真夏の昼の夢
平日の昼間、公園でちびっ子たちが泥だらけになりながら遊んでいる。
「ターッチーー」
「今の袖だから無し」
「服だからありだよね?」
「ナッシーーング」(逃走)
「タンマタンマねぇ良くないよそういうの」
「うわっ」
「ケンちゃーんほらあぶつかっちゃったじゃない」
「うぇーーーえーーえーーん」
まだ幼いよちよち歩きの子供にぶつかってしまった。激しい泣き声が響き渡る。
ケンちゃんと呼ばれた子供が焦って取り敢えず砂場にあった誰かのスコップを渡そうとするが受け取ってもらえない。
うろうろしていると、何やら虹色のシャボン玉のような物が飛んできた。
「あっ、ほらみて!シャボン玉 見てシャボン玉くるよ」
幼いちびっこは泣き止まない。
どうしよう。とにかくシャボン玉を目の前まで誘導しよう。パタパタと大手を振って風を送る。
思惑通りちびっ子は泣き止み、突然目の前にふわりと飛んできた虹色のまん丸をじっと見つめた。
紅葉のような手を物欲しそうに伸ばす。次の瞬間シャボン玉が割れ、けたたましいなき声が響き渡った。
しかし今度の声はちびっ子のものではなかった。
泡が弾けて中から飛び出したのは羽の生えた小さな妖精だった。大事な住処を破られ憤慨し慄いたように激しく叫び体を震わせる。
その恐ろしいほどの声量に、公園にいた大人たちもなんの騒ぎかと近づいてくる。
妖精は余計に身の危険を感じたのか羽ばたいて急上昇し、真夏の眩い空に消えていった。
渚は、大学につながる大通りに面したテニスコートから家まで自転車を走らせる。
脇道に入るとすぐ閑静な住宅街が広がり、公園や図書館などが密集している。
大学生にとって大事な駅やスーパーや何か楽しい場所はとても遠い。それでもこの生活は悪くなかった。
栗山咲。ぱっと見地味で真面目な女子といった感じだけど、たまに飛び出る天然な発言と夢見るような上の空の瞳、優雅な身のこなし。
それでいて時折見せる憂い顔、育ちがいいのかなんなのか、ミステリアスでどうしても気になってしまうのだった。
今日は2列前の左端に座って講義の間時折外を眺めていた。そんなことを考えていると自宅に着いている。
自転車を止めると自転車置き場に三輪車が増えている。可愛いけれど少し邪魔だ。
その時何かの気配を感じて振り向くと、シャボン玉が浮かんでいた。いや、シャボン玉の中で小さな可愛らしい人影が優雅に踊っている。歌っているのか。
栗山に影響されて僕まで頭がメルヘンになったらしい。シャボン玉に触れると、それは簡単に弾け、中にいた何かが恐ろしい喚き声をあげ、飛びながら縮まって震える。
その声で我に帰り、理解する前に咄嗟に申し訳なさを感じる。
「ごめん、ごめんよ…」
これは一体なんなのだろう。衝撃で白く冴えた脳が彼の奥底に潜んでいた詩的な感性にチャネリングして呟く。
彼女もこんな風に、虹色の膜で壊れそうな自分を守っているのかもしれない。
深夜のコンビニにもシャボン玉が流れついた。
いつものようにバイトしていたエマは、無表情のまま美しい虹色の膜に静かに触れると、
次の瞬間それを掴んで中の妖精ごと口に放り込んだ。
彼女の輪郭がぼやけて震え、輝く金髪のショートヘアがセミロングに伸びた。
監視カメラの奥では、男がのりしおポテチを頬張っていた。
大学生の初めての一人暮らしには、宗教の勧誘の洗礼がつきものだ。渚は一回間違えて家にあげてしまい、バイトの勧誘だと思ってしばらく話を聞いたらしい。
俺はまだないし、絶対に知らない人間を家にあげたりはしない。
はずだった。
玄関のチャイムが鳴り、確認しにドアを開けると、いきなりまくし立てられた。
「神崎尚人君だね妖精学者の真田達太郎といいますよろしく。突然だけどあなたの同居人の妖精があなたに害悪を及ぼす可能性があるとして監視対象になったからこれから居候させてもらうよ一部屋空いてるからね」
「えっ、ちょ…」
まずいと思った時にはもう遅かった。
男は細い腕で自分の背丈ほどの機材を運び込み、気づいた時にはリビングが重たい金属の塊に支配されていた。
よく見ると玄関先の芝生の上にいかついワゴン車が停まっていた。
男は104のドアに直行すると当然のように鍵を差し込みスーツケースを運び入れる。
「何なんですか警察呼びますよ」
「なんでですか」真田と名乗った男は心底傷ついたというように目を丸くして答えた。
やばいやつに出くわしてしまった。
忍者家の息子と親友であるお陰で、ある程度の些細な非日常的展開には慣れているが、流石に大真面目に妖精学者と名乗るのは頭がおかしい。というか色々おかしい。なんで鍵持ってるんだ。どうしよう。こういう時ってどこに連絡したらいいんだろう。
「そうか、うんうん分かるよ、いきなり信じろとは言わないけどキミの同居人は妖精なんだ。あ僕日本怪異対策機構の神泉町支部のメンバーです。知らないか。証拠動画あるから見せるね」
つづく




