなかったので、神崎は驚愕と感動の視線を向ける。


ずっと無口で無愛想だと思っていたが、言葉の壁が邪魔しているだけで本当はとても面白い人なのかもしれない。


「ああ、ご本人に見られちゃいましたね。こうなったら仕方ない。初めまして。日本怪異対策機構神泉町支部の監視員の真田です。落ち着いて聞いてください。あなたは有害またはアンビバレント怪異の重要予備軍として認定されていて、私が機構から2週間の監視処置を任されています。ご自分で心当たりはありますか。」


「……」


「質問を変えましょう。あなたは先日の深夜、泡の妖精を食べましたね。その後異常はありませんか。自分の体に馴染まないエネルギーや膜の張った感じは。」


エマは迷惑そうに羽を広げ、こういった。


「私、少女の妖精だから、あのエネルギー相性が良かった。」


神崎を置いて達太郎が叫んだ。「そういうことか!キミは少女のあるべき理想を投影される事象に憑いた妖で、虚像への恐怖や恨みのエネルギーはキミと親和性がいいんだね」


なんだか話が抽象的になってきた。眩暈がする。悪い夢か。


「そういうことなら君は伝説的なフェアリーそのものじゃないか。西洋で主に青い目に金髪の少女から発生した、その社会的立場や押し付けられた理想から、羽を折られた少女たちの希望と怨念、今はフェミニズムで希少な、それでいてフェミニズムを体現する存在…研究する身として会えて光栄だ……」


「もういいですか、これからバイトある」エマはそういうと感動している真田を尻目にさっさと部屋に戻って行った。


上手くあしらった…のか?


羽の幻覚か、しかし確かに長い髪を纏めていた。


頭が痛い。こいつのせいで疲れたから今日は早く寝よう。自分の部屋に向かおうとした時真田に引き止められた。


「待ってください。彼女が泡の妖精に影響されずに取り込めるなら、彼女に退治を手伝ってもらいたい。尚人くん、一緒に説得してください。」


「なんでですか、自分でやってください」


これ以上巻き込まないでほしい。


「同居人でしょう、説得するなら尚人くんしかいないよ」


「まあいいですよ今日は疲れたでしょ。寝て起きたらまた説明します。当分僕はここにいるので。」真田はニヤリと人懐っこい笑みを浮かべて、リビングの機械を片付けることもなく、すたこらと神崎より先に自分の部屋に退散した。


神崎が唖然としていると、もう1人の住人が帰ってきた。怪訝そうな顔でリビングを占拠している機械を見やると、「朝までに片付けといて」と言い残し、反論する間もなく去って行った。


しまりかけのドアに向かって「いやこれは新しい住人が、」と叫んだが届いたかわからない。


もういい。俺は寝る。後のことは知らんし朝早くなんて起きない。

おやすみなさい。


つづく

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