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轟鬼ハイメゾン

桜木は久しぶりの牛タンの焼ける魅惑的な匂いと懐かしい男衆のむさ苦しさに言葉にできないほどの心地よさを感じていた。


この頃は芳しい珈琲豆と木造建築の匂いに浸っていたが、こう言う集まりは自分の違う一面を思い出させてくれる気がする。


集まったのは全部で五人、皆互いに高校までに知り合った旧友だった。


あれから2年しか経っていないが、それぞれが別の世界で違う色に染まってきたのがわかる。


集まろうと言ってくれたのは神崎尚人、一番古い友人でもある。渋谷の近くの街から理工学部に通っている。

出身は新潟だが、「中学からだし そろそろよくね?と思って」東京出身と偽っているらしい。


よく知らない人達とシェアハウスしていて、本人曰く「仲介人が居るからアパートに入るのと変わんない」らしいが、キッチンその他諸々を赤の他人と共有している時点で凡人にはない度胸があると思っている。


昔から修学旅行で色々な伝説を作り出すタイプだった。


尚人の隣で肉を手際よく返している渚 詩音は建築学部だ。繊細な心を持つ彼は、手先も器用で色々なものを作るのが得意だった。

大学では手書きで図面をひたすら書かされたり模型を作らされたりするらしく、最近寝不足すぎて変なものが見えるらしい。


「昨日なんて部活の帰りに自転車小屋でシャボン玉の中に妖精が踊ってる白昼夢見てさ」


「それマジで言ってる?」


「突いたらシャボン玉が弾けて中の妖精が叫び出す幻聴までセットだった。」


渚は普段あまり馬鹿げた冗談を言うタイプではなかった。


「いや本当にリアルで流石に部活休んで寝ようと思った」


「お前大丈夫かよマネージャーになんか盛られたんじゃねえの」


「…そんなことする人テニス部には居ないよ」


この大学にはいない、と言わないところが何だか含みがある。


考え込むような表情をしている桜木に尚人が話しかける。


「りんごお前なんのサークル入ってんだっけ、なんかカフェでこっくりさんやってるって言った?」相変わらず適当な記憶力だ。


「怪談の分析みたいなことをする同好会。ゆるそうだったから。あとカフェで飲み放題券貰えるし。あ、嘘それはバイトしてるからだわ」

桜木はそう言って肉と米を頬張る。


「お前レトロ喫茶でバイトとか洒落てんな」

こいつは伊賀忍者の末裔とかいう血筋のくせに相変わらず新時代のインテリヤンキーみたいな思考回路をしている。

カフェバイトか。神崎は思った。集まるにも「取り敢えず焼肉」になる自分には縁がない世界だ。他の奴らはもっと洒落た所で飯食うんだろうか。彼女とカフェでも行くんだろうか。

そんなことはどうでもいい。

カルビが美味すぎるのが悪い。


「秋川はどうせサッカー部だろ?」秋川龍司は元サッカー少年で一途に高校まで続け、魂が赤いメガネという概念にピッタリな奴だった。


「いや、弓道の同好会入った」


男衆に今日イチの衝撃が走る。


我々の中で一番魂が熱い男が、雅な袴を着て青いガスコンロの火力で和やかにやっているというのか。


「お前…本当にりゅうじかよ」


元野球部の広尾啓太がわざとシリアスなトーンで問い詰める。いつも巫山戯ている割に頭がいいのが鼻につくやつだ。こいつはどの私立高校にも何人かいるタイプだと思う。


「それブーメランだろ お前がいうなよ」とビビンバを混ぜながら秋川が返す。啓太は法学部に入って2年、洗練された服と髪型で、生まれてこの方エリート文学少年でしたみたいな顔をしている。


そんなこんなで時間は経ち、彼らは再会の熱い誓いをかわすと、確実に食べ放題のもとを取って誇らしげに帰っていった。


渋谷のキラキラした街を通り過ぎ、レトロな街並みにある寮、正確には四部屋の一軒家が、神崎の下宿先だった。


ドアを開けるとこんな時間にリビングでエマさんが一人トマトジュースを飲んでいる。


Emma Müller(エマ・ミュラー)。おそらく20代の小柄な金髪碧眼の美人で、どこにいっても持て囃されそうなのに就職している様子はなく、深夜にコンビニでバイトしている。


まあいろんな事情があるんだろう、と尚人は思う。

…別にストーカーしてるわけじゃない。

近くのコンビニにシーフードラーメンを買いに行った時に出くわしたのだ。

無表情で愛想のあの字もない片言の接客で面白かった。無職なのはそのせいかもしれない。


前にどうして日本に来たんですかと聞いたら、「日本は安全で自由。」とだけ返された。本当にそれ以外誰かと話したのを見たことがないほど無口だ。


しかしビジュアルは綺麗なので疲れている時に見ると背中にキラキラした後光でもあるかのように輝いて見える。変な意味じゃない。タイプじゃないのだ。

昨日も廊下で饅頭の皮を剥いて食べていた。俺には冒涜としか思えない。皮がなかったらただのあんこじゃねえか。


尚人は軽く会釈して102号室に直行する。


自分と違って渚には、気になる女子がいるらしい。しかも借りてるアパートがその子の実家に近いらしい。

「何1人で青春してんだよー」というのがお決まりの俺らの反応だ。そういうのと縁がなさそうだったからイジり甲斐がある。


逆にそういうイジリにすら参加しない燐之助は論外すぎる。いや、勘違いしないで欲しい。昔からの大事な親友だ。

あいつはいつも死んだ魚のような目で俺らの馬鹿騒ぎを傍観している。そんなふうに冷たくされると俺の中の存在しないMが疼いて無駄に絡みたくなる…かもしれない。

あいつみたいな男はどこかに需要がありそうだからちゃんと幸せになれと思う。


因みにほかの入居者はよく知らない別の学部の3年生、もう1つは空き部屋だ。誰か入ってくれれば今の家賃が自動的に25%オフになるから、うん。来てくれるなら大歓迎ですよ。


つづく

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